表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/24

第12話「王都に」

「――カイルを、舞踏会へ連れて行くわ」


 その一言が落ちた瞬間、空気が張り詰めた。


 ヴァレンティア邸、作戦会議室。

 執事長エミリア、騎士長アデル、侍女長ルティア、そして護衛の魔術士や近衛兵ら、信頼できる者たちのみが揃う密室の場。


「レオナ様……それは、本気で……?」


 口火を切ったのはアデルだった。いつも冷静な彼女の瞳に、わずかな戸惑いが浮かんでいる。


 レオナは頷く。


「王城からの招待。形式ではないわ。明確に、彼を“見たい”という意思が込められていた。断れば、私たちの立場を損なう。……でも、それ以上に」


 言葉を切り、レオナは少しだけ目を伏せる。


「私は……彼が自分の目で世界を知り、自分の意志で未来を選べるようになってほしい。だからこそ、この舞踏会を避けるべきではないと判断したの」


 静かな言葉ではあったが、誰の胸にも深く突き刺さる。


 アデルが膝をつき、深く頭を下げた。


「それならば、我らは命を賭して、カイル様をお守りいたします」


「当然よ」


 レオナの声には、揺るぎない決意が込められていた。


「この命に代えても、彼を傷つけさせない。それが、公爵としての責務であり――私の“願い”でもあるのだから」


◆ ◆ ◆


 その日を境に、屋敷の空気は一変した。


 城内は舞踏会の準備で慌ただしくなり、執事たちが王都への連絡に奔走する一方、屋敷の奥では――


「このスーツはいかがでしょう! 金色に銀の刺繍、まさに貴公子の風格ですわ!」


「いえ! 深緑のベロアが素敵です! 柔らかくて触り心地もよく――」


「その露出の多いデザインは何を考えてるのよ!? 主人公様が着る衣装なのよ!?」


「逆に考えるのです! 露出こそが神々しさを引き立てるのです!」


 衣装室では、メイドたちが主人公の衣装を巡って騒然としていた。


 その中央で、少し困った顔をしながらも笑っているのは、カイル本人だった。


「みんな、ありがとう。……でも、僕なんかのために、そんなに本気になってくれて、すごく嬉しいよ」


 その一言に、空気が変わる。


「……あの……“僕なんか”なんて言わないでくださいっ……」


「はぅっ……その優しさが……尊い……」


 ぽろぽろと涙を浮かべる者まで出てきてしまった。


「じゃあ……決めよう。せっかくだから、レオナさんと並んでも違和感のない服がいいな。あの人、黒のドレスが似合ってたから……僕も黒を基調にできたらって思う」


 その言葉に、衣装係が一斉に膝を打つ。


「「それです!!!!」」


 そして決定されたのは、黒を基調にしたシンプルながら格式高い貴族衣装。銀糸の刺繍と、赤い宝石のブローチが胸元で光る逸品だった。



 衣装が整えば、次に控えるのは“舞踏”――すなわち、ダンスである。


 屋敷の大広間で、カイルに舞踏の指導をするのは、執事長エミリアと侍女長ルティアだった。


「まずは、基本のステップを……このように左足を――」


 言いかけたその瞬間、


「……こう、ですか?」


 カイルが軽やかに動いてみせる。


 滑るような足さばき、指の角度まで整った姿勢、美しい回転。


 全員が、絶句した。


「……こ、これは……教えた通りどころか、それ以上では……?」


「というか、なんで初めてでこんなに……」


「……やっぱりカイル様、天才では……?」


 しかもその柔らかい笑顔と美貌でくるくる回るものだから、見ているだけで倒れそうになるメイドまで出始める始末だった。


「ご、ごめん……何か間違えた……?」


「「いえぇえええ!!完璧ですぅぅぅ!!」」


 屋敷全体が彼のダンスに酔いしれ、完全に舞踏会モードに切り替わった。


◆ ◆ ◆


 数日が経ち、出発を控えた朝。


 黒い衣装に身を包んだカイルと、凛々しいドレス姿のレオナ。

 アデルを筆頭に、護衛騎士とメイドたち。馬車の列が、王都へ向けてゆっくりと動き出す。


 目指すは、王都中心部にあるヴァレンティア家の別邸。

 舞踏会の前泊と準備のための宿泊先である。


 馬車の中、レオナは静かにカイルを見つめていた。


(……この想いを、どうか隠し通せますように)


 そう、祈るように。

 そして心の奥では、ただ一つの誓いを固めていた。


――何があっても、私が貴方を守る。


 その決意と共に、黒衣の貴公子と彼を守る者たちは、王都へと進軍するのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ