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第18話 雰囲気イケメンの暴走

 しかし学校となればもちろんクラスメイトがいるわけで。僕たちが話している教室の扉を勢い良く開けて大里が入ってきた。そのしぐさだけでイラついてくるのだからそれはそれですごいものだと思う。


 すぐ近くにいたミナがあからさまに顔を歪める。


 同じような表情を浮かべているであろう自分の頬をぐにぐにと撫でて、ちらりと《《波留君》》を見る。………名前を呼ぶのはちょっと恥ずかしいけれど、かなり嬉しい。


 波留君は明人君と楽しそうに笑っていた。今は化粧で落ち着いた顔になっているけれど、それでも好きな人の笑っている表情は見ていて楽しくなる。


 ………化粧で落ち着いた顔になっている、というよりは、僕にとっては波留君はこの姿がデフォルトだからだろうか。イケメンモードも好きな波留君には変わりないけれど、あの姿のときは綺麗すぎて遠くにいるように感じてしまう。今の波留君の方がすぐ近くに感じられて僕は好きだ。


「………どうしましたか、光瑠ちゃん。にやにやしてますけど」


「え……!?」


 ミナに慌てて頬を抑えると、確かに緩み切ってしまっている。思いっきりこちらを揶揄うような視線を向けてきた涼香ちゃんに恨みがましい視線を向けると、声を上げて笑われた。


 ひとしきり笑ったあと、ミナは波留君に話を振る。


「波留さん、前のバレーすごかったですね」


「……そこまででもないと思うけどな」


 波留君は否定するけど、あのときのバレーは本当にすごすぎた。


「波留君が運動できるのは意外だったなー。普段こんな静かな感じなのにあそこまで運動できるなんてね」


「いやほんとにそれな。俺は一応勉強よりも運動を押し出させてもらってるけど、波留が運動できるなんて」


 僕と明人君の二人に絶賛されて波留君が頬を掻きながら顔を横に逸らす。少し耳が赤く染まっているのが眼福でしかない。


 普段の姿と運動してるときのギャップっていいよねっていう話だ。普段は落ち着いて静かに本を読んでいるような人が、運動し始めたら子供みたいにはしゃいでるって。


 ………そんな、幸せな思考に浸っていたのに。


「中富。お前ちょっと来い」


 波留君の後ろから大里が現れて、明人君を見据えて低く声をかける。前はそこまででもなかったけれど、最近の一連の出来事のせいで彼には嫌な感情しか覚えていない。ここまで救いようのない人だとは思っていなかったのだ、本当に。


 周りの人に持ち上げられすぎて少しおかしくなったのだろうか。粗暴は悪くて逆らいにくいから、みんな結局付き従うしかない。それで大里が助長してしまうのだから本当に面白くない話なんだけど。


 明人君の方を伺うと、少し顔を青くして座ったまま膝の上で手を強く握っていた。正直言って、怖いのは良く分かる。暴力をふるうことに抵抗がない人だし、クラスの中で一応地位がある人だから。


「嫌だよ。今みんなと話してるから」


 ───でも、明人君は優しい表情を崩さないで言った。


 少し驚いたような、納得のいかないような、そして苛立ったような表情を大里が浮かべる。その表情は自分本位で、逆らわれることなど全く想定していなかったとでも言いたげで。


「は?お前誰に逆らってるか分かってんのか」


「逆に竜馬は何で俺に命令するの?俺は竜馬に従わなくちゃいけない理由はないし、嫌だって意思表示しただろ?」


「………意味わかんねえ」


 貧乏ゆすりのように足先で地面を叩き、わざとらしく眼を細めて大里は明人に詰め寄った。


「お前は、俺の下だろ。だから付き従えって言ってるんだが?」


「それが何言ってるのか分からないって言ってんだよ。学校内での生徒間の地位なんて先輩後輩ぐらいだろ?もし上下関係があったとしても暴力が許されるようなものでは無いし、強制力があるわけでもない」


 鈍い金属の音が教室に響き渡った。大きな音が鳴って、先生が居なくて騒がしかった教室内が静まり返る。大里が蹴ったのは波留君の机の脚だった。


 一瞬だけ、本当に一瞬だけ明人君が怯む。そのそぶりを見て、大里が楽しそうに顔を歪めた。


「はっ。結局俺に逆らえるような性格じゃねえだろ、お前なんか。ちょっと殴ったぐらいでびーびー泣きやがってよ。あんときはお笑い種だったぜ」


 クラスメイトのみんなが静かにこっちを見守っている。


 このクラスの中で大里には逆らってはいけないという風潮があるし、実際に逆らってしまえば暴力的な手段で解決されてしまう。必然、彼の行動には注目がつきものだった。ここまで調子に乗った言動が取れるのは、その注目は容姿のためだとでも思っているからだろうか。


「………人は殴られたら泣くことだってあるし、そもそも人が泣いている姿は笑えるようなものじゃないだろう」


 手をきつく握りしめている明人君を見て、波留君が静かに言い放った。大里は波留君に苦手意識を持っているのか分からないけれど、つまらなさそうに顔をゆがめたあと──、波留君の机を拳で大きく叩いた。


 先ほどとは違ってもっと鈍い音が、大きく響いた。教室の奥に居た女子生徒数人の肩がびくつくのが分かる。


「お前が何でそんな口を利くのか俺には微塵も理解できねえよ」


「俺の方が理解できないがな。特にお前のことは」


 ここまで明らかに大里に反抗した人はなかなかいなかったのだろう。みんながみんな逆らえないでいたし、逆らわなければ表面上何かをされることはなかったから。


 目立たないようにと少し長めにされている前髪の下から覗く、いつも通りの静かで真直ぐな目。波留君は微塵も気負いしていないようだった。


 ───ガラリ、と教室の扉が開く。


「大里くん、話があるので生徒指導室にきてくださ──……」


 大里は無言で波留君を殴りつけた。ちょうど入ってきた担任の先生の、「大里君!?」という悲鳴にも似た声にも反応を示さずに、続けざまにもう一度殴りつけた。


 波留君は、無抵抗だった。


「………ふざけやがって」


 雑多な教室の中をかき分けるように担任の先生が焦って寄ってくる。波留君は殴られ続ける。先生に引きはがされて、大里はイラついたように先生の方を見返った。そのまま軽く振り払う。


 小さな体躯の先生は手を離してふらつく。近くにいた生徒に支えられた先生は瞠目して茫然としたまま大里を見ていた。


数分後、大里くんは男性の教員に取り押さえられて教室から連れ出されていった。

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