夢
美月の白い肌が、薄暗い部屋の中でぼんやりと浮かび上がっていた。
彼女は、知らない男の腕の中にいた。
男の顔はよく見えなかった。ただ、逞しい腕が彼女の背に回され、筋張った指先がなめらかな肌の上を滑っていくのがわかった。淡い月光が彼女の頬と肩を照らしていた。
男がそっと美月の髪をかき上げる。美月は細く息を吐きながら、男の胸に身を預けるようにして顔を埋める。唇と舌が肌をむさぼる微かな音が室内に響き、美月も積極的に男を求めていることに否が応でも気付かされる。
隼人の心臓が早鐘を打つように激しく脈動している。
再び顔を上げた美月は、いつもの穏やかな表情ではなかった。熱を帯びたまなざしで男を見つめ、かすかに唇を震わせて何かを囁いている。彼女の指が男の肩を掴み、求めるように引き寄せた。
――これは本当に美月なのか。
喉の奥が焼けるようにひりついていた。唾を飲み込むこともできない。胸が苦しい。目を逸らしたいのに、身体が動かない。
美月の白い足がゆっくりと男の腰に絡まる。細い指先が男の背中を撫でる。
男に押し倒され、床の上に美月の艶やかな黒髪が扇のように広がった。
布がわずかに擦れる音が、静かな夜の中に溶けていく。
目を逸らしたい。
大声を上げたい。
割って入って男を殴りつけたい。
様々な衝動で隼人の心が覆いつくされた。
それでも、それらを行動に移すことはできなかった。
これまでに聞いたことのないような美月の艶めかしい声が聞こえ始めたとき、隼人は涙を流していた。
……気がつくと、自分の部屋の布団の中で天井を見上げていた。
全身がぐっしょりと汗に濡れていた。たった今までいた夢の中と変わらない速度で心臓が激しく動いている。
すぐには状況が理解できなかった。美月と知らない男の情交が夢であったことを理解するのに、たっぷり三十秒ほどは必要だった。
涙こそ流してはいなかったが、胸が震えていた。打ちひしがれた心とは裏腹に、体の一部が硬く屹立していることに気付き、悲しくなった。
――六守谷に行ってから、俺はどうかしている。
美月が失踪してからこれまでの間、彼女が他の男と関係を持っているなど、想像したことすらなかったのだ。
――ありえない。
写真に写った森の影が、辰巳氏から聞いた六つの森の話が、自分をおかしくさせているのだ。
隼人は布団から身を起こすと、ふらつく足取りで洗面所に向かい、冷たい水で顔を洗った。
少し頭がすっきりしてくると、身支度を始める。
今日はまた六守谷に行く予定だった。目的は郷土資料館だ。
先日は町の写真を撮るだけで夕方までかかってしまい、辰巳氏に教えてもらった郷土資料館に行く時間までは取れなかったのだ。
再び六守谷に向かうことに、理由の分からない不安を感じながらも、身支度を終えた隼人は自分の部屋を後にした。




