第1章46話【繭心融解】-深く、深く-
ーートクン。
コア深く寝かせられた少女の繭は上層にも突き出し、ヘクタ達の元へも辿り着く。上殻は、地表近くに露出し、答えを静かに待つ様に最低限のアピールしか発していない。人体を優に超えるスケールを持つ繭は、白いキャンパスに薄らと光を、黄色をチラつかせるような存在感を放っている。
ーートクン。
右手をそっと伸ばして触れる。指と指との幅を見るように細かく動かすと、得られた感触があった。ざらっとした表面に細かな気泡が癒着しているようで、不規則な凹凸が目立つ。
これと言って意味の無い触れ合いとも思えた。感傷を得たとでも言うのだろうか。
ーートクン。
この先にあるのは、ステラの核。ただそれだけの為に割く労力は、一体誰が労ってくれようか。
都市を守護する事と破壊する事は異なるようで、アーテルを持つモノにとっては等しい。戦術、戦略は変わるであろうが、結局やる事は変わらない。如何にアーテルを操る術師を殺すか。それが肝となるからだ。現代兵器と呼ばれた過去兵器は、歴史の教科書に名を残すばかりで、現在では使い物にならない事の方が多い。
今求められるは物量戦では無く、質量戦だからだ。
では何故イミヤ達は苦境に立たされているのか?
力の使い方を理解せずに、アーテルを行使するからか?ーーそれは違う。アーテルによって環境が破壊される事を良しとしないからである。
彼女達はワーマナトップクラスのアーテル遣いに相違ない。国を、世界を変革し得る力が備わっている筈。であるなら、一都市を壊滅させるなんて事は本来であれば、造作も無い事なのだ。
それをしないと言う事は、それだけ守りたいモノも多く………。
ーーそして弱くもあった。
ーートクン。
とは言え、だ。『ステラ』の制御を奪還し、サタブラッドの行進を妨げる必要は未だ顕在である。
アレカサンドゥリアと言う国を残し、永らく統治を維持しろとまでは言わないが、暫くは最低限緩衝材の役割を果たして貰わなければならない。役割を果たすのであれば誰でも構わないが、ミスリア率いるプリェーニェには期待しなければならない。
でなければ、今後この大陸での活動は、民間人に取っても、ワーマナに取っても困難となる。
そして、イミヤ達と共にワーマナに帰還する為にも。
ーートクン。
だからこそ再び潜ろう。いや、潜らなければならない。物理的な接触は恐らく既に機能していないと考えた方が良い。永らく眠っていた本体が突如として運動を始める事は不可能に近いだろう。実の所、システムに組み込む上で不必要な声帯が存在しているかも怪しいところである。
であるならば、再び顔を向かい合わせ会話するには、電脳空間。システムである『ステラ』に直接潜り込むしかない。
イミヤ達の為にも。そして、ーーそう。ステラの為にも……。
…ーい。ねぇ、おーい。ちょっと。あ、やっとこっち向いた。そろそろイミヤちゃんの援護に向かってもいい?そのよく分かんない『ステラ』は置いといて。」
「そんなに叫ばなくても聞こえてるよ。想定以上に繭が厚い。その対処を駆け巡らせていただけだ。」
「だったら…」
ヴァルエの言葉を待たずして、ヘクタは彼女の発言を上から抑えるように口を開いた。
恐らく彼女は今すぐにでもイミヤの元へ向かいたいのだろう。信頼しているいないなどでは無く、只々心配なのだ。言うなれば子を思う親のように。
「少し手を貸してくれ。今からこの繭を解く。ーー解くと言っても恐らく私だけの力では足りない。だから、ヴァルエ。君にも手伝ってもらう。」
蒼いバンダナを付けた左手を挙げて頭を掻きながら、熟考するかのように、瞳を閉じた。
「……うーん。悪いんだけど、多分私ができるとこってないと思うんだけど。だって機械メインでしょ?しょーじきぃよく分かってないし〜。あったとしても、機械を持ち上げる…とか?しかないんじゃないかな。」
「大丈夫だ。借りるのはその莫大なアーテルだけだ。」
「尚更無理じゃない?私調節するの苦手なんだけど。あとー、さっき思いっきり使っちゃったから、今そんなに力入んないし。」
ーーアーテルの核心に触れた訳ではない…のか?
だったらその前段階のーー覚醒。ティフ博士の予想よりも遥かに増幅効果が高い様にも思える。どちらにせよ、その力を借りる事に変更はない訳だが…。
「心配ない。効率の良い導線は私が通す。ただ静かにアーテルを促すだけで構わない。」
「私が言いたいのは、ここでアーテルをいっぱい使ってこの後どーすんのって話。誰も戦えません。はいおしまい〜は嫌でしょ?」
「…………。ヴァルエは今、興奮状態だ。」
「準覚醒??」
「あぁ、そうだ。アーテルは目算、今までの2倍、いや、それ以上に増幅している。落ち着こうにもアーテルの回復量が上回って力の扱いも適応しきれてないだろう?だからこそ最短ルートとは言え、アーテル伝導性の低い地を削ってまでここに赴いた。」
「ふーん。分かるんだ。…まぁ、そりゃーね?無茶したのは分かってるんだけどそうも言ってらんない。でしょ?」
ヴァルエが理解しているモノは時間であり、それは焦りに変換されている。
鋭い目線。落ち着かせる事を知らないもっさりとしならせ振る狐尾。クロスに組んだ腕に、人差し指をトントンと一定の間隔で鳴らす。自分の考えを整理する様に言葉を並べ賛同を求めた。
どうやら時間の浪費に問題がある事は理解しているようだった。
「あぁ。時間が圧倒的に不足している。対処を準備しようにも、一時的な解決策でしかない。」
「だから目の前の繭を割るって事でしょ?分かった分かった。やればいいんでしょ?その代わり直ぐに終わらせてよね〜?」
繭の前へ徐ろに向き合った彼女。既に何かを察した様に立ち振る舞うその姿は、戦場での頼もしさを彷彿とさせる。
そして、此方に勢い良く振り返り、一言。
「で、何すればいいの?」
「……。何故指示する前に動いたんだ?」
「導線は作ってくれるんでしょ?だったら上手いこと操作してよね。」
「分かったよ。なら先に手を動かして行動に移すとするよ。」
頷きは無かった。
ヘクタは一歩前へ。再び繭に触れ、意識する。
忘れられた一人の少女。ステラの旅路を。細い糸を伝う様に繊細に、慎重に。
ガラス細工を扱う様な不思議な心地は、時に焦燥をも齎すこともある。ただ、そんな雑音混じりの夢の流し方は、心得ていた。
どれ程の心地良い夢であろうとそれは現実には起きえないのだから。どれだけ願おうと現実になりはしないのだから。嘆願するのでは無い。行動に移さなければ何の価値も無い。それを学んだから。
伝う。伝う。ーーもっと先へ。
滞留。強風で前に進めなくなるに近しい感覚が、その糸を通してヘクタを襲う。砂塵を払い除け、先の見えない地を踏み締め、さぁ、もう一歩とようやく踏み出す。
ーーその一歩が重い。
泥の様に絡まって、足の行先を阻害する。
ーーふわっ。
軽い。対流となり、追い風となり、身を優しく包む様な加護を、今この身に感じた。
現在を生きるヘクタにとって、期待しなかった事。期待していなかった光景。期待する訳ない憧憬。
それをこの身体に感じたのだ。
ふと、視野を外に向ける。
瞳を閉じ、同じ様に繭に触れる彼女、ヴァルエが隣にいた。
いつの間にか回されていた左腕。
ヒトの形をした、それが肩に乗っていて、確かに質量を感じたのだ。
ーー温かい。
……………違う。今やるべきはステラの奪取だ。
遅れて到達するその感性に少し戸惑いながらも、目の前の繭に集中し直した。
途切れていた時間は、僅か数瞬。それでも、押し返されない自信があった。
→→→
ーー夢を見た。
遥か遠く遠くの夢を。今となっては幻想か現実かも区別の付かない心地良い夢。
どうしようも無い程のおどろおどろしい恐怖を内包した私の全てを肯定して、包み込んでくれる。そんな心地良い夢。
いつもそうだった。夢見心地だった。彼に出会えたこともボヤっと霧で視界が曇った時のようで、余りよく思い出せない。
ただ、心地良かった事だけは、身体に刻まれている。それだけは分かる。
そして、彼との旅路も、結末も余り良いモノとは言えないとは思うけれど、ーーそれでも私は幸せだったから。
今もこの夢心地から必死に足掻いて足掻いて、溺れて、滑落しても、登って。登った先に幸せな未来があると願って。
だから、私は祈り願い、そしてーーーー登攀する。
私が彼に託されて、私ができる最後の事だから。
私達の残滓は……私が見守って、扶助するわ。ーー永遠に。
だから……ね?こんな我儘な私を許してね。ソラ。
初回投稿から2年が過ぎたみたいで、早いねぇ。そしてまだ1章途中ってね。2章の大体のプロットは決まってるのに、投稿スピードが遅すぎて次に進めない…。はは。心地良い死に様だけ書いていたいよ。
そいや、どんどん登場していないキャラの名前が増えていくね。次章出てくるキャラも入れば、暫く出てくるか分からん(未定)のキャラもいるし…。読者目線めちゃくちゃでは?ま、大丈夫か。




