発展されし技術力
エレナ: 「わかったわ。じゃあ、お邪魔させてもらうことにするわね」
タクト: 「わかりました。じゃあ、俺の家まで案内するんで、ついてきて下さい」
エレナ: 「……ねぇ、タクトさん」
エレナは歩き出そうとしたタクトを呼び止めた。
エレナ: 「その前に一つだけいいかしら?」
タクト: 「何ですか?」
エレナ: 「……本当に、貴方は私の知るタクトではないのよね?」
タクト: 「え? まぁ、そうですね。俺はタクトだけど、魔法なんて一度も使ったことは無いですよ」
エレナ: 「……そうよね。ごめんなさい、何でもないの。忘れてちょうだい」
タクトは少し不思議そうに首をかしげたが、エレナがそれ以上何も言わなかったため、深く追及することはやめた。
タクト: 「えぇ、じゃあ行きましょう」
二人はタクトの家に向かって歩き始めた。夜の静寂が彼らを包み、時折遠くで聞こえる車の音が、現実の世界にいることを思い出させる。エレナはしばらく無言で歩いていたが、時折タクトを見つめる視線に、何か迷いのようなものが感じられた。
タクト: 「エレナさん、大丈夫ですか?」
エレナ: 「ええ、大丈夫。ただ……本当に不思議な感じがしてね。全てが夢みたい。あまりに急な展開で、まだ頭がついていかないの」
タクト: 「分かりますよ。俺だって、突然異世界から来た人に会うなんて想像もしていなかったですし、色々混乱してます」
エレナは微笑みながら頷き、タクトの言葉に共感を示した。
エレナ: 「ありがとう、タクトさん。貴方がここにいてくれて本当に助かっているわ。もし一人だったら、きっとどうしていいか分からなかったと思う」
タクト: 「俺もエレナさんが来てくれて良かったです。なんだか不思議だけど、二人なら何とかなる気がします」
二人はしばらく歩き続け、ついにタクトの家が見えてきた。家の外観は落ち着いた雰囲気で、夜の中にぽつりと明かりが灯っている。
タクト: 「ここが俺の家です。狭いですけど、ゆっくり休んでください」
タクトは鍵を開け、エレナを家の中へと招き入れた。エレナは慎重に家の中を見回しながら、タクトの後に続いた。
エレナ: (ここに置いてあるのは、見たことがないものばかりね……)
エレナはタクトの部屋をじっくり見回した。机の上に並べられた本や、壁にかかっている時計、テーブルに置かれたリモコンなど、彼女には見慣れない形状や使い方のものばかりだ。
エレナ: (あの小さな箱は何かしら?魔道具にも見えないし……この光る箱も、不思議な仕組みで動いているみたい)
タクトは湯が沸くのを待ちながら、エレナが部屋の中を興味深そうに見ている様子に気づいた。
タクト: 「エレナさん、何か気になるものでもありますか?」
エレナ: 「ええ、全てが新鮮よ。これらは何か特別な道具なの?あの光る箱とか、小さな棒も気になるわ」
タクトはエレナの質問に笑みを浮かべた。彼女が異世界から来たことを改めて実感しながら、できる限り簡単に説明しようと思った。
タクト: 「あれはテレビって言って、映像を映し出す機械です。ニュースや映画なんかを見たりできるんですよ。そしてこの小さな棒はリモコンって言って、遠くからテレビを操作できるんです」
エレナ: 「なるほど……魔法のようね。でも、これらは本当に技術だけで動いているの?」
タクト: 「そうなんです。この世界では、魔法がない代わりにこういう技術が発達してるんです」
エレナはその言葉に驚きながらも、興味深そうにリモコンを手に取ってみた。ボタンを押してみると、テレビが突然光を放ち、音を立て始めた。
エレナ: 「わっ! 本当に映像が映ったわ!」
タクト: 「あ、押しちゃいましたね! まぁ、この時間帯だと面白い番組なんてやってないですけどね……」
エレナ: 「すごい……これが魔法のない世界の技術力……!」
タクト: 「それだけじゃないですよ! 折角だから、リアリスケープっていう機能を見せてあげますよ」
タクトはリモコンを操作し、画面に「リアリスケープモード」の文字が映し出された。すると、テレビの画面が徐々に拡大し、部屋全体が柔らかい光に包まれた。
タクト: 「この機能を使うと、映像の中に入って、その場所を実際に歩き回ることができるんです。まるでその世界にワープしたみたいに」
エレナ: 「そんなことが本当に……?」
タクト: 「ほら、試してみてください」
タクトが手を伸ばし、テレビの光の中にエレナの手を誘導すると、彼女の手がまるで別の世界に吸い込まれていくように感じた。エレナは驚きの声をあげながらも、一歩踏み出すと、目の前に広がる景色が一変した。
エレナ: 「これは……本物みたい!どこかの遺跡……?」
タクト: 「うん、これは世界遺産の一つ、古代ローマのコロッセオだよ。こうして、リアルな映像を元に再現された場所を自由に歩き回ることができるんです」
エレナ: 「すごい……まるで本当にその場所にいるかのような感覚だわ」
タクト: 「これが、未来の技術の一つなんですよ。魔法がなくても、僕たちの世界にはこんな風に夢のような体験ができる技術があるんです」
エレナは驚きと感動が入り混じった表情を見せながら、タクトの言葉に静かに頷いた。
タクト: 「じゃあ早速、探索するとしましょう」
エレナはゆっくりと足を踏み出し、目の前に広がるコロッセオの壮大な光景を見渡した。巨大な石造りのアーチが連なる円形闘技場の外壁が、空高くそびえ立っている。
エレナ: 「私の居た世界にちょっと似てるわね」
タクト: 「そうなんですか? どのように似ているんですか?」
エレナ: 「私の世界にも、似たような大きな闘技場があったの。ただ、もっと魔法的な装飾が施されていて、全体的には幻想的な雰囲気があったわ」
タクト: 「それは興味深いですね。魔法のある世界とない世界では、同じ建物でも全く違う印象になるんでしょうね」
エレナ: 「……私が居た世界か」
タクト: 「えっと、すいません。変な場所に連れてきてしまいましたね」
エレナ: 「ううん、いいのよ。ただ、なんだか不思議な気分になっただけ」
エレナ: 「そんな事よりも、この技術面白いわね。確かリアリスケープって言ったかしら?」
タクト: 「はい、みんなこの機能を使ってると思いますよ」
エレナ: 「使ってると思う?」
タクト: 「ええ、この機能は誰でも使えるようになっていますから」
エレナ: 「……そう、それは良かったわ」
二人は闘技場の中央へと歩みを進めた。広々とした砂地が広がり、観客席の階段が四方に伸びていた。かつて剣闘士たちが戦った場所は静寂に包まれ、今はただ歴史の残像が漂うのみ。
エレナ: 「ここで、人々が命を懸けて戦っていたのね……」
タクト: 「そうですね。昔はここで数え切れないほどの戦いがあったんです」
エレナは静かに頷き、その場に立ち尽くす。古代の空気を感じながら、彼女の心の中で何かが動いているようだった。
エレナ: 「タクトさん……あなたの世界にも、戦いの歴史があるのね。魔法がなくても、人々は同じように命を懸けて戦ってきた」
タクト: 「えぇ、そうですね。どの時代、どの場所でも、きっと同じなんだと思います」
エレナは目を閉じ、古代の闘技場に立つ自分を感じながら、しばらくの間、静かにその場に佇んでいた。
タクト: 「じゃあ、そろそろ戻りますか?」
エレナ: 「そうね、そろそろ戻りましょう」
彼らは再び元居た部屋に戻ってきた。
エレナ: 「楽しかったわ。ありがとう、タクトさん」
エレナ: 「機会があれば、今度はテレビの中ではなく、実際に行ってみたいわ」
タクト: 「………」
タクト: 「えっと、それは無理かもしれません」
エレナ: 「どうして?」
タクト: 「このコロッセオという場所は、実際には数十年前の大戦で消滅してしまったんです」
エレナ: 「えっ!? それは、どういうこと?」
タクト: 「俺もその頃に生きていた訳ではないので、詳しくは解らないですが……」
タクトは言葉を紡ぐ。
タクト: 「このコロッセオというのは、元々観光地だったんですけど、どうやら途中で方針転換が行われ、軍事拠点へと変わってしまったらしいんです。そして、戦争の際にこの場所で大規模な戦闘が行われた結果、この通り跡形もなく消滅してしまったと言われています」
エレナ: 「……そうなの」
タクト: 「……はい」
タクト: 「ただ、先程も前置きした通り、聞いた話です。だから真実は闇のままなんです」
エレナ: 「なるほど、歴史の中にはそんな悲しい出来事があったのね」
タクトはエレナの反応を見て、少し微笑んだ。
タクト: 「はい。歴史は複雑で、時に忘れられるべきものもあるかもしれませんが、こうしてリアリスケープで見ることができるのは、過去を知る手助けになると思います」
エレナ: 「確かに。こうして体験することで、歴史の重みを感じることができるわね」
エレナは目をこすりながら、少し疲れた様子を見せる。
エレナ: 「それにしても、ちょっと眠いわ」
タクトが時計を見ると時刻は23時を超えていた。
タクト: 「確かに日も更けてきたんで眠いですね」
エレナ: 「水浴びは出来るのかしら?」
タクト: 「水浴びですか?」
エレナ: 「えぇ、汗でベトベトしてるし、何より下着が気持ち悪いわ」
タクト: 「あぁ、そういうことでしたら、こちらにシャワールームがありますので。後、隣の洗濯機を使ってもらえば服も綺麗に出来ます」
タクトは部屋の奥にある扉を指差した。
エレナ: 「そう、それは助かるわ。じゃあこの世界の技術力とやらを堪能させてもらうわ」
エレナ: 「タクトさん、お先に失礼するわね」
タクト: 「はい、ごゆっくり」