第23話 「帝国の脅威」
茜色の夕陽が町を朱に染めるころ、帝国軍の兵士たちが小国の小規模な町へと侵入した。 城門は瞬く間に突破され、瓦礫と硝煙が混ざる通りを鎧の足音が響き渡る。
――和平交渉は打ち切られたのだ。
帝国の皇帝――眼帯を纏う隻眼の女、ナリエル=ザラストは、身長二メートル近い壮麗な体躯に筋肉を浮かべ、威厳を放つ。
「反抗する女どもは斬り捨てろ。抵抗する者には一切、慈悲はない」
彼女の冷たい指示一つで、兵士たちは無差別に町の女性たちを襲撃した。 刃が閃き、血滴が石畳にこぼれる。 逃げ惑う子や老婆の叫び声が夜空に木霊した。
◆
皇帝の怒声が轟く。
そこには、抵抗も許されず厳重に縛られた男性たちが連れてこられていた。
――皇帝はその姿を一瞥し、苛立ちを滲ませる。
将軍が跪き、震える声で報告した。
「陛下、この三名が小国の要人とされる男性です。領主の弟、村長、そして――」
「よい。引き渡しの約束を守らぬ愚か者どもの面汚しだ」
ナリエルは鋭い隻眼で男たちを見下ろし、皮肉混じりに嘲笑した。
「さあ、何か言いたい者はいるか?」
◆
鎖に繋がれた中年男性が、激しく声を張り上げた。
「私はただの男じゃない! 助けろ! 」
残る二人も同調し、怒声を轟かせた。
「女に決定権はない! 男性を尊重しろ!」
「領民などいい!我らを助けろ!」
その叫びは、抵抗する女たちの士気を下げ、戦意を喪失させていった。
皇帝は眉をひそめ、鋭い瞳で男たちを見据えた。
「醜悪な家畜が喚いている。まるで繁殖用の種馬同然だな」
将軍が息を呑み、問い返す。
「家畜、と申されますか?」
ナリエルは嘲るように微笑んだ。
「そうだ。男は繁殖にのみ価値がある。それ以外は無能なゴミだ」
男たちは声を失い、震える。
そして小国の女性領主がひざまずいていた。 石畳に膝をついた彼女は、俯きながら訴える。
「我が領地は教会に加盟しておりませぬ、男性がいなければ子孫を残せませぬ。このままでは国は滅ぶのみ。だから――男性が必要なのです。どうか慈悲を……」
ナリエルは冷ややかに頷いた。
「お前の教会に依存しない精神は評価に値する。だからこそ、私は――帝国の力で男を回収し、教会にも皇国にも頼らぬ新秩序を築くのだ」
その言葉は、この小さな町を震え上がらせ、やがて世界へと恐怖を放つ序曲となった。
帝国軍が小国の小規模な町を制圧し、男たちを奪って退却するその行列を、民は茫然と見送った。
焼け落ちた町に黒煙が立ち昇る中、帝国軍は男たちを捕縛し、組織だった動きで撤退を始めていた。血と鉄の匂いが漂う瓦礫の街道。その片隅に、ひときわ強く叫ぶ民の声が響き渡る。
「金色の獅子を従えた神の子が……帝国に裁きを下す!」
それを合図にしたかのように、瓦礫の間から少女が叫んだ。
「伝説の英雄様が……いつか帝国を滅ぼすんだから!」
「神の子よ! 神の子が目覚めたのよ!」
まるで火がついたように、町の生き残りの民たちが一斉に騒ぎ始める。
──「神の子」。
──「英雄」。
──「金の瞳と銀の髪を持つ、奇跡の少年」。
皇帝は撤退途中の馬上で眉をひそめていた。
「……さきほどから、“神の子”とはなんだ? わけのわからぬ妄言を繰り返しよって」
副官の女将校が恐る恐る言葉を続ける。
「はっ。実は、数日前から各地で“金の瞳の少年”にまつわる噂が流れはじめております。王国の舞踏会にて目撃されたとか」
「ふん……王国の人間か」
「ヴァレンティア公爵家の継承者が保護しているとか。貴族の女たちが夢見がちに語っております。光を纏った美少年、男とは思えぬ優しさ、まさに伝説の再来だと……」
「ほう……あの炎の女帝か……」
眼帯の下の隻眼が鋭く光った。鉄のように鍛え上げられた頬の筋肉がぴくりと動く。
「貴族の女どもが夢を見始めたと聞けば、利用価値も出てくる。……その少年、名前は?」
「は……“カイル”と申すようです」
その瞬間、皇帝は手綱をきしませながら笑った。
「──面白い。まるで昔話に出てくる、神の寵愛を受けたあの“英雄”の名だ」
副官が震える。
「陛下……どうなされますか?」
皇帝は無言で視線を空へ投げた。口の端が吊り上がり、不敵な笑みが浮かぶ。
「今すぐ情報を集めさせよ。その少年の詳細を。どの街に滞在し、誰に守られ、何を好み、何を嫌い、誰に微笑んだのか。──全て、だ」
「この帝国を新たな“秩序”へ導く鍵となる」
「“カイル”──お前が本物の英雄かどうか。私が試してやる」
燃えた町の背後に、沈みゆく夕日が赤く染まっていた。




