火の玉男
目を疑ったが、それが錯覚などではないことも分かっていた。
――これが、高梨の言っていた……
心臓を鷲掴みにされるような恐怖に囚われた反面、どこかで予感していた光景でもあった。
男の頭部は薪に火が灯ったように、赤々と燃え上がっている。ぱちぱちという音は、皮下脂肪が焼けて弾ける音だ。そのたびに皮膚が焦げ落ち、下の肉が露わになっていく。
男は両腕をだらりと垂らし、身体を斜めに傾けたまま立っていた。部屋着だったらしいスウェットは、ところどころ焼け焦げ、穴が空いている。そこから覗く皮膚は、悪夢が凝縮してこびりついたような、深く沈んだ黒色をしていた。もとからそうであったのか、焼け爛れたのかは判別できない。
瞼を失ったその目は、どこを見ているのか分かりづらい。けれど、そのぎょろりとした眼球が、確かに隼人を見据えていることだけははっきりと分かった。
火は激しく燃え、隼人の頬をオレンジ色に染めている。だが、部屋は熱くない。焦げた臭いもしない。ただ、燃えている。それだけだった。
ふと、その背後に複数の人影が見えることに気がついた。
一人、二人ではない。燃える男の後ろには、十人以上の人影がうすぼんやりと浮かんでいる。
喉元まで出かかった声は、恐怖とは裏腹に凍りつき、悲鳴となって外に出ることはなかった。
燃える男の後ろの人々は皆、蝋人形のように真っ白な肌をしていた。目を伏せ、口元だけが小さく動いている。まるで風に揺れる茂みの葉擦れのように、ぼそぼそと何かを呟いている。
たん、もれ……たん、もれ……
何を言っているのかは分からない。
燃える男がこちらへ一歩踏み出すと、後ろに立つ者たちもそれに倣うかのように歩を進まる。
隼人のことを認識しているのは間違いないが、害意を持っているのかどうかは分からない。
人影は火球男を先頭にして、列を作っているようだ。
隼人は無意識のうちに後ずさり、水たまりを踏んだ。靴に入り込んだ冷たい水に一瞬意識が戻る。
そしてそのとき、いつの間にか自分も「あめたんもれ、あめたんもれ」と口にしていたことに気がついた。
――逃げないと
この風景に取り込まれつつある自分に気づき、隼人の全身に冷や汗が噴き出す。
消息を絶ったYouTuberは、きっとこの光景に遭遇し、あちら側へ連れて行かれたのだ。
先頭の男が、ぐるりと頭を巡らせる。続いて上半身を大きく左右に揺らす。
炎が赤い軌跡を描き、白い煙が盛大に立ち昇る。それはまるで、赤々と燃える松明を振り回しているかのようだった。
逃げなければ。この部屋から、この家から、今すぐにでも出なければならない。
そう思うのに、足が動かない。全身が石になったかのように、ぴくりとも反応しない。
燃える男が、手を伸ばせば届くほどの距離に迫っていた。
またしても「雨たんもれ、雨たんもれ」と呟いていることに気づくが、自分の意志では止められない。
この人々に取り込まれても、美月には会えないだろう。その確信が胸を突き刺し、隼人は深い絶望に沈んだ。
「お兄さん、不法侵入はあかんで」
突然、背後から声がした。




