長男が犯人の場合
「おそらくは、『解離性健忘』だと思われます」
再度行われた精神鑑定の結果、精神科医はそう結論付けた。
解離性健忘とは、心的外傷やストレスによって引き起こされる記憶障害のことで、自身にとって重要な情報が思い出せなくなる症状のことだ。
今回の事件において、長男が母親を殺害した動機は「日常的な虐待」で間違いないだろう。
しかし長男が解離性健忘を発症した原因は虐待ではなく、「母親を殺した」という事実によるものだと考えられる。
解離性健忘は交通事故や大きな事件に巻き込まれるなど、被害者側に発症すると思われがちだ。しかし、加害者側に発症することも当然起こり得る。
日常的に虐待を受けていたとはいえ、まだ中学生の長男が実の母親を殺したのだから相当なストレスとショックを受けたのは間違いないだろう。
そこで長男は自分を守るために、母親を殺害したという事実だけでなく、その原因である「母親から虐待を受けていた」という事実すらも忘れることにした。
しかし例のバールを見たことにより、「母親から虐待を受けていた」という事実を思い出し、しいては「母親を殺害した」という事実も思い出してしまったというわけだ。