第1章45話【知悔守備】-衝動的な解決-
既にどれだけの時間が過ぎたのでしょうか。
術と火薬の眩い光が交差する中、彼女はそう疑問を呈した。
既に疲労困憊である脚に無理を言わせ、はや数時間。アーテルはセーブしながら操る事は容易いが、体力は思う様にはいかない。激しく肺を上下に揺らしながら身を奮い立たせ、何とか耐え忍んでいた。
当初の目的であった飛行場に無事辿り着いたは良いものの、その地は戦火に見舞われ、大惨事となっていた。簡潔に言えば恐らくサタブラッドの襲撃である。ヘリボーンで見えるそれら、軽装機械や母艦の特徴は何れも中立国シンボルの偵察・空輸専用量産型ではなく、完全軍事用途の人を殺め、武装を解除する為のそれだ。母艦は端末運輸としての機能だけでは無い。その名の通り、生産、補給、修復、その他の役割を担う構造をしている。明らかに軍事用途に開発された特別製だ。軽装機械は破損前提の耐久性を捨てた自爆型。素材も極限まで軽くした綿製プラスチックだ。最近の機械は、一つ一つの質よりも量を優先する傾向がある。如何ほど強固に作ろうがアーテルの前では無力に等しい。であるならと持たせる目的を変えた。
必殺では無い。そう、必ず殺す兵器では無い。苦労だ。それが今、イミヤ達を苦しめている原因でもある、量による精神的・肉体的疲労だった。
そして今も尚、対処に追われ続けている。
言うなればイミヤ達は、じゃんけんの手札を常に先出しなければならない状況が続いているのだ。当然後出しの方が強いに決まってるし、敵は主導権が入れ替わる様なヘマはしないだろう。
どうしてもっと頭を働かせられなかったのか。どうしてもっと物事を読み取れなかったのか。どうして…どうして。そんな自傷とも取れる自問自答を繰り返し、負のループに囚われ続けた。
ーー後悔が絶えない。
そもそもイミヤ自身がリーダーであると言う自覚は、未だ雲の上にある様な浮遊感に襲われる事の方が多い。それはまるで夢の様で…。
ーー後悔が絶えない。
もっと上手くやれた筈だ。ヘクタならきっと私よりも上手く立ち回っていた。限られた情報の中でも可能性を捨てきらず、生み出しては虱潰しに行動した。
ーー後悔が絶えない。
私の指示を待っている部下もいる。信頼してくれる仲間がいる。その期待に応えなければ、イミヤはリーダーとして、何をしてあげられるのだろうか。彼女達は私なんて居なくとも自力で解決し続けた。
ーー後悔が絶えない。
私達がこのアレカサンドゥリアに向かった道だけでは無かった。彼らは同時に進行していたのだ。言わば時間差攻撃。
私が想定しておくべきでした。ヘクタは一箇所の、南南西からの進行を事前に知らせて下さっていたのに。
我々がこのアレカサンドゥリアに辿り着いた道中からの進行を事前にヘクタが伝えて下さっていた。 しかし、それだけでは無かったのだ。そのヘクタの予測に気を取られ、私達は、真逆の方向から差金。先鋒隊との強襲に遭ってしまっていた。
対処に時間が掛かれば掛かる程、挟撃に遭う確率が高まる。体力が残り少ない私達にとって何とか避けたい部分であった。
要するに挟み撃ちに対処する為の手間が生まれたのだ。来ると予測された南側からの進軍と新たに認識した北側の武力対処により、イミヤ達は体力とアーテルを大幅に消耗させられている。
更に、ワーマナ帰艦中に強撃されない事を念頭に進めるは以ての外だ。その為にもある程度のアーテルはセーブしてなければならない。
どちらにせよ、手詰まりである事は間違いは無い。時間が経つに連れ、選択肢が削られる事は百も承知だ。しかも、問題はそれだけではなかった。
明らかにインディゴさんの様子が辿々しい。いや、様子というよりも、調子が悪いと表現した方が正しいだろう。
緊張による冷や汗が額を伝って行く様が手に取るようにわかる。それが何によって起因されているかは分からない。だが、何によって齎されているかは明らかだ。
戦闘状態が始まってから既に1ヶ月近く。どれ程アーテルに卓越しようが、精神は常に磨耗する。これは意思を持つものには逃れられない宿命。
それに加えて、彼女は元から体力に恵まれた方では無い。それは彼女も自覚しているし、だからこそ後衛でサポートに徹している。勿論、多少は前衛に心得はあるだろうが、不得手は改善される事はあっても、得手になる事はない。勿論、確実に無いとは言い切れない訳だが、誰であろうと比較的そうであろう。
さて、話は戻るがイミヤ達は現在守備戦を繰り広げている。敵対勢力の排除を目的とする殲滅戦ではなく、守備戦。
その理由は……。
チチチ、、、パァン。
乾いた塊が鼓膜を震わせる。破片に擦れたファンに、外装を剥がされ、動力に誘爆した機体が、壁や地に散る。
ーー空が鳴る。
擦れる。割れる。砕ける。合わさる。裂かれる。
全ての音が合唱し、甲高い振動が耳鳴りに起因する。
それが齎されるは……。黒い、黒いアーテル。
持ち主はーーこの世でただ1人。
手を合わせ、眉を閉じ、願い続ける。そして、暗くも薄ら蒼い瞳を開き、顔を上げ、敵を見据えた。
束ねられた輝く糸が、赤く眩い暗き空に靡き、光を反射する。
逃すことは許さない。それが私のアーテル。
火花が散る。
空を喰らわんとするそのアーテルは、飲み込んだ物を還さない。
イミヤは、残る民間の運送機に近づく敵を一掃する。私達はワーマナに、戻るべき場所に帰らなくてはならないから。
だが、ただ一掃するのみだ。解決には程遠い。奴らは、無制限に増殖し続ける。……確かに限界はあるだろう。材料が無くなるまで、物量戦に耐えて、耐えて、耐え忍べば終わりはある。終わりはある…が。そんな暇は私達はない。
今私達を妨害するに十分な量。その生産場所。母艦を見つける必要がある。ーーそれも、この撤退用の運送機を守りながら。
何か方法は無いか。私達の体力が尽きる前に、母艦を見つける方法。見つけさえすれば私のアーテルで排除できるのに。
その時、脳を刺激する声がした。張り詰め、強張った声色。しかしながら、何処か落ち着きを感じららる音色。
「リーダー!現右斜13.8°、距離6.2137mileッ!」
この声は……、今も尚、冷たい金属質の壁に横たわるインディゴさんのモノ。
彼女は洋弓にアーテルを乗せて、放つだけではない。狙った獲物は見逃さず、永遠とも言える追従性能が敵を苦しめるのだ。
そして、彼女の強さは、狙いの正確性であった。精密な射撃で、敵を逃さない。であれば、どの様にして敵を瞳に捉えているのだろうか。
「ッツ!インディゴさん!今アーテルを使われては……、」
「そんな事はいい。やって。」
「ーー分かりました。13.8°約6mile………………。」
右手を前に広げ、構える。その格好が一番慣れ親しんでいるから。
左手を二の腕に添えて…。胸を前に押し出し、足を開け、息を吸う。
探せ、探せ、探せ。今も皆さんが命を仲間に預けて戦ってくださっている。
私達の脅威を、アーテルへの敵意を、殺意を、今……。感じて……。
白い息を吐き、一泊。
ーー気持ち悪い。
歪む頬を拭い捨て、嘔吐感と疲労感が一緒くたになったぐちゃぐちゃな体調でも見える世界は等しくて……。
「ーー見つけた。そこですね。」
貯めていたアーテルを下に向かって押し潰す様に、思いっきり手を振り下げた。
……何が起きたのか、目視する事は叶わない。
しかし、この胸の内の気怠さが、少し晴れた事によって焦りが薄れて行く。
恐らく成功だ。複数の母艦及び周辺機の殲滅を完了した。
奴等は密集していた事により、殆どの襲撃に対処し得る防御陣形が築かれていた。本来であれば、その効果を遺憾無く発揮し、より強固な物となっていた筈だ。群は個に対して選択肢を削り、絶望を与え、術を許さず蹴散らせる事が可能だからだ。
しかし、イミヤ達からすれば、一部に纏まっていた方が殲滅は容易い。何故ならアーテルを防ぐ術をただの鉄塊が持ち得ている筈無いのだから。
「リーダー。お疲れ様。申し訳無いけど後も宜しく。」
「えぇ、任せて下さい。私は、みn……」
いつもそうだ。束の間の安心や不安を突かれ、見事に虚に落とされる。
偶然であろう。偶々イミヤがアーテルを放ったタイミングで、手段の選択をしたに違いない。
私は私が許せない。
ーー閃光。
眩い光が脳いっぱいに埋め尽くす。白で塗り固められて……描いていた考えも、思いも、全て汚される。
頭が痛い。身体が揺れる。思わず手のひらで頭を抑えてしまう程に。支えを失い、膝でしか吸収できない空気の重みを感じながらイミヤは必死に考える。敵の目的が何だったのかを。
思考を巡らせ、徐々に視野を広げ、息を吸う。一帯を包むように広がる炎はイミヤの体温を邪魔した。
クレーター。一部地域を集中的に狙った遠距離攻撃は、見事に滑走路を焼いた。
古くから伝わるミサイル。その火薬を用いた技術は、もう人を殺せずとも風景を汚す事はできる。しかし、過去最強と言わしめた正確な位置に落とすと言う誘導は既に不可能に近い。位置データをやり取りする中継機である衛星は存在していないため、誘導しようが無いし、現在地ですら分かり様が無いのだ。
今やミサイルは迫撃砲よりも使い勝手が悪い。迫撃砲よりも優れているのはその威力ぐらいであろう。
そう、迫撃砲よりも。
そして、それらはイミヤ達を傷付ける事は決して無い。彼女等に唯一肉体的ダメージを与えられるのはアーテルに他ならないからだ。ならば何故ミサイルと言う古典的な兵器を用いられたのか…。
砕かれた翼は、あらぬ方向へ曲げ、堕ちた。
抉れた頭は形成しておらず、既に元の形が何だったか分からない。
それは、唯一残された運送機の最後だった。
わー脱出手段がアレカサンドゥリアに入る前に元通り!なんてこったい。横断の許可取りは必要なくなったけどね




