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しずめ  作者: 山程 ある
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怪談師のはなし:泥の足跡①

怪異というのは事故物件やいわくのある心霊スポットだけで起きると思われがちですが、そうとばかりは言い切れない、というお話をさせていただこうかと思います。


これは、少し前に知り合った方から聞いた話なんですけど、その方――仮に佐伯さえき奈央なおさんとしておきますが、奈央さんはとある新興住宅に新築の一戸建てを建てました。しかし、早々に引っ越す事になってしまいました。新築の家で起きた怪異のせいで、です。


その話をこれからさせてただこうかと思います。




佐伯一家が新築の家に引っ越してきたのは、長い梅雨がようやく明けたばかりの夏のことだった。


「……なんか、湿っぽくない?」


夕食を終えた後、リビングのフローリングを裸足で歩いていた奈央なおさんは、誰に言うともなく呟いた。足裏に伝わる感触がひんやりとしている。それも、ただの冷たさではなく、湿気を孕んだ冷たさだった。


「エアコン、効いてないのかな?」


奈央さんの言葉を受けて、夫の浩一こういちさんも首をかしげながら床を確かめた。やはりペタペタとした湿気が感じられる。しかし、水が滲んでいるわけではない。


「エアコンは効いてるわよ。冷たいくらいだもの」


「まあ、新しい家だし、最初はこんなもんだろ。コンクリートが乾くまで何年かかかるというしな」


気にかかる出来事ではあったが、新居の片付けに追われ、このささやかな違和感については、二人ともの意識の外へ追いやってしまった。


———


数日後の朝、さらなる異変に気づいたのは小学三年生になる娘の陽奈ひなちゃんだった。

学校が夏休みに入っており、町内会で行われるラジオ体操に向かう準備をしているところだった。


「ねえ、お母さん、これなに?」


「え……?」


陽奈ちゃんが指差した先を見て、奈央さんは息をのんだ。玄関からリビングへと続く廊下に、泥の足跡が不規則に並んでいた。


「浩一、あなた夜に外に出た?」


リビングでコーヒーを飲んでいた夫に訊ねる。


「いや、出てないよ」


答えながら浩一さんも廊下に顔を覗かせ、言葉を失った。


奈央さんは一瞬、浩一さんが庭にでも出たのかと思ったが、足跡は素足のそれだった。それに庭には一面芝を植えており、泥がつくような場所もない。


「いくら寝ぼけてても、裸足で外になんか出ないさ。それにこの足跡、オレの足より小さいだろ」


浩一さんは玄関に降りて戸締まりを確認した。扉の鍵はしっかりとかかっていた。玄関に並んだ靴が乱されているなどの形跡もない。それなのに、足跡は確かに、外から家の中へと続いている。


「気持ち悪いな……」


浩一さんが雑巾で拭き取ると、足跡は簡単に消えた。落ち着かない気持ちのまま朝食を取り、浩一さんは仕事へ向かった。


その夜——奈央さんは、ふと目を覚ました。耳を澄ますと、かすかな音が聞こえてくる。

ぺちゃ、ぺちゃと、水たまりやぬかるみを踏むような湿った音だ。

どうやら一階から聞こえてくるようだった。おそらく玄関の方からだ。


奈央さんの背筋に冷たい汗が噴き出た。隣で寝ている浩一さんを揺すって起こす。

寝ぼけた声で「なんだよ」と言った浩一さんも、妻のただ事ではない様子を見てすぐに覚醒する。


「聞いて、音がするの」


奈央さんが囁く。

浩一さんは言われるままに耳を澄ませて、その音を聞いた。


「泥棒かな」


掠れる声で浩一さんが言った。そうでないことは、もちろん分かっていた。


「見てくる」


もし浩一さんひとりならば、頭から布団を被って、音など聞かなかったことにしただろう。

しかし、自分には妻と娘を守る義務がある。浩一さんはベッドの上でがばっと身を起こした。


「わたしも行く」


奈央さんが言った。

一瞬ためらった後、浩一さんは頷いた。

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