第1章35話【覚醒月鼈】-目覚め、時を跨いで-Ⅰ
「では、我々をどうしようと言うのだね?暴力で全てを解決?時にそれも良いだろう。」
近くに待機していたストベニーツァは閉じていた瞳にスラリと睨らみを孕ませる。
彼の一言でストベニーツァは止まらないだろう。
しかし、彼女はどこかつまらなさそうに壇上から見下ろす様に下を、見ていた。
「ッ…………!!」
勝てない。活路を見出す事が出来ない。ミスリアは、普段から戦いを好む訳では無い。
仮にストベニーツァと1対1の戦いであろうと勝てる見込みが無い。それ程にも差があると身体で感じ取っていた。
ミスリアにとって今がベストコンディションであると言える。が、全力のアーテルをぶつけたとしても軽くいなされる。
内心のざわめきを、ミスリアは心で封じ込めた。意気揚々と決めたは良いが………。「反抗期」と言っても言葉だけを知っていた唯の謳い文句。親に逆らう。彼女は初めての体験だった。
これから先どの様に行動すれば最善の道に進む事ができるのか。彼女には明日、明後日、更にはもっと先の事。それが見えていなかった。見据えられていなかった。
「ふむ…。では、議論で私を制すると?無理であろう。貴様には経験が足りていない。ーーそしてこの時を有意義に使用すればこそ…。ーー私、プレストは、被告人ヴァルエに死刑を求刑しよう。これで良かろう?」
ギリィ。歯軋り。苛立ちか、苦しみか。
足りない。足りないのだ。
イミヤとミスリアだけでは盤面が足りなかった。彼女らが悪いのではない。相手が悪すぎた。そう結論付ければ、どれほど楽であろうか。
それと共にこれは……。賭けでもあった。後は彼女次第なのだから………。
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暗く明けない、閉じ籠った牢。ヒヤリとカビ臭い澱みが、頬に触れていた。
「こんなんだったらはじめからなかったらよかったのに。」
燻んだ紅い長髪は、毛先が乱れ意思なく垂れる。特徴的な狐耳は、地に向け力無く萎れていた。
その言葉を声に絞り出すべきではなかったかもしれない。
だが、思ってしまったのだ。もう既に掠れつつある記憶の中、最も愛していた人に向けられた直接的な拒絶。「無意識のうちに起きた」と言えば、どれ程都合の良い解釈であるのだろうか。
そんな彼女を誰が責めれよう。アーテルなんてなければ、と思ってしまうことを。
しかし、ヴァルエは認められない。認めたくない。彼女が他の人間を信用しないなんてことを。人を信じられないなんてことを。
疑いかかったとしてもそれは彼女の信頼証明の発行前提であり、彼女なりの拘りだ。
誰も彼も信念があると言うことを。夢々忘れたりしない。
ガチガチガチガチ
無機質で甲高い音が静かに空気を振動させる。彼女に嵌められた枷は、壁となり立ち憚る。ヴァルエがアーテルを無理矢理捏ねくり回す度に微細な輝きと共に空に散った。
どれだけ足掻こうと腕輪がそれを許さない。繰り返される無意味な行動はヴァルエの心身を埋めるに値するのだろうか。
試作型術式封印拘束具は、機能を果たす。刻まれた命令通りに。それが道具としての役目で有るから。
「ーーぅざったい。」
言葉を発せど、行動は変わらなかった。
ーー法廷に存在したイミヤを感じ獲るまでは……。
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突然だが、人は我知れずリミッターを設けていると言う。いつか外れることを願って人を捨てるモノなど存在せず。されば、どうして進化を遂げるのだろうか。
しかし、彼女に限ってはその縛りでは無かった。まさか、自ずと制限を付け加えるなんて……。
吸い込まれるような水球の瞳。白い髪に蒼い刺繍のような。
真っ白い世界。
一人の亡骸が立っていた。
『ふーん?で?だからどうしたって言うの?』
ーーうるさい。
一歩。
『結局、私を殺した事に変わりはない、でしょ?』
ーーうるさい。
また一歩。
『そんな事で、腐敗した舟に立つなんて、滑稽ね。』
ーーうるさい。
彼女は呪い呪われ続ける。
『まだ、オマエは他人事のまま?』
ーーうるさいっ!
青み掛かった灰に染まった髪。藍の瞳。
『アッハ。あり得ないわ。そんなのごめんよ。私は私。自分は自分。お前らに裁く権利なんて無い。理解ってるんでしょ?私ならどうするか。ヴァルエ、貴方がどうするのか。』
ーーそんなのわかってる。
真っ白な空間。ひび割れる感触。
「ーー私は………。お前達を許さない。」
アーテルが減少していたわけではない。ただ抑えていたに過ぎない。唯それだけ。今、彼女、ヴァルエにとってその必要は無くなった。
閉じこまったアーテルを。抑えていた自信を。再びこの地に顕現する。
「ーーイミヤちゃん達を悲しませるオマエ達を許さない。」
手枷を物ともせず、手を薙ぎ、火を払い、顔を下げる。
その表情を読み取れるものがいるとするならば、それはたった一人であるだろう。
瞳を上げる。
紅く染まる。恒久的に凝り固まっていた場を溶かす。今、眼覚ます時であると。
「ーー私は法廷に立つことを選ばない。」
濃く染まった朱色の髪を靡かせ、そう宣言する。寝静まった地を起こす様に。
もし仮に表現するとしたならば、その姿はまるで国に破滅を齎す祖龍の様で………。
場が白く潰えるまで燃やし尽くす。その心が再び折れるまで。
目を覚ました龍は眠ることを知らない。その輝きは後世まで影響を残し続けるであろう。
散る塵色。燻んだ臭い。
灯された焔は尽きることを知らず。すぅーと袖を撫で上げる。
「ーー言われなくても分かってるわよね?」
紅い紅い炎が背中の妖美なラインを映し出し、
ーー姿形を本物に昇華させる。
その焔はやがてーー『蒼く』染まり上げ、周囲を桜風の様に咲かす。
主張無くとも一目見るだけで、本能で感じた。
彼女は、あの蒼炎は、『ホンモノ』であると……。
やっとだ、やっとここまで……。
この話の作成日、半年前だってさ。はは。




