第1章36話【術糸結晶】-意志持たざる子-Ⅱ
唖然とした観客。誰一人声を上げようとしない。既に彼女の物語は始まっているのだ。時を忘れ、息を呑む隙すら発生し得ない。
開演を待ち望むかのように。はたまた、怨念を飛ばす者がいるように。
「だから、私はお前らが嫌いなんだ。余計な事ばっかり。繊細な純情を弄ぶクソ野郎供には、お似合いなカッコにしてあげる。」
ヴァルエはそう、高らかに宣言した。その言葉に嘘偽りなく、真の本音であろう。
しかし、そんな言葉を耳に入れず、驚愕と畏怖に溺れる人間も存在する。それは…、
「世に二つと無いアーテル吸収腕だぞ??それを軽々と。……まさか、忌み兒か!」
「っ!プレスト、アレは……。チィッ!」
殆ど直感、ストベニーツァは、その何かを抑えるために柵を踏み、蹴り上げ……。
蒼が弾ける。
周囲の木造客席は吹き飛ばされ、破片が宙を舞う。
久しぶりのひりつく空気。彼女は感嘆した。これ程までに濁流するアーテルは初めてであると。
ーー息を吐く間は用意されなかった。
確実にストベニーツァの首筋を狙って放たれた次弾は壁諸共を吹き飛ばし、空が食う。
綺麗に軌道を外れたと目で追う者は……。
すかさずにストベニーツァは緑碧を下から上へ持ち上げると……、刹那、ピシリ。中央から砕け、真っ二つに破裂。
「!?うそっーーぐぅぅうううッッ!出鱈目がすぎるんじゃないのっ?」
出力が上がったそれは見事に彼女、ストベニーツァの脇腹を抉った……かのように見えた。
両腕を持ってして負担を抑えたストベニーツァは思わず舌打ちする。
それでもーーヴァルエの追撃は止む事は無い。それが答えだと言わんばかりに、彼女は片手、突き出すことなく蒼く染まった焔を正面に解き放つ。
バァファッっ!
空を切り、ストベニーツァの胸中を抉り焼かんと言わんばかりのそれは、延焼。
胸をのけぞらせ、緑碧で促す様にカバーしたストベニーツァは、体勢を崩されたまま、対応を迫られる。
以前のヴァルエであったなら今の攻撃で打ち切られていた。しかし、今の彼女のアーテル。放たれ逸れた蒼い焔は、
ーーー拡散する。
飛び散った破片は、色褪せることなく、ーー舞い、一つ一つに意思が込められている様で……。
「ーーッ!!ーー危ない。危ない。ふぅ…。まったく、これで死んじゃったらどうするのぉ?あぁ、もしかしたらもう既にそこら辺の凡民を殺しちゃってるかもね?」
明らかに不可思議な火力。アーテルによる重ね掛けではこれ程の威力にはならない。じゃあ何か細工をしているって言うの?
「ふぅっ。ふっ。ーーコイツらもプレストと同じ罪人でしょ?だったら関係無い。今は邪魔するお前を狩るだけ。……だから、大人しく死んでっ!!」
巻き上がる粉塵の中…微かに映る影。煙たいのか、手で振り払いながら前に進みーーーー叫んだ。
→→→
ヴァルエは地を蹴り、空を舞う。ストベニーツァにそのまま突進したかと思えば………。!?!?ふっ。
ーー爆音。
地面スレスレまで、胴体を伏せ、それを回避した。
ヴァルエは逼迫した環境で限界まで思考する。
何かが発射された?緑土刃?何かが風を切った事を背筋で理解する。
しかし、ヴァルエは、唯やられただけでは終わらない。終わらせない。すぐさま身体を捻り、左手を地に食い込ませ、起点を作ると、
ーーそれは凄まじい速さの蹴りとなる。
「……!二度も同じ手に引っかかると思う?」
目の前で迸る閃光。何が起きたか、一瞬で判断するに欠けた。真っ先に訪れるのは……。
激痛が身体中に駆ける。もはや冷たいとまで感じる程の痛みは、ヴァルエの脳を蝕む。
何が起きたか彼女は、理解しない。ただ、一心に感じる。
一瞬の判断。溢れる刺激が瞬時に脳を迸る。
ストベニーツァが生み出した緑碧は、彼女ヴァルエの右脚を、大腿部を貫いていた。
「ぐがぁっっぁあああっ!!!!」
ヴァルエは苦痛に苛まれ、喘ぐ。舞う鮮血。撒き散らかした体液は、気持ち悪い程に地に張り付く。歯を食いしばり、口元からは血が滲んだ。
好きじゃない味であり、何故か気分が高揚する味。
それを感じながらヴァルエは、ーー刹那、右手を伸ばし、ストベニーツァの首筋を掴もうと………。
握った。
それは、細く、今にも折れそうで……。眩い輝き。
ーー蒼い閃光。
ざしゃっ!!ジュャッ--
ヴァルエから放出したアーテルはーー、
ストベニーツァの右腕を蒼い華が咲く様に、派手に撒き散らしていた。
声ならぬ悲鳴。揺れる瞳孔。歪んだ頬。
息が絶えない。息ができない。喉が苦しい。
圧倒的なアーテルによる暴力。技も伝統もあったもんじゃない。
しかし、今の彼女はそれだけで良かった。事足りた。
→→→
何かがおかしい。それはヴァルエさんとストベニーツァさんとの戦いの最中、イミヤは確かに感じ取った事である。
相対した時から感じていた喉奥の気持ち悪さ。咄嗟に口元を抑える。
空気の澱み、確かに感じながら…イミヤはその輝きから黒く揺らいだ瞳を離さない。
「彼女…、ストベニーツァさんのアーテルは、……彼女のモノなんでしょうか?」
「…異物。奴、ストベニーツァのアーテルは、異質さが。ヴァルエ姐のアーテルは異常。」
イミヤの疑問にシンプルに纏めたインディゴは、此方に視線を向けることなく、彼女達の殴り合いに魅入られる。
その応えに「ええ。」と賛同すると、イミヤも視線を其方へと戻し…。
依然として繰り広げられる巨流なアーテルの衝突は、大気を震わせる程の激しいモノだった。
「ストベニーツァさんのアーテルのカタチは、何か混じっている気がするんです。彼女のアーテルは、あってはならないんだと。そう、感じるんです。あれをどうにかして止めなければならない。…止めないと……。」
けれど、足が、震えて震えて、思うように動かない。竦んでいたのだ。動いてと願っても叶わず、思わず顔を歪め、足を手で必死に押さえた。
そう、現状イミヤ達にはその力が無い。と言い切るしか無かった。唯黙って眺めるだけの傍観者であってはならないのに。
時は進む。今も尚、世界は進み続けており、様々な思惑が交差する。その思惑が、やがて、一つの形となって、彼女達の目の前に立ちはだかるのだ。
ブブッっブブッっ
首元の振動。マナーモードにしていた筈の端末は、勝手ながらに起動する。
普段なら起こらない出来事。本来なら故障品として扱うであろう事。しかし、事態は最悪の方向へ指し示される。
-GHM EMBASSY-
-SIGNAL LOST-
GHM大使館の連絡回路の遮断。一瞬の事。理解に及ばなかった。だって、あのGHMの大使館なのだ。その大使館が無くなれば、当然、敵対行為として見なされる。
それと、もう一通の揺らいだ画像。
恐らくヘクタが用意していたであろうビーコンからの通信だ。以前も一度この様な事があった。
ミスリアとの出会いの場所。映し出された光景は、想像を絶した。
黒い羽蟻のように空を舞う軍用ドローン。付き添う形で進む推進ヘリ。
ーー援軍。それは、GHMなどでは無く。未確認機。恐らく、『サタブラッド』の物であった。
-TIME LIMIT 01:27:28:10-




