第8話 淡白女子の朝が珍しく早い
翌日、いつものように顔を隠す化粧をしてから学校に向かった。汗をかくと少し落ちるから運動はしたくない。だからこそ、今まで体育では全力を出してこなかった。
教室に入ってみれば珍しく伏見さんが早く、すでに教室の中にいた。俺の登校時間は早いほうなので、俺よりも先に伏見さんがいるというのは珍しいのではないだろうか。
「伏見さん、おはよう」
「ああ、眞家君。おはよう」
席に居座ると、伏見さんが椅子を動かしてすぐ隣に来て小声で問いかけてくる。
「化粧してるんだ?」
「……まあ、目立ちたくないから」
「まあ、あの顔だったら目立つね……」
納得したかのように伏見さんは引き下がった。伏見さんも淡白な声音とは裏腹に優し気な見た目をしていてかわいいので、今の状態の俺よりは断然目立つと思うのだが。
女性相手に見境なくかわいいとか考えるのは失礼だったりするのかもしれない。誰彼構わず色目を使うのは良くないだろう。俺もそういう女子から逃げたくてわざわざこの顔にしているのだから。
昨日のライトノベルは家で読み終えたので、今日は違う本を持ってきた。ライトノベルとまではいかないが、どちらかというと若者向けの本を。
以前みたいに太宰治とか文豪の本を手当たり次第に読んでいないのは、実は北島さんに不思議と言われたことが未だに尾を引いていたりする。
「本当に、眞家君は本好きだよね」
「……そうだな。印象変えようと思って読み始めたらはまった」
「あ、それも化粧の問題に関係してるのか」
一家庭にしては広すぎる我が家の自分の部屋にも、大量に本が詰まった本棚が置かれている。無駄に金を使うのはあまり好きではないから無暗に本を購入しないようにはしているのだが、それでもだんだんと本がたまっていってしまうのだ。
それに加えてライトノベルの沼にも引きずり込まれつつある。ライトノベルは比較的新しいものが多いので図書館や図書室にはあまり置いていなく、買わざるを得ないのだ。より一層本のコレクトが増えていくことを想像すると気が遠くなった。
伏見は朝早すぎたが故か暇だったようで、本を読もうとする俺にやたらとちょっかいをかけてくる。本を開こうとした俺の腕を「てい」と言いながら止めて来たり。前から伏見さんとは話す方だったけど、皆川さんと北島さんと仲良くなったおかげで、伏見さんとの距離も近くなった気がする。
こうして気兼ねなく接せる友人が増えていくのは嬉しいが、三人の女子に囲まれているのはどうしても気後れしてしまう部分があるから、欲を言うならば男子の友達も欲しかった。付きまとわれ続けたトラウマが再活躍してるのだろう。別に彼女らが嫌だと言いたいわけではないが。
「で、眞家君」
「……あんなにちょっかいかけといて平然と次の話を始めるんだな」
「今度みんなで遊びに行こう」
「……それもいいかもな」
俺の突っ込みは彼女の耳には届いていなかったようで、平然と無視された。憮然としたまま返事をすると、伏見に声を上げて笑われる。
「そんなに拗ないでよ。別に大して揶揄ってないじゃん?」
「大して揶揄ってないってだけで揶揄ってはいるじゃねえか。それ……」
嘆息交じりにそう漏らすのだが、伏見さんは楽しそうに笑みを浮かべるだけだ。なんとなく彼女には敵う気がしない。
そのまま二人で談笑していると、北島さんと皆川さんが登校してきた。二人ともいつも学校に来る時間よりは少し早い。
「おはよう二人ともー」
「おはようございます。伏見さんもちゃんと早く来れましたね」
「ちゃんと」とはどういう意味だろうか。もしかしたら俺のために早く来てくれたのだろうか。俺が一人で在れば大里くんに何されるか分からないから、とか。
そうでないかもしれないが、もしそうであれば気持ちは嬉しかった。
「……おはよう」
「おはよう。二人とも遅かったね」
北島さんの席は少し離れたところにあるというのに、荷物をすぐに片づけてこちらに戻ってきた。
女子三人がそろったことで途端ににぎやかになる。やはり男子と女子とでは会話の内容が少し違うようでついていけない部分もあったが、そういうときは本に視線を落としていた。ほかは基本的に楽しく会話に参加することが出来た。
「……早く来てくれたのは、ありがとうってことでいいのか?」
「うーん、まあ。僕たちの自己満足でもあるから気にしないでね」
「そうですよ。波留さんの素顔を知ってしまったので。あの顔でしたらもし露呈した時にかなり大変でしょうから、私たちもお手伝いしようということです。大里さんの件もありますけど。まあ、波留さんは私たちのありがたみを実感しながら何も考えずにヒモになっていればいいんです」
「ヒモは嫌だ。………なんだ、まあ、ありがとう」
やはり気を俺に気を遣ってくれたようだ。皆川さんにしては珍しく冗談を言って露骨に話題を逸らされたので、あまり触れてほしくはないのだろう。決して小さくはない感謝の気持ちを胸に秘めつつも、軽く頭を下げるにとどめる。
北島さんは少し照れていたが、ほかの二人は「どういたしまして」と言っただけで話を逸らした。
「みんなで出かけない?どこに行くでもいいんだけどさ」
さっき俺にもした提案を今度は二人に向かって投げかける。もし出かけるとすればどこに出かけるのがいいだろうか。ベタな場所で言ってしまえば、買い物だろうか。
そう思っていた俺とは裏腹の案を北島は候補に挙げた。
「僕は眞家のスポーツしてる姿が見たいな」
「あ、確かにそうですね。どこか商業施設に出かけるのはそれを見てからにしましょうよ」
「……それでもいいっていうのであれば俺は止めないが」
まあ、この方向で話が固まりそうだ。
自分が運動している姿なんて見ても、特筆すべきところなど何もないだろうに。ただただ運動不足にならないように運動しているだけなのだから。
そんなことを思いつつも、楽しそうに話している彼女らの邪魔をする気にもなれず静かに本のページを捲った。