表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/24

第11話「贈られた想い」

街での外出から数日が経った。

 日常が戻った屋敷では、穏やかな時間が流れている――ように見えたが、その空気の奥には、目に見えない変化があった。


 それは、カイルの存在がもたらすもの。

 屋敷の者たちは皆、彼に心を寄せ、静かに、しかし確実に何かが変わってきていた。


 そんなある日。朝の陽射しが差し込む書斎で、レオナは机に向かっていた。


 その手元には、王都から届けられた一通の手紙。

 それを見下ろす視線には、わずかな影が差している。


「……舞踏会、ね」


 金の封蝋には、アーク王国を象徴する紋章が刻まれている。


 文面は丁寧だが、その意図は明白だった。

 公爵家の屋敷に“男性”がいるという噂が王都に届き、女王自ら、それをこの目で確かめようというのだ。


 レオナは無言で手紙を置き、椅子にもたれかかる。


(……誰にも、彼を見せたくない)


 その想いは、日々強まっていた。


 初めは、稀有な存在として守るべきだと感じていた。

 だが今は違う。彼の笑顔、優しさ、誠実な言葉――

 すべてが、レオナの胸に染みついて離れない。


(……こんな気持ち、いつからだったかしら)


 レオナ=ヴァレンティアは四十歳。

 男の少ないこの国において、立場も美貌もありながら、愛を得たことは一度もない。


行き遅れの年増がカイルほどの男性を独占したいなど、おこがましい事この上ない。


 自らの年齢を思い出すたび、心の奥にしこりが残った。

 彼の隣に立てるような女ではない――

 そんな声が、いつも胸の奥で囁いていた。


 その時だった。ノックの音がした。


「失礼します。あの、少しだけお時間を……」


 現れたのはカイルだった。

 きちんと整えられた衣服。緊張しているのか、少しだけ視線が揺れていた。


「これ、あの……この間、街で見つけて……どうしても渡したくて」


 そう言って、手にしていた小さな箱を差し出す。


 レオナは戸惑いながら受け取り、そっと蓋を開ける。


 中にあったのは、赤い宝石がついた銀の指輪だった。

 飾り気は少ないが、柔らかな光を放つ石が上品で、品のある仕立てだった。


「……銀貨三枚でした。そんなに高くないものなんですけど」


 カイルは恥ずかしそうに頭を掻く。


「しかも……お金も、公爵家から預かったもので……勝手に使ってすみません」


 レオナは驚いて顔を上げる。


 その表情は、怒りでも呆れでもなかった。

 ただ、胸を締めつけるような感情がこみ上げてきて、何も言えなくなっていた。


「でも……この赤い石、レオナさんに似合うかなって思って。

 魔力が安定する効果があるらしいです。ちょっとしたもので、気休め程度らしいですけど」


 不器用に、けれど真っ直ぐに気持ちを伝えるその姿に――

 レオナの中の何かが、ふっとほどけていくのを感じた。


「……ありがとう、カイル」


 手にした指輪を、指にはめようとはしなかった。

 あまりにも大切すぎて、すぐに身につけることができなかった。


 カイルは少し照れたように笑うと、「それじゃ」とだけ言って部屋を出ていった。


 扉が閉まる音を聞いてから、レオナは机に両肘をついて、指輪をそっと両手で包み込んだ。


(嬉しい……)


 その言葉は、口に出さずとも胸の内で繰り返されていた。


 


◆ ◆ ◆


 


 夜。寝台の上。

 レオナは薄明かりの中で、再び指輪の箱を開いていた。


 柔らかく赤く光る石。

 彼が自分のことを思って選んだ、たった一つの贈り物。


 ただそれだけで、胸が満たされていく。


(……誰よりも優しい人。私には、過ぎた贈り物)


 そんなふうに思ってしまうのが、悲しくもあった。


 それでも、彼が自分に贈ってくれたこと。

 選んでくれたこと。


 その事実は何よりも重くて、尊くて、愛しかった。


「……カイル」


 その名を口にしたとき、涙が一粒、頬を伝った。


 レオナはその夜、一睡もできなかった。


 指輪を胸に抱き、少女のように――恋を知ったばかりの少女のように、ずっとその想いに浸っていた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ