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トキオの歩き方

■ おわりのない大正 ■


 時は大正九〇年代。この世界は、われわれの住む世界とはすこしだけ(?)ズレてしまった時間軸に存在しています。おそらく大正元年(西暦1912年)までは、われわれの世界とまったく同じ歴史をたどってきたのでしょう。しかし、そのあたりでわれわれの知っている歴史とは枝分かれしてしまい、大正天皇は退位することなく、その後九十年以上が経過した今もなぜか存命のようです。その後、太平洋戦争なども起こったようなのですが、どうも日本は負けていないらしく、なんだかよくわからないまま、今に至っています。


 東京は今ではトキオ市と名を変えています。他の地方、都市がどうなっているのかはさだかではありませんが、まあ、トキオと基本は大差ないのでしょう。しかし、トキオがこの時代の日本で、もっとも進んだ都市です。


 人々の風俗、文化は、われわれの世界における大正〜昭和初期のそれに酷似しています。つまり、元号がしめすとおり、大正時代が終らずに、えんえんと続いているのです。と、いっても、いくらなんでも九十年間も続いているのですから、多少は変化していますし、そもそも、テクノロジーはそれなりに進歩しています。大正九〇年代は西暦では2000年代です。だから、携帯電話もインターネットも、コミックマーケットも存在します。ですから、われわれの世界に存在した大正そのままではありえず、なんとなく大正っぽい雰囲気の、しかし、それはあくまでも現代である、ということになります。


■ 怪人VS探偵 ■


 トキオを特徴づけているのは、この都市は希代の犯罪都市であるということです。といっても、ちんけな強盗だの何だのはあまり起こらず(その点では、むしろ治安はいいとさえ、言ってもいいくらいです)、どういうわけか、密室殺人、連続殺人、猟奇殺人、予告犯罪、組織犯罪、国際犯罪など、おおがかりな、劇場型の犯罪が非常に多発しています。これらを引き起こしているのは、たぐいまれな能力を悪の方面に開花させた、怪人たち(ヴィランズ)です。かれらは皆、独自のスタイルと犯罪哲学を持ち、行動しています。


 そんな怪人たちに対向すべく、トキオでは、公共の警察機関や軍隊のほかに、探偵たちが活躍します。かれらは民間人ではありますが、明晰な頭脳や強靱な肉体、あるいは特殊な超能力、技術などを持ち、それらを駆使してトキオ市民のために闘います。なので、探偵たちはトキオの人々にとってのヒーローであり、芸能人に対するような人気と憧れのまとなのです。


 トキオには、トキオ探偵機構(TokioDetectiveOrganization=TDO)なる、政府の委託を受けた探偵の組合組織があり、そこが探偵の認定試験を行い、ライセンスや格付けを発行しています。狭義には、探偵とはTDOの認可を受けたものを指します。が、なかには未認可で活動するモグリの探偵もいるようです。モグリだからといって特に能力が劣っているとか、違法であるとかはないのですが、公認探偵は警察や軍部にも信頼され、情報や設備の提供もうけられるので、探偵をこころざすものたちは認定試験合格を目指して頑張っています。試験は司法試験なみの難関で(試験では難解な密室トリックやアリバイくずしの問題が出るようです)、そのための予備校も存在しています。


 TDOの審査により、探偵はその能力、実績に応じて一ツ星〜七ツ星までの格付けがなされています。星が多くなるほど優秀な探偵であることの証明で、最上級の「七ツ星」認定を受けた探偵は〈金の梟〉の称号を与えられ、尊敬されています。


 TDOは、大正42年、増加するヴィランズ犯罪への対策として、「探偵の相互扶助」「探偵の質的向上(それによる犯罪の防止)」をかかげて活動すべく、設立されました。

最高決定機関である「理事会」のもと、平素の実務を担う「事務局」と、資格制度を運営している「審査会」「試験委員会」などから構成されています。理事など要職にあるのは皆、有資格探偵ですが、探偵としての活動はしていないのが普通です。事務局の職員には探偵ではないものもいます(事務方)。機構内での地位と探偵としての能力(★数)は必ずしも比例しません。


 TDO設立に関与したとされているのは「十三人の探偵士」と呼ばれる伝説的な十三人の探偵たちでした(ただし、「十三人目の探偵」についてのみ、その氏名や素性等は一切、公開されていません)。今ではかれらの大半が物故するか現役を退いていますが、その理念は、生き続けています。


■ カストリ雑誌と探偵小説家たち ■


 終らない大正ロマンの夢にまどろみ、どこかのんびりと、頽廃的に、平和ボケしたトキオの人々にとっては、刺激的な事件をおこす怪人たちも、奮闘する探偵たちの活躍ぶりも、ともに娯楽であり、それらはカストリ雑誌やインタアネットを通じて報道され、人々の好奇心をみたしています。誰もがひいきの探偵を持ち、かれらを応援したり、おっかけをしたり、同人誌をつくったりしています。中には、怪人たちの闇の美学にひかれて、かれらのほうの肩をひそかに持つものたちもいます。


 前述した「カストリ雑誌」とは、おもに犯罪がらみの興味本位の記事や、探偵たちのゴシップを中心に報道している雑誌類をいい、トキオにおけるもっともポピュラーな娯楽です。なかでも『帝都奇譚』は部数・売上ともにトップを誇る隔週刊のカストリ雑誌として有名です。


 そんなカストリ雑誌に寄稿したりしているのが、探偵小説家たちで、かれらは探偵の活躍を取材し、小説仕立てにして発表します。これはトキオにおける事件報道の一般的なスタイルで、生のレポートよりも人々に好まれています。人気のある探偵小説家は(必然的に探偵とも近しいこともあって)探偵の次の人気職業ですが、その地位、収入はピンキリです。探偵小説家の中には、特定の探偵と特に親しくなり、専属のようにしてその探偵の事件についてばかり書くものも少なくありません。探偵としても、不特定多数の探偵小説家とつきあうよりもやりやすいため、この「ワトソンスタイル」をとりたがるようです。そうした探偵小説家は、自身も、探偵の調査に同行し、荒事も含めて半ば探偵の助手的な役割を担います。


■ パクス・ジャポニカ〜華やかなりしトキオ文化 ■


 つねにヴィランズたちの脅威にさらされながらも、トキオの人々は「日本の平和(パクス・ジャポニカ)」とうたわれる、平穏で、好景気な現代を謳歌しています。トキオの文化・風俗は、やや扇情的で、爛熟、退廃の香りがどこかにただよいつつも、華やかに咲き誇っているのです。


 同人文化は、その代表的なものといえるでしょう。トキオ市民はカストリ雑誌に熱中する一方で、自身の手によりお気に入りの探偵や怪人たちを題材にした小説やマンガを創作したり鑑賞したりすることを楽しんでいます。特に、良家から庶民に至るまで、女学生のあいだで、この同人文化の猖獗は極まっています。同人誌は、少部数の印刷・製本を経て頒布されるほか、インタァネットのサイト上でも同様のコンテンツが展開されています。


 インタァネットカフェー鹿鳴館は、そんな土壌の上に咲いた大輪の花です。トキオの名家・蓮宮寺家が所有するこの施設は、一般のカストリ雑誌や探偵小説の他、ありとあらゆる同人誌を所蔵し、会員向けに閲覧をサーヴィスしているといいます。


 トキオについて語るとき、はずせないもうひとつのものが、「トキオ・ディスティニィ・ランド」でしょう。トキオ市の東端、浦安に広がるこのテェマパァクはトキオ市民の嗜好に合わせて、ややホラー風味のアトラクションや演出で知られています。マスコットキャラクタァは、時計を持った黒いうさぎ「メフィストフィレス」。地下1階に広がる、さまざまな趣向を施した「蒼の回転木馬」や、地下2階の、難解な謎を解かないと前に進めない「時知らずの迷路」などが人気です。また、日に4回、トキオ上空を飛ぶ遊覧飛行船は常に予約でいっぱいです。

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