冷えたコーヒー
隼人は駅前にあるハンバーガーショップで冷えたコーヒーを片手に、窓の外をぼんやりと眺めていた。
駅前ロータリーをぐるりと回る路線バスや、改札へと向かう人々を見ていると、先ほど見たものはただの錯覚だったのではないかと思えてくる。
写真に映り込んだあの禍々しい影――あれは一体なんだったのか。
なぜあれを美月だなどと思ったのか。そもそも、あれは人の形をしていたのかすら怪しいのだ。
人影が写った写真は消去していたが、森の影だけが写った写真はまだカメラに残っている。しかしそれを再度確認することもできずにいた。
テーブルに置いたスマートフォンのタスク管理アプリには、今日の撮影スポットとスケジュールが表示されている。
しかし今は、じんわりとした恐怖に圧し掛かられ、これ以上むつもりヒルズの写真を撮ろうという気持ちになれなかった。
かといって、撮影を中止する決断もできないでいる。もし今この土地を離れても、気持ちを切り替えることなどできるはずもない。
「戻るべきだよな」
自分に言い聞かせるように呟いた瞬間、スマートフォンが振動した。高梨からのメッセージだった。
――気になってそうだったから、例の同僚に聞いてみた。"影"ってのは、木の茂みと人の影だったらしい。最初はただの黒いシミみたいなものだったんだって。でも何度も見返してるうちに、どんどん人の影の形がはっきりしてきたらしい。最後には"女がこっちを見ている"ように見えたって
女という言葉を目にした途端、感じていた恐怖が一気に別の感情に変わった。
やはりあの人影は美月ではないのか。
考えたくはないが、失踪した美月はすでに命を失っている可能性がある。その美月の魂のようなものが写真に写り込んだということはないだろうか。
隼人はバッグからカメラを取り出し、電源を入れて森の影が写った写真を確認する。
森の影は消えることなくはっきりと写っている。しかし、どれだけ拡大しても人影らしきものは見つけられなかった。
「さっきの場所でもう一度撮るべきなのか」
高梨に確認してもらってもいいが、それよりも、もう一度あのカフェに戻って写真を撮る方が早い。
怖いという気持ちもなくはなかったが、それ以上に、美月の姿を一目でも見たいという想いが勝った。
冷え切ったコーヒーを一気に流し込むと、隼人はカメラを手に取り、席を立った。




