廃屋の森
写真の窓ガラスに映っていた樹影とは比べ物にならないほどの存在感があった。
隼人は反射的に顔を上げかけて、思いとどまった。液晶画面から目を離した途端に、この映像が消えてしまいそうな気がしたからだ。
そこに映る木々は、黒ずむほどに密生しており、隼人には感じられない風を受けて小さく揺れてさえいた。
少し迷いながら、なかば手探りでダイヤルスイッチを操作し、動画撮影モードに切り替えた。切り替えの瞬間に森が消えてしまうのではないかと不安だったが、録画中の文字が表示されても森は変わらず、そこにあった。
ゆっくりとカメラを動かし、周囲の様子を探る。厚く積もった落ち葉。葉ぶりの良い木々。濃密な茂みにはクモの巣さえ見受けられる。
実際の部屋は焼け焦げた廃墟であるにもかかわらず、小さな画面の中には生き物の気配がある、呼吸する森が広がっていた。
隼人は、まるで自分が生い茂る木立の間に迷い込んだかのような錯覚を覚えていた。
森の奥、重なり合う枝が作る壁の向こうに、何かがあるような気配を感じる。しかし、どこにも中へと続く道は見えない。
小さなディスプレイの中の森を、慎重に、息を詰めるようにしてなぞっていく。
少しずつレンズの向きを変えていると、画面の端で白っぽいものが動いたような気がした。
レンズを戻して確認する。密生した藪の前に、苔むした倒木が数本、折り重なるように横たわっている。
それらが作り出すひときわ暗い影の中に、微かに輪郭を持った何かがいた。
光の加減が見せた錯覚かと思った。
――いや、違う。誰かがいる。
人だ、と隼人は思った。
姿勢を低くし、こちらに背を向けているように見える。顔は見えないが、白っぽい服装をした女性のようだった。肩から背中にかけてのラインが、長い時間をかけて削られたように、か細い。
人影は微動だにせず、ただそこにいた。まるで、自分が撮られていることを知っているかのように。
隼人は、知らず知らずのうちに息を止めていた。心臓の鼓動が、遠い太鼓のように耳の奥で鳴っている。
そのとき、画面が揺れた。いや、揺れたのは森のほうだ。木々が、突如吹いた風に一斉にざわめいた。葉のこすれる音が、ディスプレイを通して聞こえてくるようだった。
そして──
背を向けていた人影が、風から顔を背けるように、ゆっくりと首を回してこちらを見た。
長い髪が顔に影を落としていて、表情ははっきりとは分からない。しかし、こちらを見つめる視線だけは、確かに感じられた。
みつき
隼人は名前を呼んだ。
その言葉は掠れ、音にはならなかった。
こんなものが美月であるはずがない。
こんなものになっていたとしても、美月に会いたい。
相反する感情が、隼人の心を軋ませる。
そちらに向かおうとしたが、足が動かなかった。
どうにかして近付きたいと願い、レンズをズームしようとするが、指も動かない。
凍りついたように、ただその姿を見つめるしかなかった。
どれほどの時間が経ったのか分からない。
気づくと、ぱちぱちという音が聞こえていた。何かがはぜるような音だ。
乾いた枝が折れる音かとも思ったが、その音はモニターの中からではなく、現実の部屋の中からしていた。
隼人は思わず顔を上げた。音の出どころを追う。
目を離す直前、森の中の女が、笑ったように見えた。
煌々と赤い光が隼人の顔を照らす。
音の正体は、すぐに分かった。
火の玉――いや、頭部が燃えている男が、焼け焦げたリビングの真ん中に立っていた。




