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しずめ  作者: 山程 ある
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那須 隼人

 シャッターを切る音が、ひんやりとした朝の空気に溶けていく。


 那須隼人なすはやとはカメラを構え、広がる新興住宅街を撮影していた。

 八田丘陵のなだらかな緑を背景に洒落た戸建てが整然と並び、真新しいアスファルトの道路が昇り始めたばかりの朝日を受けて鈍く光っている。


 ――ここが六守谷むつもりだにだとは信じられらないな


 隼人は中学生時代の二年間だけこの土地に住んでいたことがあった。大手通信会社に研究員として勤める父はいわゆる転勤族で、家族ともども縁故もない土地を転々としてきた。六守谷むつもりだに町もその一つだった。


 山地と丘陵地の谷地であるのこの一帯は、隼人が暮らした十数年前にはまだ至るところに木々の茂みが残っていた。

 木立を避けて田畑が作られ、その田畑の隙間を選ぶように古い家々が寄り添って建つ、町というより村と呼称したくなるような風景ばかりの土地だった。


 社宅として用意された家こそ新しく綺麗なものだったが、近辺にあるのはやはり田畑と森ばかりだった。


 しかし県を横断する自動車専用道路の敷設とそれに伴う大規模な宅地造成によって、木々や田畑は徐々に消えていった。

 代わりに幅の広い舗装路と規則的に配置された庭付きの戸建てが区画単位で増えていき、その様子はあたかも陣取りゲームを思わせた。


 とはいえ町の開発は隼人がこの町から他県に移った後のことで、彼が実際に変化を目の当たりにしたわけではない。

 経緯を知っているのは交際をしていた藤原美月ふじわらみつきが教えてくれたからだった。


 隼人がこの町に住んだ二年間、美月とは中学の同級生でもあったのだが、かろうじで顔と名前が一致する程度の間柄だった。

 しかし他県にある大学へ進学をして偶然再会した事で縁が生まれた。


 中学生の頃は特に意識をしなかったが、大学生になった美月は透明感のある美貌をたたえており、多くの男子学生の目を惹き付けていた。

 向こうから話しかけられても彼女が中学の同級生だったことに気付けずにいた隼人はどぎまぎするばかりだった。


 大学は六守谷むつもりだに町から県をひとつまたいだところにあったため、美月も町を出て大学の近くのマンションに一人暮らしをしていた。

 六守谷むつもりだに町開発の経緯は、彼女が帰省した際に見聞きした変化を隼人に教えてくれた話だった。


 その美月が、この町で姿を消した。


 三年前のことだ。美月は隼人に「別れてください」というメールを寄越した。

 その言葉の他に、六守谷に帰省するという内容の文も簡潔に添えられていた。


 その頃隼人は東京でカメラマンのアシスタントとして長時間かつ不規則な仕事に追われていた。

 関西にあるデザイン会社に就職をして三年目に入った美月は新入社員の指導に頭を悩ませていたという。

 遠方のうえ、お互いの時間が全く噛み合わず、顔を合わせるどころかメールですらほとんどやり取りができていなかった。いや、心身ともに常にクタクタだった隼人が美月からのメールや電話にほとんど返事をしていなかったのだ。


 そんな折の別れのメールだった。ショックを受けつつも「仕方ないか」との気持ちが強かった。


 しかしその後しばらくして、美月が行方不明となったという連絡が彼女の友人から入った。


 ある日、朝から部屋に美月がいないことに母親が気付いた。

 散歩にでも出ているのだろうと家人たちは考えたが、夜になっても美月は戻らなかった。

 携帯は部屋に置かれたままになっており連絡は取れない。翌日の早朝に父親が警察に連絡をした。

 警察による捜索が行われ、地元の新聞でも報道されたが、結局彼女は見つからなかった。

 事件の可能性も考慮されたが、決定的な証拠は何も出ないまま、やがて人々の記憶からも薄れていった。


 隼人の心には拭いきれない後悔が居座り続けた。

 後から知ったが、美月の六守谷帰りは一時的な帰省ではなかった。彼女は仕事を退職していた。

 その事実が隼人に最悪の可能性を想像させた。

 きっと美月は仕事の事で深く悩んでいたのだ。自分がきちんと話を聞いてさえいれば美月はいなくならなかったのではないか、という考えが隼人の頭の中から消える日はなかった。

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