表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しずめ  作者: 山程 ある
6/36

怪談師のはなし:泥の足跡②

浩一さんが寝室のドアノブに手をかけたところで、奈央さんが声を出した。


「あれ、陽奈は?」


佐伯家では、寝室に置いたクイーンサイズのベッドで親子三人が川の字になって寝ている。しかし、布団に入っていたはずの陽奈ちゃんの姿がどこにもなかった。掛け布団は乱れておらず、まだ彼女の体温が残っているように感じられた。


「どこ行ったんだ……?」


浩一さんの声が震える。

寝室を見回すが、どこにも隠れるような場所はない。部屋を出て耳を澄ますと、階下から何か小さな物音が聞こえてくる。


二人はそろりと階段を降り、音のする方向を探る。どうやらリビングの方から聞こえてくるようだった。なぜか声を出すのがはばかられ、黙って頷き合ってからリビングルームへ入る。

ポリポリと何かを齧るような音が、奥にあるカウンターキッチンの向こうから聞こえていた。


浩一さんはリビングの奥まで進み、カウンターの中を覗き込んだ。リビングの常夜灯の明かりは届かず、キッチンの中は真っ暗だ。

目が慣れてくると、冷蔵庫の前にうずくまる小さな影が見えた。


「陽奈……?」


奈央さんがそっと呼びかける。


陽奈ちゃんはぴたりと動きを止め、ゆっくりと顔を上げた。その手には何かが握られていた。そして彼女の小さな口は、かり、ぽり、と音を立てながら、それを齧っていた。


「なにしてるの、こんな時間に?」


奈央さんがキッチン脇にある照明のスイッチを押した。

途端に、蛍光灯の白い光がキッチンを照らし出す。


床には無数の白い粒が散乱していた。生米だ。

陽奈ちゃんの手に握られ、そして口の中にあるのも、どうやら生米らしかった。彼女は米びつの蓋を開け、米を手づかみで取り出して口に運んでいたのだ。


しかし、その目はどこか焦点が合っていない。夢遊病のような、意識のない目つきだった。


「お米をお腹いっぱい食べていいよって言われたの」


ぽつりと、陽奈ちゃんが言った。

彼女の手を取って立たせた浩一さんが「あ」と声をあげた。


その足裏に、泥がついていたのだ。


「陽奈、外に出たのか?」


「……うん。お庭のお山に」


「山?」


当然だが、この家の狭い庭には山などない。

夢を見て寝ぼけていたのだろう。夢遊病というやつだろうか。明日にでも病院に連れていった方が良いな、と浩一さんは考えた。


「泥んこのお山。呼ばれたの」


ぞくりと、二人の背筋に寒気が走る。


「誰に、呼ばれたの?」


奈央さんがためらいながらもそう訊くと、陽奈ちゃんはかすかに笑った。


「おねえちゃん……」


「お姉ちゃん?」


「森のお山においでって。お米をたべようって」


その瞬間、玄関の方から、


――ぺちゃ、ぺちゃ。


あの湿った足音が聞こえてきた。


浩一さんははっとした。

たった今まで、泥の足跡は陽奈がつけたものだと納得しかけていた。しかし、昨日の朝、泥の足跡を発見した時には、陽奈ちゃんの足に汚れなどなかった。


浩一さんと奈央さんは、凍りついたように顔を見合わせる。


玄関に、誰かがいる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ