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第1章38話【迂愚登攀】-届かない輝術-Ⅳ


 左右からの氷刃壁。

 後ろに大きく飛んで回避も出来た筈だろう。しかし、利き足を使えなかった事によるワンテンポの遅れが、事態を更に悪化させた。

 差し迫る正面の緑光。


 咄嗟の判断。これが狐族にとっての偶発的な反射なのであろうか。

 ーーアーテルを押し込み、地に窪みを開けるとは……。



「あ"ぁ。ふっふぅ。ーーやって見るもんだね。何ができるか分かんないんだし。」



 上でも無く、正面でも無い。囲い込まれ逃げ場の無い状況で、手段を一つ増やした。()、地を開いたのだ。

 彼女の左腕は、未だ所々、紅い炎に包まれ、彼女自身大きなアーテルの余韻を感じさせた。人を傷付けるだけではない、それ以外の方法で、対抗する術も持っているのだと…。



「あり得ない。あり得ないわ。地をアーテルで無理矢理こじ開けるなんて…。物質の焼失なんてやろうと思って出来ることじゃ無いでしょうに。貴女どうかしてるんじゃないの?」



 焼き爛れた左手。その地には、今も紅く染まる岩がある。灼け溶けた地は、悠久の時を得ずとも変質した。それは彼女が身を以て果たした彼女(ヴァルエ)のアーテルの進歩であり、ーー危険そのモノでもあった。



「ーー自然の摂理すら捻じ曲げるアーテル。あの青色は単純な色調じゃ無いのね。アーテルの侵食に寄って引き起こされた人為的なモノ。単純に貴女自身の力による影響だって言うの??」



 サッとその炎を振り払うと音を立てる事無く鎮火する。アーテルの完全な掌握。彼女自身の才能であると、証明している様に。



「それがどうしたって言うの?アーテルの使い方なんて、できるできない(なん)かじゃない。するしないの話でしょ?……それに実際効果あったみたいだしね?」



 瞳で捉える。ストベニーツァの姿は、ヴァルエには可愛らしくも見えてしまった。


 呼吸とともに漏れる心拍音。滴る透した液体。濁りは無く、光が通る。粉塵で汚れきった服は散り散りに。紫髪は崩れ、頬には暗く蒼い(すす)。手を膝に乗せ、身体を上下する。ーー彼女、ストベニーツァから溢れるアーテルの本流は、色鮮やかだった緑色が欠け、静色を取り戻しつつあった。



「………。」


「何にも言えない訳?じゃーあ、仕方ないね。」


「……お前に何が分かる?ーー持ち得た者が、持ち得たモノを悠然と利用して。えぇ。わからないでしょうね。理解できないでしょう。ねぇ?貴女には()()()()が少しでも残っといるとでも本気で信じてるのかしら?」


「…人。私が人間じゃないって?」


「だってそうでしょ?貴女のアーテルは、既に人の域を超えているわ。正真正銘の化け物よ。」



 斜め下。唯、焼き爛れた地と緑色の粒子が散る光景。目を細め、眺めつつ言葉を発する。


『…()()()みたいにね。』


 その声は細く、ヴァルエには届かない。届けない。彼女にとっての最大限の嫌がらせ。



「否定してみなさいよ。この私を否定して、そして貴女は答えを得るの。『私は化け物です。』って言いうオメでたい証明を、ね。そうでしょ?」


「ははっ。ハハハッ。私が化け物?だったら君も同じだね。私とこーやってやりあえて生きているんだよ?誇ってもらっても構わないわ。」



 ヴァルエは高らかに(わら)う。

 人に拒絶された過去。彼女は、今にも偶に夢に出る。忘れもしない。深く深く心の奥底に留まり続ける。普通な生活。笑顔で過ごす恒久的な生活は、夢のまた夢の話。理想は打ち砕かれるものであり、現実はそう甘くない。期待するだけ無駄だ。ーーそう無駄だ。


「ーーーーーーーーーーーー嫌だ。」


 それも束の間、とある少女に拾われた。いや、出逢った。名は、ーーイミヤ。そう少女はそう名乗った。

 イミヤちゃんと出会ってからは日常が全て鮮明で華やかだった。勿論辛い時もあったし、乗り越えないとイケナイ壁も沢山あった。それでも、それでも、今がある。今も尚、その道を照らし続けてくれる。

 だから、だから、この声を再び聞くことは運命であり、()()……………。



「ヴァルエさんっ!!」






↑↑↑







 瞳孔が緊迫した彼女は、ヒヤリと額から汗が滴り……頬から落ちる。

 思わず地に膝を付け、伏せた。



「大丈夫。リーダー。落ち着いて。ゆっくり深呼吸。」



 その言葉に釣られてイミヤは大きく息を吸込み、「ごほっごほ。」咽せた。大気の熱量が、空気の水分を焼いている。ヴァルエさんが制限無く力を発揮している証拠だ。彼女の本領であり彼女自身の古くからの戦い方だった。最も得意とする戦闘。最も得意とするシチュエーション。


 その熱気に当てられて思考と気が混じり、イミヤは平静を装う事が出来る。

 これは現実に起きている事であり、今も尚、思惑が飛び交っている。その事実を改めて認識すると、更にイミヤの心の揺らぎは滑らかな物へと変化して行った。

 背中を摩られ、顔を再び上げる。



「ううっ。少し苦いです、……有難う御座います。インディゴさんのお陰で冷静になれました。」



 静かに立ち上がると、目を伏せ礼を尽くす。それが最低限の礼儀であるとイミヤはその時感じたからだ。

 それにインディゴは微笑むと、一言。



「ん、それなら良かった。」


「ええ。ーー何が正解かは分かりませんが、これから、私達が何をすべきなのか。行動で示す必要がありますね。厳しい道にはなると思います。でもやっぱり、最後は笑っていたいんです。それに……。」



 視線を今も奮闘するヴァルエの横顔を眺めると、



「ヴァルエさんも居ます。彼女なら何かを成し遂げてくれるんじゃ無いかって期待を持てます。全面的に信頼して、背中を預ける事もできます。心の底から信じることができるんです。」



 彼女は逃げる事はしなかった。真正面で受け止めて、全ては私のものだと私しかいないのだと抱え込んだ。

 しかし、人はやはり人だ。ある時、抱え込める量に限界が来た。それでも頑張って受け止めようとした。けれどイミヤにはまだ大きすぎたのだ。

 それをどこへやればいいのかという感情を無理やり押さえ込もうとした。けれど無理だった。私は彼にはなれなかった。あの眩しい背中を追い続けることしかできなかった。

 いつしか彼がいなくなり、増えに増えた思いが溢れ、決壊した。

 イミヤは困惑した。突然どうすれば良いのか分からなくなった。考えることができなかった。

 そんな時だ。不覊奔放(ふきほんぽう)なヴァルエさんが励ましてくれた。


 昔のままは嫌だとイミヤは思う。このままではいけないと。このまま甘えていてはならないと。

 これからがあるなら強く生きようと、もし限界が来てもその限界さえ無かったことにしてしまえばいい。それすら無理なら、誰かに頼ればいい。私は一人ではないのだから。


 胸中に手を包み込み、祈る様に瞼を閉じる。感じ取れるのは、感覚、そしてーーーアーテル。



「ーーだから、まず、我々はサタブラッドの脅威から離脱する為に、移動手段の確保をしなければなりません。その為にも、この場はヴァルエさんに任せて、私とインディゴさんは、まず発着場に向かいましょう。」



 ふぅと一息。そして、歩みを今、一歩進めた。また一歩、また一歩と道は続いて行く。手と手を包み込み、胸中へ。そして、、

 


「ヴァルエさんっ!!」


「〜〜っ!!!いいよ。イミヤちゃん。……イミヤちゃんは好きに動いてっ。私は私でなんとかするっ!!」


「ありがとうございます。ヴァルエさん、飽くまで私たちの目的はこの地からの離脱です。殲滅ではありません!」



 わかってると言わんばかりに、親指を立てて颯爽と舞う彼女。ーーその姿を引き留める者が一人。



「……ヴァルエ!」



 この声は…可愛らしい少女の様に見えて抜け目の無い彼女。尖った黒い耳が特徴的で、朱色の瞳の持ち主ーー。



「大丈夫だよ!ミスリー。私に任せてっ!ーーそれと、私の事は『ルエ』って呼んでもいいよっ!!」


「ーールエっ!ありがとう。私には私の出来る事。最大限サポートするから。だからーー、」



 そう言うと、パァッと光り輝く一滴の朱雫が、ヴァルエに目の前に滴り……、彼女はその手で優しく包み込んだ。

 すると、手の平から腕の肌を伝い、全身へと巡り巡る。秘められた力はヴァルエの全てを肯定する。

 ミスリアは直接手を下すことはない。それは直接的な意味合いであり……



「今持てる私の最大限を受け取って…。」


「ーーありがとっ!!」



 野に解き放たれた獣の様に、振る舞う彼女は、何処か楽しげで……。






→→→






 ある人に呼ばれた。その名を呼ばれた。必要としてくれた。だから、嬉しくて、嬉しくて……。



「イミヤちゃんに任されちゃったんだし、誰も此処を通す訳には行かなくなっちゃったね〜。さぁって、とっ。私に灼かれたい奴はとっとと出てきなぁっ!ぜーんぶ、無かったことにしてあげる。」



 高らかにそう宣言する。心配する事は何も無い。今はこうやって必要としてくれる大切な大切な家族がいるんだから。

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