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しずめ  作者: 山程 ある
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女の顔

 隼人は、唐揚げに箸を伸ばしていた手を止め、背筋を伸ばした。


「動画はけっこうな長さだったけど、前振りにかなり尺を取ってて、実際に家に入ってからはせいぜい十分ってところだった。良い撮影機材を使ってるのか、手ブレもほとんどなかったし、照明もしっかりしてた。火事で焼けた家の様子がよくわかったよ。配信者は二人組で、掛け合いのテンポも軽快だった。……で、途中で明らかにおかしなものが映ってた」


「お前が見たのと同じ火の玉が?」


「そうなんだけど、それだけじゃなかった」


 高梨は一呼吸おいてから、静かに言葉を続けた。


「火の玉というか、あれはもう“人”だった」


「人……?」


「動画に映ってたそれは、人の形をしてた。しかも、上半身が炎に包まれてた。燃えてるのに、苦しんでるようには見えなかった。ただ、まっすぐカメラの方を向いて、じっと立ってたんだ」


 隼人の背筋に、ぞわりと冷たいものが走った。高梨の目は、汗の浮かんだジョッキを見つめていたが、その視線の奥には、その動画がよみがえっているようだった。


「そして動いた。首だけが、ガクッと。それから体全体を斜めに傾けて、壊れた機械みたいな、ぎこちない動きでゆっくりと近づいてきた。

 配信者の片方は突然笑い出して、もう片方は泣きながら『ごめんなさい』『すいません』って繰り返してた。

 カメラは、燃える男の皮膚が溶けて、赤黒い肉が露出する様子まで映してた。まぶたがなくなって、ぎょろっとした眼球だけが……なぜか笑ってるように見えた」


「本当に、そんなものが映ってたのか……?」


「燃える人影は演出で、配信者が狂ったのも演技だっていうのが、世間の見方だよ」


「でもお前は、そうは思ってないんだな」


「ああ。オレには、あれがやらせだとはどうしても思えなかった」


「本物の幽霊だったってことか?」


「分からない。さっきも言ったけど、あの場所で起こった出来事が、何かの形で再現されてるように思えた。一般的に言えば、それを霊って呼ぶのかもしれないけど」


「その再現されてるっていうのが、よく分からないな」


「言ってるオレにも、正直よく分からないよ」


 高梨は苦笑して、ようやくジョッキに口をつけた。一口飲んで息を吐くと、また口を開いた。


「……実は、それだけじゃない。燃える人影の奥に、一瞬だけ別の人の顔が映ってたんだ」


「人の?」


「正確には、窓ガラスに映った顔のようなものだ。気になって同じところを何度も再生したんだ。そしたら画面の端、フレームのぎりぎりのところに、かすかに女の顔らしきものが写ってた」


「ちょっと待てよ。あの家には、もう窓ガラスは残ってなかったんだろ?」


「ああ、そうだ。だからおかしいんだ。あるはずのない窓ガラスに、顔が映ってるように見えたんだよ。しかも、燃える人影とYouTuberたち、両方を見守ってるような、そんな風に」


 隼人は喉が鳴るのを感じた。高梨は、もうひと口ビールを飲んで、ゆっくりと目を伏せた。


「血色のまったく感じられない肌は、白というよりも土気色だった。なのに目だけがやけに黒く濡れててさ……とにかく普通の人間には見えなかった。だけど幽霊とか、そういうありふれた怪異でもない。もっと別の何かに思えたんだ」


「YouTuberは、その女には気づいてたのか?」


「いや、それどころじゃなかったと思う。急に画面が乱れて、真っ黒になった。たぶん、撮影に使ってたスマホかカメラかを落としたんだろう。狂ったような笑い声と、ひたすら謝る声だけがしばらく続いて、それから音声も途切れた――それで動画は終わったよ」


「で、そのあと、そいつらは行方不明になったってわけか」


 隼人が言うと、高梨は曖昧に頷いた。

 二人とも続ける言葉を見つけられず、それぞれ黙ってジョッキを傾けた。


「……まさかとは思うけど」


 ビールを飲み干して、ジョッキをテーブルに戻すと、隼人はためらいがちに、囁くような声で言った。


「その顔、美月じゃなかったよな?」


 高梨がぽかんとした表情で隼人の顔を見返した。訊かれている内容が、すぐには理解できないようだった。


「……いや、分からないな。でも、どこかで見覚えがある気もした。言われてみれば、藤原に似ていたかもしれない。

 だけど……あれが人間だったとは、オレにはどうしても思えないよ」


 しばしの沈黙の後、絞り出すように高梨は言った。


「そうか」とだけ呟いた隼人の耳には、他のテーブルの喧騒が、どこか遠くから聞こえてくる音楽のように届いていた。

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