第1章29話【取捨選択】-あなたの目的-
ミスリアが飛び出してからどれ程経っただろうか。心を落ち着かせるには、充分な時間であっただろう。
ぬるい空気は肌を摩り、意識下に無理矢理介入する。端的に言えば悍ましいほど緩かった。彼女が後先を考慮せず、駆け出す程に追い詰められていた。たった一つの出来事で。
ヘクタに取っては、一事象であることに変わりはない。が、ミスリアに取って、アレカサンドゥリアと言う存在が………。いや、プレストと言う人物が、起こした騒乱を理解するには心の容器が足りないようだった。
アレカサンドゥリアの行先は、灰血塗られた廃墟であることを直感で理解したのかもしれない。軍人はおろか、住人すらも巻き込んで。
戦争と言うものは犠牲は付きものだ。傷付き、心荒むことは、むしろ「基本」なのかもしれない。
人の命を奪う手段と規模が変わっただけで、本質は何も変化していないというのに…………
無駄だと。その嘆きは無駄だと、ヘクタは揺れる瞳を、
ーー丁度扉に手を掛けたミスリアに向けた。
「少しは落ち着いたか?」
「みてわかんない?」
「分からないからこそ、言葉にする。会話は相手との意識を共有する物だと、私は思っている。」
「その割にはよく私との距離を突き飛ばすくせに〜。」
ヘクタは肩を竦めることしかしなかった。いや、出来なかったのかも知れない。
「ヘクタってさ。良くデリカシーが無いって言われない??いや、たしかにぃ、取り乱した私が悪かったけどさぁ〜。」
くししっと広げた片手を口に当てて悪戯気に笑う。視線が上へ、ヘクタを覗き込むように。身長差と言えばその通りなのだが、、
「………。飛び出した後、もしストベニーツァに見つかりでもしたらと思うと……笑い話にでもなっただろうな。」
そんな冗談を交わしていると、ある老体。グラナダがとある単語に眉を上げ……言葉を発した。
「ーーストベニーツァ。確かプレスト・プレーニェの懐刀と呼ばれる独立捜査官のストベニーツァか?」
「……あぁ。間違いない。そいつだよ。」
するりと会話に入った彼の問い返しに肯定すると、より一層グラナダの表情が強張った。
その表情を問いかけるように
「余り良い思い出が無いようだな?何か気になることでも……と聞きたいところだが……。」
「ストベニーツァでしょ?割と昔からいるし〜、グラナダも知ってるよ。」
と、彼女はクルンと身を翻してグラナダを方へ向いた。ねっ?と呼びかける彼女に彼は視線をチラと向けるだけで……。一呼吸。口を開いた。
「正式に配属された年は知らんが、確かに捜査官としては老兵。ーーと、例えても過言では無い。知ってるのはこれぐらいだ。巷では忠堅のストベニーツァと呼ぶ奴もいる程。このアレカサンドゥリアにしっかりと根を張っている。」
「忠実であり、崩れることのない引き締まった壁……か。そのストベニーツァは、私たちの事を探していると。」
「困ったもんだねぇ〜。」
人事のようにおちゃらけるミスリア。その目は笑わず、そんな印象とは正反対に、頬は緩んでいた。
「その目的はなんだと思う?」
ヘクタは当然の疑問をこの場に落とした。このままでは、まともに対話すらできないかもしれない。そう、話を円滑に進めるために。
「単純に考えたら〜GHMの排除って事で、ヘクタ君だよねぇ。」
うりうりっと肘で腰あたりをつついてくるミスリアを無視し、話を続ける。
「確かに、この場で最も狙われいている可能性が高いのは私かもしれない。ただし、それはアレカサンドゥリアにおいて、私が、最大限に脅威となり得る場合だ。」
「その大役はGHMのヘクタ君以外に適任がいると思えないなぁ〜。」
正確にはヘクタは現在GHMに所属しているわけでは無いのだが、話の腰を折るわけにはいかない。呼吸をするかのように無視。沈黙を決め込むと……、
「って言うかヘクタ君はどこでストベニーツァのこと知ったの?確かぁプレーニェ州に来るの初めてだよね」
そう。彼、ヘクタはどこで、ストベニーツァのことを知ったのか。一度も出会う機会が無かったのにどこで知り得たのか。疑問に思うのは当然である。そしてその答えは………。
「グラナダの建物が一部延焼していたからな。ついでにその原因を探った。そこで戦闘が遭ったこと。ストベニーツァが主格として引き起こされたと言うことも知れたんだ。そして、これは潜って判明したことだが、ストベニーツァの目的はお前。ーーーーミスリアだ。」
その言葉にミスリアは沈黙した。
いや、固まったと言った方が正しいのかもしれない。理解し難い、いや、考えもしたくない現実は時折思考を最大限鈍らせる。どれだけ、精神が強かろうとも、本人は常に傷付き続けているのだ。そのすり減った身体は、一体誰が癒してくれるというのだろうか。
「やぁーだなぁ。ヘクタ君っていくら私が心配だからってそんな釘の刺し方をしなくてもちゃぁんと分かってるって。また、勝手に外に出たりしないからさぁ。」
彼女は苦し紛れの言い訳を口の上で滑らかに転がす。ミスリアはその原因を知っているのだ。理解してそれでも拒もうとしている。それが例えば正しくなくとしても。
逃げ癖というものは簡単には抜けやしない。負け腰も同じだ。それを変革できるのは本人だけであって、自分自身で解決しなければならない。
そう、個人の問題なのだ。
「はぁーあ。いいよ。グラナダ。そぉーんな目しちゃダメだよ。分かってる。私は決めたから。それはあの宿で宣言した時から変わらない。一つ不安なのはヘクタ君が協力してくれるのかなって事かな?」
長い沈黙であった様に感じる。冷え切った身体はこれ以上ない程に指先から鈍らせる。そして、その経験を得て、出した答えが……。
「ーー内容によるな。」
どっちも付かずとは、珍しいこともあったものだ。即断せずに猶予を得る。この機会もそうそう恵まれないだろう。
「いけずーー!!そこは任せておけって言うところでしょ?そんなんだからデリカシー無いって言われるんだよ?」
「それを言ったのはミスリアだろうに。」
「いぃっっーだ。良いよ別に。元から私1人でやるつもりだったし?手伝って欲しいなんてこれぇーぽっちも思ってないから。」
強がる彼女はーーいつの間にか活力を取り戻したかのようで、あの辛気臭い感じが自然と抜けていた。
「ふぅ」と、
その事に少し安堵したのはなぜだろうか。ヘクタには理解できない。彼はいつも『独り』だから。
「それでぇ、私とグラナダは行くべきところに行くよ。」
「好きにしたら良い。私もするべきことをする。」
「冷たいねぇ。因みにそのすべきことってぇ?」
一瞬の間。
ヘクタは悩んだ。ミスリアに彼女、ステラのことを伝えるか。その悩みは一瞬の間に解消された。なぜなら……。
「『ステラ』を見たんだな。」
グラナダのその一言で、ヘクタの頬が弾かれたような衝撃を覚えた。彼は知っている。そのステラと呼ぶ彼の声。それだけで分かった。
「『アレ』は可哀想な機械だ。どうしろとは言わない。だが、『ステラ』は、恒久に我々を覗き見ている。」
「ちょぉーと!なんの話?私置いてけぼりなんですけどっ!」
「ーーステラは過去しか見ていない。」
「あっ、無視するんだふーん。いいんだね?私先に1人で行くよ?行っちゃうよ?」
「それなら、地下に向かうと良い。求める答えも、物体もそこに全てあるだろうさ。」
グラナダは、助言とも呼べる言葉を吐き捨てて行った。その言葉はヘクタを蝕み続ける。嫌と言うほどに。『ステラ』を殺すこと。それは彼女にとってどれ程の痛みを伴うのであろうか。
ステラは誰にも渡せない。
その結論に至れたのは、少し余った独りだけの時のお陰であるとは………。
ーチャァンー
生き残り。時間はあまり残されていないようだ。
最初から相手は勝つことを前提とした編成では無い?
捨て駒。可哀想に。そんな感想を抱くほど、酷いものだった。ただ、その言葉を本来の意味で使えているのか。ヘクタには分からなかった。
ミスリアたちはいったい何をするつもりなんだぁ〜?(すっとぼけ)
あああようやく事が動き出した。終盤戦、始まります。
え?20日ぶりの投稿?知らん知らん。




