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第2話「黒衣の公爵家当主」

私の名は、レオナ=ヴァレンティア。


 アーク王国を支える四大公爵家の一角を担い、人は私を“ヴァレンティアの黒狼”と呼ぶ。恐れと敬意を込めて。


 けれど、今この場所でその名を口にする者はいない。なぜなら、私は公の立場ではなく、一個人としてこの違法な闇市場に足を運んでいるからだ。


 「本当に……男が出品されるのか」


 観覧室のカーテン越しに深く息を吐き、私は脚を組み直す。黒衣のドレスの裾が静かに揺れ、鋭い金の眼が会場を睨んだ。


 本来なら、こんな場にいること自体が名誉の汚れとなる。だが、私には関係がなかった。私がここに来たのは、私の意志だ。


 もし本当に、男が違法に囚われ、売られようとしているならば――


 私の手で買い取り、即座に奴隷身分から解放し、保護する。それが、ヴァレンティア家の当主としての義務であり、私自身の信念だった。


 ……そう思っていた。


 だが。


 舞台に現れた“彼”を目にした瞬間、私はその理性を一瞬で失った。


(……なんて、美しいの)


 銀糸のような髪。陽光を封じ込めたような瞳。細身ながらも均整の取れた肢体。


 まるで芸術の極致。


 少女のような繊細さと、男の輪郭を併せ持つ、神が生んだ造形美。


 心臓が、一拍跳ねた。


 気づけば私は立ち上がっていた。半透明のカーテンを、自らの手で払いのける。


 場内が一瞬で静まり返る。


「……黙りなさい」


 短く、鋭く言い放つ。すべてのざわめきが止んだ。


 熱狂も、金貨の応酬も、私の声ひとつで押し黙る。


 女たちは私に怯える。私の存在に、空気に、威圧に。


「この男は……私が買い取る」


 それは宣言だった。命令ではない。だが、誰も否を唱えることはできなかった。


 それでも、数人の愚か者が声を上げようとする。私は口元で僅かに笑った。視線が逸れる。


「三千金貨」


 会場が凍りついた。


 十倍付け。桁違いの額。


 女たちは押し黙り、司会者すらも言葉を失った。ラミアが陶然としたように目を細める。


 「ふふっ……まさに“女帝”……」


 オークションは、そこで幕を閉じた。




 

 市場裏手の路地にて、私は馬車の前に立つ。隣には黒銀の鎧を着た私の護衛――アデルが控えている。


「……ここで引き渡し?」


「ええ。レオナ様あなたの護衛、たった一人なのですね」


 ラミアが現れる。妖艶な笑みを浮かべ、数人の部下を従えていた。


 だが、私は眉一つ動かさない。


「問題ある?」


 軽く問えば、ラミアは肩をすくめて応じた。


「いえ。ただ……あなたほどの身分の方が、護衛一人で動くとは思わなかっただけ」


 空気が変わった。


 屋根の上、路地の影、荷車の下――女たちの気配が満ちる。数は……二十を超えている。


 全員、武器を持ち、殺意を纏っていた。


 ラミアが声を低くする。


「男は金であり、力。あの子を渡すわけにはいかないのよ。それに……あなたもここで“処理”してしまえば、誰にも気づかれない」


 私はため息をつく。


「アデル、配置」


「御意」


 アデルが一歩前に出る。無言で黒鋼の大剣を構える。気配が変わる。殺気ではない、“覚悟”だ。


 女たちがざわめく。なぜ、公爵家当主が護衛一人で来たのか――その疑問が渦巻く。


 私は静かに答えた。


「なぜか、ですって? 簡単よ」


 右手の掌に魔法陣が浮かぶ。深紅の輝きが闇を裂く。



「私たちが、強いからよ」

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