表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/24

第22話「広がる噂と見えざる影」



──まるで、英雄譚の始まりのようだった。


魔獣を魔法でねじ伏せたわけではない。

剣で討ち取ったわけでもない。


けれど、あの時――


あの少年が、純粋にひとりの少女を助けようとした瞬間、世界はその在り方を変えたのだ。



その日を境に、ヴァレンティア公爵領には妙な空気が漂い始めた。


街の広場では、子どもたちが興奮気味に話していた。


「昨日のあれ、本当にカイル様だったの!? お花をくれたミナちゃんが言ってたよ!」

「うそでしょー! カイル様が魔獣を……バァァーンってしたんだよね!?」

「魔力で、ぱぁぁぁって光ったって!」


情報は完全に誇張されており、最終的には『金色の獅子を従えた神の子が魔獣を手で撫でて従えた』などという新興宗教の起源のような話にまで発展していた。


ヴァレンティア領内にて、カイルの“神格化”が静かに進行中である。



もちろん、公式の報告書には事件の詳細は一切記されていない。


カイルの存在が広く知られているとはいえ、その力や素性は、まだ明かしていい段階ではない。レオナはそう判断し、事実を伏せた。


報告書には『騎士団の迅速な対応により、魔獣は無事に討伐された』とだけある。


だが、噂の火は、一度つけばもう消せない。


 ◆


そんな中。


ヴァレンティア公爵邸の屋根の上。

夜風を受けて、黒いマントを翻す影が一つ。


「……今夜も、異常なし。」


それは、ユーリ=ラヴェル子爵だった。


……いや、正確には。


“カイルを陰から見守る影の護衛・ユーリ様(自称)”である。


「ふふ……今日は朝食にフルーツを多めに取っていた。これは、午前訓練に力を入れる前兆……!」


「昨日より2ミリほど、後ろ髪が伸びている……そろそろ切る頃かしら? ……」


──彼女の観察眼は、もはや護衛の範疇を超えていた。


だが、本人には一切の自覚がない。


あくまで『危険を察知するために常に目を光らせているだけ』だと思っているのだ。


「……あっ、今窓際に立った! 光が差し込んで神々しい……! ……心が……っ」


「いえっ、違う、これは警戒っ、警戒……っ。何者かが狙っていないか確認しているだけ……っ」


──もはや誰も止められない。



「……あれ? また窓から声が……」


カイルはふと、視線を窓辺に向けた。


誰もいない。


けれど、どこかで見られているような気がしてならない。


「……まさか、本当に闇属性のストーカー……」


ぼそりと呟いてから、彼は小さく笑った。


「……いや、そんな都合よくいるわけないか」


激レアな闇魔法をこんなストーキングに使う人なんていないだろうと。

 

「……冷や汗かな、軽くお風呂で汗を流そう」


  

──しかし背後には、今日も完璧な身のこなしで窓から飛び降りる影がある。


貴族にして騎士にして、そして、世界で一番優れた……ストーカーである。


 

「よしっ、次はお風呂の魔力反応を確認しに……」


こうして今日も、世界はほんの少しだけ騒がしく、けれど確かに動いている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ