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眠れないから書いてみる  作者: 梶野カメムシ
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6.葬儀と年越し



 12月31日、大みそか。

 朝、葬儀社の担当と進行役が待合室に現れた。一夜で生活感満載になった部屋を見られ、気恥ずかしい思いをする。睡眠は三時間ばかり。

 葬儀中の案内を受け、昼からの葬儀に備えて喪服に着替える。流石に母の手前、長袖のワイシャツに替えた。


 葬儀の30分前、住職が到着。お布施を手渡し(袱紗(ふくさ)を探すのも難儀した)、葬儀後の供養について軽く説明される。四十九日前にも、週刻みで供養を受けるプログラムがあるらしい。どこまで供養するのが一般的なのか。とりあえず保留しておく。


 この時、位牌も受け取った。

 戒名と院号については、家族でも意見がわかれた。戒名はともかく、院号は普通につけるものなのか、誰も知識がない。しかし院号をつければ値段は単純に倍になる。十万単位なので馬鹿にならない。結局、亡父とお揃いという理由で院号をもらうことに決まったが、とかく葬儀では生前に聞けばよかったと思う事例が多い。


 私のケースでは、遺影に使う写真を探すのに苦労した。母の残した写真は、明らかに若すぎるか、自分が撮った写真しかなく、弟嫁のコレクションまで頼る始末だった。あらかじめ用意しなかったことを後悔する。

 世知辛い話だが、葬儀の費用もそうだ。故人の遺志がなければ膨れ上がる傾向にある。遺族としては手厚くしたい反面、後を考えれば残しておきたいのが本音だ。今更故人に確かめるすべもなく、想像の母に問うしかない。相場を調べ、生前から相談の上、細かく決めておくのが一番だと思う。


 葬儀については特に語ることがない。何の変哲もない、よくある葬式風景だった。弔うのが母でも、もはや気持ち的な違いはなかった。

 最大二十人の参加を想定していたが、母方はいとこもほぼ全員参加し、席は満席だった。父方は親交のあった限られた人間だけ。叔母の参加は五人中一人だった。年末の忙しい時期とはいえ、妹弟との溝は深まりそうだ。


 友人の参列は兄弟ごと二名。私の数少ない高校時代の友人も来た。親族葬のつもりだったので、文芸部関係には報せていない。友人らもSNSのつぶやきを聞きつけて来ただけだ。弟の友人は遠方から来てくれた。皆、母にお世話になったという。元ヤンの方が義理堅いのかもしれない。


 初対面となるいとこの嫁が血を吐き、救急車を呼んだこと以外、式は滞りなく終わった。後にただの貧血で、朝食が赤いものだったと判明し胸を撫でおろす。母もさぞ驚いただろう。親族と気まずくならなければいいが。


 最後に、棺が霊柩車に運び込まれるのを見送った。行先は火葬場でなく霊安室だ。母の遺体はそこで年を越し、4日に火葬される。残った母方の親族ととりとめなく会話した折り、ふと映画の話題になった。


 母とゴジラを見る予定だったが、行きそびれた。

 そう言って笑いをとるつもりが、口に出せない。ここに来てまだ、胸に(つか)えるものがあることに驚いた。

 一人でもゴジラを見に行くべきか。果たして見に行けるのか。永遠に見ないかもしれない。いまだに決めかねている。


 

 年越しは妹と二人、実家で迎えた。

 実家の年越し蕎麦は身欠きニシンを乗せたもので、母の得意料理だった。私も大好物で、母亡きあと自分で作れるよう、今年は料理を手伝う約束だったが、寸前で母が逝ってしまい、ついに教わることは出来なかった。

 幸い、妹は母の手ほどきを受けており、作ってくれた蕎麦には、あのニシンが乗っていた。母の姿はないが、いつもの年末の風景がそこにはあった。


 改めて妹には感謝しておきたい。母と同居していた彼女と苦労を分かたなければ、おだやかに年末を過ごすなど、到底かなわなかっただろう。

 ペースメーカー以外でもう一つ、母の残した遺言は「兄妹仲良く」だったが、もしかすると妹も聞かされていたのかもしれない。


 冷蔵庫いっぱいの食材の整理も、妹なしでは考えられなかった。年越し前、冷蔵庫を掃除した折り、同じ野菜が大量に野菜室から発掘され、難儀したのだ。年老いた母は、野菜室の底をさらうことが出来ず、同じ野菜を買い足していたのだろう。底からは漬物化したゴボウも出て来た。腐ったゴボウを見たのは初めてだった。


 妹は春先には母と暮らしたこの家を引き払う予定でいる。独りでは広すぎるし、勤務先も遠いからだ。今は何かにつけ気軽に相談できるが、いずれそうはいかなくなる。母のいた空間も完全に消えてしまう。

 せめて妹の引越しまでには、ニシンの作り方を教えてもらおう。直接ではないが、これも大切な約束、母の形見だ。

  


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