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しずめ  作者: 山程 ある
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【読者投稿】「きゅう、きゅう」と鳴る音の正体(K子さん・主婦)②

 結局その夜は、ほとんど眠れませんでした。

 朝日が差し込んで、ようやく体を起こした私は、ふらりと窓際に立ちました。リビングのガラス扉越しに、向かいの家を見つめます。

 でも、やはりあのがらんとした部屋には、家具もなければ、もちろん首を吊っている人影なんてどこにもありません。


「……やっぱり、夢だったんだ」


 自分にそう言い聞かせました。

 たぶん、ウトウトしかけたときに、引っ越しの疲れと緊張が混ざって、妙な幻でも見たんだろう、と。


 だけど、あのとき聞いた「きゅう、きゅう」という音の感触だけは、耳の奥に残っていました。

 まるで誰かが、私の記憶の中で縄を揺らし続けているように。



 その出来事もようやく忘れかけていた、一週間後の夜のことです。

 夫はその日、職場の飲み会で遅くなるとのことで、私はひとりリビングにいました。

 テレビをつけていたはずなのに、いつのまにか音も頭に入ってこず、気づけば、あの日と同じようにガラス扉の方をじっと見ていたんです。


 ――そして、また見てしまったのです。


 向かいの家。がらんとした部屋。そのガラス扉の向こうに、あのときとまったく同じ姿で、白っぽい服の女が吊られていました。


 前回と同じ場所、同じ高さ、同じ角度。

 長い髪が垂れ、首に巻かれた縄に全体重を預けるように、静かに、静かに揺れているのです。


 きゅう……

 きゅう……


 また、あの音が聞こえてきました。

 乾いた音。重たい音。どこか湿ったような、軋む音。

 耳ではなく、皮膚の奥で響くような気がしました。


 女の顔が、ゆっくりとこちらを向きかけた瞬間――

 私はリビングを飛び出し、二階の寝室へ駆け上がると、ベッドに飛び込み、頭から布団をかぶりました。


 もう、夢とか幻とか、そんなものじゃない。

 でも、だからといって警察に電話をする勇気もありませんでした。


 深夜、日付が変わる頃に帰ってきた夫に、私は半狂乱でまくし立て、泣きながら怒鳴り散らしました。

 そして翌朝になって、不動産会社に電話をかけることにしました。


「向かいの家で……ちょっと気になることがありまして」


 なるべく冷静を装いながら相談すると、相手は「念のため確認に行きます」と言ってくれました。そしてその日のうちに、管理会社の人が来てくれたようです。

 でも、結果はこうでした。


「特に変わった様子はなかったですね。まだ内覧も入っていない物件なので、誰かが出入りした形跡もありませんでしたよ」


 そんなはずはない。

 あの家には、確かに女の人がいて、首を吊っていた。しかも、私は二度も見たんです。夢なんかじゃありません。

 それなのに、管理会社も、夫も、誰も私の言うことを信じてくれませんでした。


 向かいの家は、それからも入居者が入ることなく、ずっと空き家のままでした。

 そして数日後にはまた、あの音が聞こえてきました。


 きゅう……

 きゅう……


 音は数日おきに聞こえてくるようになりました。特に規則性はないようでした。

 音が聞こえるたびに、私は決して向かいの家を見ないよう目を逸らし、無理やり何か別のことに集中しました。

 でも、わかるんです。女の目が、こちらをじっと向いているのが。私を見ているのが。


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