表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しずめ  作者: 山程 ある
35/36

火振り

 ファミリーレストランの中は、こんな時間でもぽつぽつと客がいた。静まり返ることはなく、低く流れるBGMと、食器の触れ合う音、誰かの笑い声が絶え間なく空間を埋めている。


 見学は、隼人を奥のボックス席へと案内すると、メニューを広げながら何を食べるか尋ねてきた。


 隼人は、ほとんど反射的に「ホットコーヒーを」と答えた。何も食べる気にはなれなかったが、見学がしきりに「食べといたほうがええよ」と勧めるので、結局サンドイッチも一緒に頼んだ。


 飲み物はドリンクバーで、見学が自分の分と一緒に隼人のコーヒーも淹れてきてくれた。恐縮しながら受け取り、湯気の立つカップにそっと口をつけると、ようやく震えていた手が、自分の体の一部として戻ってきたような気がした。


「……あれは、なんだったんでしょう」


 ぽつりと漏らした隼人の問いに、見学はすぐには答えなかった。ストローでグラスのジュースをゆっくりとかき混ぜ、それからようやく口を開く。


「ほな、その話、じっくり聞かせてえな。焦らんでええ。順番にな、見たこと、感じたこと。頭からひとつずつ、ゆっくりでええよ」


 見学の声は柔らかかった。無理強いするでもなく、けれど突き放すわけでもない。程よい距離感で好奇心を覗かせながら、隼人の言葉を待っているようだった。


 隼人は一度、深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。そして語り始めた。カメラに映ったそこにはないはずの森、白い服の女、頭部に火をまとった男の姿。そして無数の人影――彼らが口にしていた言葉、自分の口からもそれが漏れていたこと。すべてを、順番に、少しずつ。できる限りの冷静さで、ありのままを話した。ただ、昨日以前の出来事や、美月を探していることについては、初対面の相手に話すべきではないと判断し、伏せておいた。


 見学は終始、相槌を打ちながら、熱心に話を聞いていた。


 語り終えた隼人が黙ると、見学も少しの間、黙って何かを考えているようだった。やがて、ぽつりとつぶやく。


「雨たんもれ、か……。ほな、あれはやっぱり雨乞い、火振りなんかもしれへんな……」


 その声には、考え込むような響きがあった。しかし、顔には相変わらずとぼけた笑みが浮かんでいる。


「何か知ってるんですか?」


 隼人が身を乗り出した、ちょうどその時、注文していた料理が運ばれてきた。


「とりあえず食べようや」


 見学がそう言ったので、隼人は渋々ながらも、サンドイッチをひと切れ手に取って口へ運んだ。意外にも、それはとても美味しく感じられた。自分では気づいていなかったが、どうやらかなり空腹だったらしい。次のひと切れ、さらに次のひと切れと、自然と手が伸びる。


 見学のほうも先ほど言っていたとおり腹が減っていたらしく、ナイフとフォークを手に、頼んでいたハンバーグをもりもりと食べ始めていた。


 やがて二人ともが料理を食べ終えたころ、見学が話を再開した。


「”雨たんもれ”っちゅうのはな、『雨賜りたまえ』っていう意味や。雨乞いのときに唱える言葉やねん。六守谷だけやなくて、ほかの地方でも使われとるわ。わりと広く分布してる呪文やな」


「火振りっていうのは?」と、隼人が続けて訊いた。


 頭が燃えていた男の姿がどうしても頭をよぎる。できればもう思い出したくなかったが、それでも訊かずにはいられなかった。


「火振りいうのは、集落の人らが列を作って、太鼓叩いたり、火のついた松明を振り回したりして、村ん中とか田んぼの畔を練り歩く雨乞いの儀式や。これもやっぱり日本各地に似たようなんがあるわ」


 見学は指を組みながら、懐かしい昔話を語るような口調で続ける。


「でな、六守谷では、その練り歩きのあと、ジョウサンっちゅう名前のついた森まで行くんやって。ほんで、そこで松明を燃やし尽くしてから、それをバラバラにして森に納める。松の枝や藁を束ねて作った松明やから、焼けた後は簡単に崩れるやろ? それをそのまま森に戻すっていう形やな」


 なるほど、と隼人は思った。頭が燃えていた男の姿はグロテスクだったが、それが松明の代わりだと考えると、あの現象が儀式の再現であると納得できる部分もある。


 高梨も言っていた。あの廃墟で起きる心霊現象は、過去にその場所で起きた出来事が“繰り返されている”のではないか、と。雨乞いの儀式。それは本来、村にとって神聖で、重要なものだったはずだ。それが、なぜあのような歪んだかたちで現れるのか――理由は、もしかしたら、森が無くなってしまったからなのかもしれない。


「見学さん、あの家にいた人たちは……」


 隼人が口にしかけたそのとき、見学が少しだけ声のボリュームを上げて遮った。


「そうゆう云われもある場所やから、余計に想像も膨らんでまうよなあ。でもな、ハヤト君が見たんは、きっと見間違いや。目の錯覚やって」


 そう言って、にやりと笑った。


「ボクかてな、生き霊も幽霊も妖怪も、紙の上では何度も会うてるけど、実物とは一度も会ったことあらへん。いやほんまに」


 そう続けると、見学はナプキンで口元をぬぐいながら、大げさに肩をすくめてみせた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ