第0章14話【真偽偽善】-居場所-
正しいとは。
それはイミヤが病院に運び込まれ、少し時が経った後のことだった。
陽が遮られ影が差し込む路地裏で、扉を叩く1人の女がいた。
暫くするとギィと音を立て、その扉はゆったりと開く。先には無機質な部屋が覗き見え、路地裏にあるとは思えないほどの楽園がそこにあった。
しかし、その女はその部屋に入る事はない。
路地裏をのっそりと歩む。
何を思ったのかその扉から2つ離れた別の扉を開け入っていった。
もし仮に楽園に入った輩がいたとすれば……。次の日には不思議と綺麗さっぱりいなくなっている事だろう。
扉の先待ち構えていたのは少女だった。
背が低くやや痩せ型で車椅子に座る少女は、彼女の変わらない日常に咲く華のよう、笑みを浮かべながら…。
「おかえり…ってその血は?」
ノウンが仮の自室に入るといつものように私の妹が暖かく出迎えてくれる。
背が低いと言うのは適切な表現ではないだろう。
正確には、足が不自由で自力で移動することが難しく誰かが常にお世話をしなければならない状態の妹だ。
1人では生きる事すらままならない。こんな世界では尚更難しい。
けれど私は苦痛ではなかった。彼女のその笑顔さえ守れたのなら……
「誰?お姉ちゃんにそんな酷い傷を負わせたの。すぐに手当しないと…」
先程の粒らな瞳とは打って変わって、その眼は殺意とも取れる色素の薄い灰色を映し出し、獲物に飢えた狼ほどに眼差しは鋭い。
「そんなに心配しなくてもちょっと掠っちゃっただけ。大丈夫っ大丈夫。こんな傷なんてすーぐ治るから。だからねっ?そんな顔しなーいのっ。」
「お姉ちゃんがそう言うときはいつも大丈夫じゃないとき。早くその怪我見せて、」
「はいはい。わかった。わかった。」
言われるがまま脇腹当たりの傷をそのまま見せる。これ以上小言を言われるのは面倒だ。
アーテルは発現しなかったけれど、私の妹『アン』は、決して弱くはなかった。彼女は優しく、少し心配症ではあるけれどノウンには勿体ないほどによくできた妹なのだ。
アンは、血と砂で汚れ切った服を傷元から破り捨てると近場にあった応急処置キットを取り出す。傷口を軽く消毒し、包帯を巻きつける。正しい手順なんて関係はない。
ノウンは彼女の酷使される小さな手を見つめつつ昂る体を落ち着かせた。
「何かあったんでしょ?お姉ちゃんらしくない。」
そう聞かれてしまった。それだけ顔に出てしまっていたのだろうか。
「話してみたら楽になるかもよ。」
アンの前ではしっかりとしたお姉ちゃんでいなければならないのに、どうにも言葉が出てこない。
「………いや、やっぱりいい。……はいっ。これでおしまい。治療は終了です。お疲れさまでしたっと。」
そう言って広げた治療箱をせっせと片付け始めた。その後ろ姿は、少し寂しげで…
小さなアンの背中をそっとノウンは抱きしめる。アンは、少しビクッとしたけど、そのまま黙々作業を続けた。
やがて、ノウンはそっと口を開き、話し始めた。
「今日。私の部隊に所属していた子が、一人死んだの。死ぬ死なない、死んだ死んでないなんて今更気にすることでもないんだけどね。それでも確かだったことがあるの。」
アンは何も言わず作業を終えたのかじっとしていた。
「数少ない私についてきた子。意気揚々としていたのは覚えているわ。」
「私その子たちのことをね。あまり好きではなかったの。大切なのはあなただけってね。けれど、殺されてから気づいた。あまりに遅すぎたわ。…今思えば、いつも過ごしていたあの風景が気に入っていたのね。」
そっと頭に触れるものがあった。目線をそちらに向けるとそれは小さな小さな手だった。けれど今だけはその手は大きく見えたのかもしれない。
それは人とでしかわからない温もりで……
「ありがと。」
気づけばノウンはそんな言葉を思わず漏らしていた。その言葉にアンは振り返ることなく「どういたしまして。」とだけ返す。
ふと時間が思っていたよりも早く進んでいたことに気づいたノウンは、
「さぁって今日はどんな料理を作ろうかなぁ。」
少ししんみりさせてしまったので明るい話題で場を紛らわせようとした。そんな意をアンは汲み取ったのか、
「じゃあ私はシチューがいいな~。」
「好きよねあなた。よく飽きないわね。まぁいいわ。シチューね。わかった。そうしましょっか♪」
「だって好きな物はどれだけ食べても美味しいの。」
アンはそう和やかに、朗らかに笑った。
その屈託のない笑みは美しかった。
この場所にある姿はどこにも変わらない温かな家族で…。
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ハエア -1
だけど……
『アンだけは絶対に傷つけさせない。』
『もし、この生活を脅かそうものなら私はその全てを壊して、壊して、壊し尽くす。』
それだけは変わらない。誰であろうとも。




