第1章26話【泥水審判】-目覚めと変革-
3DAY EARLY EVENING
熱く燃え盛るような胸奥は、冷気を求める様に身体をのたうち回る。その感覚は悍ましく、身体には不釣り合いで……。
カハッ、っヒュっ……!!
驚くほど自然に流れ込む乾いた空気は、薄濡れた肺の熱を静かに奪う。
また再びこの地に戻ってくる実感を取り戻したヘクタは、上体を起こす為に瞳を開く。
瞬きをするごとに視界のボヤケを取り払い、暗闇の中に存在する光の先には……
「……!!もぅ!心配したんだから!!ヘクタ君大丈夫?話せる?体に異常は無い?」
跳ねる何処までも黒い長耳。頬が緩み、瞳が垂れ下がった、だらし無い顔。
奥に見える光は夜空のように輝いていた。
「ーーーーあぁ。なんとか…な。無事だよ。」
「はぁ〜〜よかったぁ〜。死んじゃったかと思ったよ。」
「もし仮に戻れなかったとしても、ミスリアの行動に支障は無いだろう?」
「まぁだそんな事言ってるんだね。私は初めから警戒はすれど、信用はしてたよ?」
「………。」
内面を推し量る行為自体に意味はない。もし仮に、提示されたとすれど、それは内面では無いと、ヘクタは考えるからだ。内面とは深層意識。この空間では認識する事が難しいだろう。
「無事に戻って来れたようで何よりだ。パーツが劣化しすぎたと一時は戻らない場合を覚悟していた。」
「グラナダか。その迷いを払拭できたようで良かったよ。ーーそれで、私は何時間眠っていた?それ程長く居座ったつもりはない……が。」
ふぅと息を落ち着かせ、腕組を始めた彼は、すぅっと視線を斜め横に向けた。その場所は一人の少女が牛耳っていて……。
「……。ちょっと伝え難いんだけど…ね?実は21時間と少しって感じ……かな。」
「……………。22時間??」
どれ程の事柄が進んだのだろうか。元々の予定では多くとも8時間だった。ところが、まさかの14時間オーバー。体感では短く感じる貴重な体験であったが、無意識がどれほど存在したか、分かりえないのだ。もし仮に、ステラが知っていたとすれども、わざわざ拝聴することはないだろう。
空間で起こり得る、時の感覚の問題なのか、接続の合間合間の思考時間が要因かは現時点では分かりようない。
「眠っていた間に発生した重要な事項だけ大まかに教えてくれ。」
とは言え情報の収集が先だ。ステラと出会ってから情報に対する感覚という感覚がすり替わったような違和感を覚えるが、事は知らねば始まらない。
「えぇとその事なんだけどね…。落ち着いて聞いて欲しいんだ。突然のことなんだけどね、アレカサンドゥリアを統括する現大統領が任期を待たずに辞職するって。」
「、、、辞職?」
このタイミングで辞職?昔から傀儡である事は、知られていたが、今切り捨てる理由が理解できない。利用価値は、ーーまだ存在する筈だ。
「うん。そうなんだよ〜。……あと、それと、プレスト…州知事が明日午前10時から会見を行うみたい。辞職の件だとは思うんだけどね〜。なーにがなんだか…。」
後任になる気なのか?ヴァルエの公判と共に席に着く。今、表舞台に出る理由は何だ?
ーーGHMとの対立。
アレカサンドゥリアにその力があるとは思えない。例え『ステラ』があるからと言えども、不可能に近い。
とすれば手助けを行っている。いや、手引きしている組織が存在する。
アレカサンドゥリアは、サタブラッドに属する為に。………いや、既にこの場所はサタブラッドの管轄だったか。
プレストがやろうとしている事は、実質的にサタブラッドからGHMへの宣戦布告。サタブラッドは勝利の兆しを。いや、……確信を得たと言うのか?
ストベニーツェの様に、ステラを直接的に使用できるようになったからと言え、戦力差がひっくり返る訳でもない。それこそ、アーテルの圧倒的な差が無い限り。
ステラのアーテル以外で有用な情報を得る事が出来たとするならば、もしかすると有り得るのか?いや、違うな、ストベニーツェの様に自身のチカラの強化こそが本質。アーテルへの直接的な施し。
今頃真の戦争を始めようと言うのか??
「ーーおーい。ヘクタくーん?へーくーたーくーん??」
ボヤける視界の中。ひょこり、ひょこりと目の前に黒い物がチラつく。
「あぁ。聞いてる。プレストがアレカサンドゥリアを完全に掌握することになるだろうな。」
目の前に煩わしい物がひょこひょことしていると思ったが、どうやらミスリアの耳だったらしい。
「それって、政権こーたいってやつ?ってなるとどーなるんだろね。」
「アレカサンドゥリアを用いた戦争を起こす気だろう。」
言葉通り、アレカサンドゥリアを用いた、利用した戦争。アレカサンドゥリアがどうなろうと、今いる此処、プレーニェ州さえあれば、他に興味はないのだろう。
「ーー戦争。せんそう!?……それって何処とする気なの?もちろん、アレカサンドゥリアを襲っている賊とだよね?今も賊のせいで苦しんでいる人達の為にだよね?」
ミスリアには希望に見えたのだろうか。
彼女の問いに応える事はできなかった。いや、しなかった。
俯く視線を。強張る頬を。感じ取ったのか、ミスリアは再び口を開く。
「…………。まさか、まさかまさか。サタブラッドじゃない。もしかして、ーーGHMとってこと?」
「ーーーーーー。」
「嘘。嘘よ。私は認めない。認めないわ。そんな戦争。」
これまでに感じたことのないドスの効いた低い声。去り際、彼女の横顔は何かを悔やむように、恨むようにギラついていた。
サタブラッドとGHMの戦争が始まり、その前菜がーーってこと。




