第18話「異世界の理」
数日ぶりに王都から公爵領の屋敷へ戻ってきた僕は、以前と変わらぬ静けさに少しだけ安心していた
……あの舞踏会の熱狂は、今でも胸の奥に残っている。 けれど、ここでの日々は、僕にもう一つの現実を教えてくれた。
「勉強も、訓練も、結構大変だな……」
今の僕は、毎日、朝から座学と身体訓練を受けている。公爵家に保護されているとはいえ、ただ守られるだけの存在ではいたくない。
僕の周囲には、“この世界”の常識に精通した優秀な教師たちが揃っている。
なかでも、特に興味を引かれたのは──魔法だった。
◆
この世界の魔法は、大きく分けて六属性に分類される。
基本となるのは「火・水・風・土」の四大元素。
その中でも、レオナさんは火属性の使い手として、王国の戦場でその名を轟かせていたらしい。
(“炎の女帝”って……まさかレオナさんのことだったとは)
まだ信じられないけれど、彼女が本気で戦えば、ひとつの戦場をたった一人で焼き尽くすと言われているらしい。そんな人が、今は僕のすぐそばにいるなんて、まるで夢みたいだ。
そして、基本属性とは別に、特別な属性が二つ存在する。
──光と、闇。
この二つは“聖”と“呪”の象徴とされ、それぞれ極めて稀な素養とされている。
光属性は癒しと浄化に長け、主に神官や治癒師に多く現れる。 一方で闇属性は、潜伏、幻術、精神操作などの影響を与える特性があり、暗殺者やスパイなどに向くとされている。
(……最近、誰かの視線を感じることが多いし、気づくと衣服の一部が消えていたり……)
僕は軽く頭を振った。
(まさか、闇属性のストーカーがいたりする……わけ、ないよな)
冗談半分で笑ったけど、笑いきれない。
この世界には、想像以上に“異常”なものが存在しているのだ。
◆
そして、僕の中には──“魔力”がある。
診断してもらった結果、どうやら常人とは比べものにならないほどの量を内包しているらしい。
でも。
「まったく、魔法が出てこないんだよな……」
どれほど集中しても、どんなに詠唱を唱えても、一向に“発動”しない。
これは訓練が足りないだけなのか。 それとも──僕が“普通の魔法”を使えない体質なのか。
まだ、答えは見えてこない。
◆
座学では、この国の制度や歴史についても教わった。
貴族階級と庶民階級の明確な隔たり。
そして、魔力持ちの比率。
この世界では、魔力を持つ者はおよそ1000人に1人とされている。 だが、それはあくまで全体の話。
貴族に限れば──魔力持ちの比率は飛躍的に高い。 10人に1人、あるいはもっと。
その理由は完全には解明されていないが、母親が魔力持ちである場合、その子に魔力が宿る可能性が高いからだと言われている。
つまり、“血”に依存する世界。
魔力は個人の努力で手に入るものではなく、生まれ持った才能の一つ。
(……なんだか不公平な話だけど)
でも、それがこの世界の“理”なのだ。
◆
それから、“魔物”についても学んだ。
この世界には、人間だけでなく、魔力を帯びた“存在”──魔物や魔獣が存在する。
彼らは森に潜み、時に人里へと現れる脅威。
「魔物の討伐もまた、貴族の義務です」
そう教師は語った。
庶民は税を納めることでその“庇護”を受け、貴族はその力と魔法によって、民を守る。
(……責任と力が、ちゃんと繋がってる世界なんだな)
僕は少しだけ、その仕組みに納得していた。
けれど──
(そんな中で、僕だけが“力”を持っていながら使えない……)
悔しさと、歯がゆさと、不安がないまぜになる。
でも、ここで腐るわけにはいかない。
「よし……もうちょっとだけ、がんばってみよう」
目の前の壁がどれほど高くても、登る方法はきっとある。
この世界に来た理由も、失った記憶の意味も、そして僕の中に眠る力も──すべてを見つけ出すために。
今はまだ、始まりにすぎない。
だから僕は、今日も魔法と剣の訓練に向かう。




