境遇
タクト:「な、何を言っているんだ……? 俺はそんなことしてない……!」
エレナ:「嘘をつくのは良くないわよ、タクトさん。あなた、あの魔法陣を使ったのよね? 私を騙して、罠にはめたんでしょ?」
タクト:「魔法陣? 俺にはそんな力なんてない……!」
エレナはタクトの首をさらに強く押さえつけ、彼の呼吸をさらに制限する。タクトの視界がぼやけ始め、意識が遠のいていく。
エレナ:「私見ちゃったのよ。貴方の研究室で不思議な機械を見つけたの。あれは何かしら?」
タクト:(もしかして、俺がさっきまで居た部屋の事か? 機械部品を触っていたことは確か)
タクト:(でも可笑しな話だ。だって彼女はずっとシャワーを浴びていたはずだから)
エレナは隣の部屋を指さして言った。
エレナ:「あの部屋で、一体何をしていたのかしら?」
タクト:「……っ!」
エレナ:「どうしてって顔してるわ。やっぱり隠していたのね」
エレナ:「水浴びなんて、そんなに時間がかかるものじゃないわ。だから、すぐに終わって貴方の様子を見に行ったのよ」
タクト:「そんな……」
エレナ:「そしたら貴方は、私がいない間にコソコソと怪しげな事をしているんですもの」
エレナ:「扉の後ろから、ずっと貴方の様子を観察していたわ」
エレナ:「で、何? 亜空間転送装置って?」
タクト:「なっ……!?」
エレナ:「そう、しっかり見ちゃったのよ。『亜空間転送装置』って文字が表示されてた。まさか、そんなものを隠し持っていたなんてね」
エレナ:「私は正直者が好きなの。分かるかしら?」
エレナ:「だから、真実を教えて頂戴。そうすれば、命だけは取らないかもしれないから」
そう言うと、エレナは両手の力を緩め、タクトの気道を確保する。
タクト:「げほっ、ごほ……。ううっ……」
エレナ:「さぁ、教えてちょうだい。貴方は一体誰なの? そして何を企んでいるの?」
タクト:「ううっ……」
タクト:「エレナさんにはまだ言えない……」
エレナ:「なんでよ? 何が不都合って言うのよ?」
タクト:「……まだ言えない。もし本当のことを話したら、君にもっと危険が及ぶかもしれないから」
エレナ:「危険? ふざけないで。私は戦士よ、危険なんて慣れっこだわ。だからこそ、真実を知るべきなの」
タクト:「エレナさん……」
エレナは一瞬だけ目を細め、タクトを見つめたが、再び冷たい口調で続けた。
エレナ:「話す気は無いのね……わかったわ」
エレナ:「貴方には心底失望した。残念だけど、ここで終わりにしましょう」
エレナは再びタクトの首を絞め始める。今度はさっきよりも強い力で、容赦なく締め上げた。
タクト:「ぐっ……! がはっ……!!」
タクト:(俺は死ぬのか? こんなところで?)
タクト:(何も悪いことはしていないはずなのに、どうして殺されなければならない!?)
タクト:(俺はただ元の世界に戻りたいだけなんだ……それなのにどうして……)
タクトは薄れる意識の中、2040年代の自分の過去を思い出した。
技術が急速に進化していた時代、四次元空間を作り出す装置が次々と開発され、その一つが「ネクサスドライバー」と呼ばれる初期型のネクサスドライバーだった。
リアリスケープという言葉自体、タクトが作り出したもので、それほど彼はAIやロボット工学、そして量子力学に夢中になっていた。
タクトは優秀な生徒として名を馳せ、特に専攻分野での能力は際立っていた。明晰な頭脳と新しい技術への好奇心に支えられ、彼は数々の革新的な発明に関わってきた。
しかし、その技術が彼自身をこの混乱へと導いてしまったのかもしれない、と今さらながら感じていた。
転機が訪れたのは、タクトが大学院の博士号を取得した時である。彼はいつものように研究室でネクサスドライバーの研究を行っていた。
この装置は指定した座標、指定した時刻に対象者を移動させられるものであり、非常に便利な技術である一方、危険を孕んでいた。
そのため、この装置に触れられる者は、国の統領或いは技術開発者のみと定められていた。タクトはその中の一員であり、他の研究者たちと共に日々実験に没頭していた。
しかし、ある日、研究の最中に予期せぬエラーが発生した。データの処理が追いつかず、ネクサスドライバーが暴走を始めたのだ。
タクトは必死に制御を試みたが、制御系が完全に機能しなくなり、装置は未知の空間へと通じる扉を開いてしまった。
タクトはそのまま未知の空間に飲み込まれていった。
タクト:(………。)
タクト:(ん! あれ、俺って確か死んだはずでは……?)
タクトは目を覚ました。いつもの寝ているベッドの上に横たわっていた。
周囲には見慣れた天井と壁が広がっており、何も変わっていないはずなのに、彼の心には奇妙な違和感があった。
窓の外からは、朝の光が柔らかく差し込み、部屋を明るく照らしている。鳥のさえずりが聞こえ、静かな朝の始まりを感じる。
タクト:(確か、俺はあの時、エレナさんに首を絞め上げられて、そのまま意識を失ったんだった)
タクト:(だとすると、やはりここは天国だろうか?)
タクト:(彼女のあの時の目は本気だった。確実に俺を仕留めに来ていた)
タクトは恐る恐る、首に手を当ててみる。
タクト:「えっ!?」
そこには昨日、エレナに強く絞られた痕がくっきりと残っていた。
タクト:「どうして……じゃあ、まだ俺は生きているのか?」
タクト:「それにしても、身体が重い。何か覆いかぶさってるような………っ!!」
タクトがその正体に気付いた瞬間、全身に悪寒が走った。
タクト:「……嘘だろ……?」
そこにはエレナが静かに眠っていた。彼女は穏やかな表情で、まるで何事もなかったかのように添い寝していたのだ。
彼女はタクトに抱きつくように眠っており、豊満な胸がタクトの腹部に押し付けられていた。
タクトは慌てて彼女を引き離し、距離を取った。
タクト:「一体どういう状況なんだ……?」
タクトは思わず声を漏らしたが、エレナは微動だにせず、静かに寝息を立てている。彼女の金色の髪が枕に広がり、柔らかな朝の光がその輪郭を照らしていた。その姿はとても穏やかで、昨日の冷酷さがまるで別人のように感じられた。
タクト:(俺はエレナさんに殺されかけたはずなのに、どうしてこんな風に一緒に寝ているんだ?)
彼は動揺しながらも、ゆっくりとベッドから降りようとした。その瞬間、エレナがわずかに身を動かし、タクトの腕を掴んだ。
エレナ:「……おはよう、タクト……どうしたの、そんな顔して?」
その声は驚くほど穏やかで、昨日の恐ろしいエレナとは全く違う。タクトはただ呆然と彼女を見つめ、言葉を失った。
タクト:「な、なんでエレナさんが俺の隣に……? てか、俺たち、昨日のことがあって……」