第10話「女王陛下の審美眼」
時は少し遡る――。
アーク王国の王城。その壮麗な玉座の間に、一人の女性が座っていた。
王冠の代わりに漆黒のティアラを戴き、背筋を伸ばして玉座に座るその姿は威厳に満ちている。彼女こそ、この国を統べる絶対の存在――女王、ユリア=アーク。
女王のもとを訪れていたのは、ヴァレンティア公爵邸を訪問した王城の使者だった。
「――つまり、ヴァレンティア公爵閣下が、“男”を私邸に匿っていたと」
女王の言葉は静かだったが、空気はぴたりと凍りついた。
「はい。ですが……陛下。噂で聞いていた以上の存在です。あの方は、まさに……絶世の美男子でした」
使者は恍惚とした表情で言葉を継ぐ。
「美しさもさることながら、その男は、公爵を守るために身を挺したのです。たとえ束の間でも、騎士のように……」
女王は細く目を細めた。
「ふうん……」
彼女の視線が、玉座の下に集う“男性たち”に向けられる。
肉付きのいい男が、豪快に肉塊にかぶりつき、隣では禿頭の男がいやらしい笑みで侍女たちを見ていた。
女王はふたつ、ため息をついた。
「……この国が囲っている“男たち”の中で、美男子だと感じたことが、一度でもあったかしら」
使者は、返す言葉もなくただ俯く。
「今さら咎めても、レオナがその男を守る姿勢を崩すとは思えない」
女王は立ち上がり、長いドレスの裾を翻す。
「ならば、こちらから動くしかないわね」
「陛下……?」
女王は唇に笑みを浮かべる。その目は、強い好奇心と――ほんのわずかな嫉妬に揺れていた。
「舞踏会を開くわ。名目は、久方ぶりの社交の場ということにしておきましょう。そのうえで、ヴァレンティア公爵家には招待状を。あの“男”も、連れてくるようにと伝えて」
「……かしこまりました」
「舞踏会に参加すれば公爵家に男を置くことは、私の名のもとに許可をしてもいい。ただし……彼をこの国の“所有物”ではなく、“一人の人間”として見ているのか、それとも――」
女王の声が微かに低くなる。
「私自身の目で、判断してみたいのよ」
玉座の間に、女王の高らかな笑いが響いた。
彼女の眼差しは、遠く離れたヴァレンティア邸の“美しい青年”へと向けられていた。




