誘拐されました!
「おとーさーん!おかーさーん!どこー?」
私はまるで両親を探すけなげな五歳児のように少し涙ぐみつつ路地裏を徘徊している。
……そう、徘徊しているのだ。
一向に誘拐犯は来ないし、私もそろそろ何にもない場所でむなしく声を上げることもつらくなってきた。
——さっさと来いよ、誘拐犯!
ここまで誘拐犯を待ち望む自称5歳児はいないだろう。
そうして街のあちこちを歩き回ること30分。路地裏には人影一つ見えず、私が別の作戦を考えようかと思ったその時。
「ねぇ、君、大、丈夫?」
と、突然声をかけられた。
おぉっ!これは誘拐犯か!?と思って声をかけてきた相手を見る。
そこには、先ほど一緒に語らったビンチがいた。しかも肩で息をしている。
えぇっ!?ビンチが誘拐犯?
「ほら、こんな、ところを歩いている、と危ないよ。最近、物騒な、事件が多いんだから。君が、裏路地に、入るのを見て、慌てて、追いかけたけど、すぐにいなくなるしさ……」
いや、妹が誘拐されたって言ってたし、あの死にそうな顔は絶対嘘じゃないっぽい。
というか、まず、ぜぇぜぇ言ってる時点で、街のあちこちを必死に探してくれたのは確かだ。
まぁ、多分大丈夫だろう。
そう思って、ビンチの手を取る。
「さぁ、行こうか……」
ビンチが、一瞬私から目を離した瞬間。
後ろに引っ張られる。
「……!」
声を出そうとしたが、声が出てこない。私の手がビンチから離れる。
ビンチが異変に気付いたようで、慌ててこっちを向く。
しかし、時すでに遅く、私の視界は何かに引きづりこまれてほとんど真っ暗になっていた。
「~~!」
何かを叫んだビンチは、何かを投げる。それらは、ギリギリで私の服にくっついた。
途端、視界は完全に遮られる。
状況を把握したいが、ここで余計なことをして何か感づかれてはまずいと、私はまるで子供のように暴れた。もちろん力加減をしっかりして。
「は、な、せ~!」
しかし、私の抵抗なんて、誘拐犯にはまるで無意味だといった感じで、運ばれていく。
しばらくの後、私は大きな鉄格子の前に連れていかれた。
「お前は奴隷として売られる。それまでここに入っとけ!」
そう言って鉄格子のなかに叩き込まれる。ちょっと痛いぞ。
鉄格子のなかには、今までに誘拐されたと思われる子供たちがみんな重い表情で座っていた。年齢の幅は情報の通り、10歳以下の子供だけみたいだ。数十人いる。
年齢が上がるにつれて、今の自分の現状を深く理解できてしまっているのだろうか、
落ち込みようは物凄い。それに少しやつれている。
そんなことを考えているうちに、再び誘拐犯がやってきた。
「おい、飯だ」
そう言って檻の中に放り込まれたのはどう考えてもこの場にいる子供の人数には合わないパンが二切れだけだった。
「おい!昨日より少ないぞ!」
そう言って、犯人にかみつく10歳くらいの男の子。
犯人は、鉄格子を蹴って音を響かせると怒鳴る。
「あぁ!?文句言うな!なんなら、お前があいつの餌になるか?」
そう言って犯人が親指で示した先には、同じように檻に入ったいびつな生物が。
顔はライオン、しっぽに蛇をくっつけ、体もライオンじゃなく、別の生物でできた変な生き物。
男の子は、「ひぃ!!?」とおびえて、何も言い返せなくなってしまった。
「ハッハ!そのままでいれば、奴隷にするだけで済ましてやる」
そう言って、犯人は去っていった。
犯人がいなくなると、十歳ほどに見える子供たち数人が、パンを手に取る。
そして、そのパンを小さく千切ると、一番年齢の低そうな子たちから、パンを分けていく。
「はい。お食べ」
どうやら、年長者たちは、うまいことこの場を仕切っているみたいだ。
私にもパンのかけらを与えようとする子に、「私、まだ来たばかりだから大丈夫!」と言ってパンの支給を断り、私は、檻のふちに座り込む。どうやら、パンはうまく全員には渡り切らず、年長者が食べずに我慢をしているみたいだ。
「はて、どうするか……」
ここで大事なことは何か。それは、二つである。
一つは、子供たちの救出。これは割と最優先事項と言っても過言ではない。しかし、安全に子供たちを救出するためにも、もう一つを優先した方がいいのかもしれない。
それは、犯人の誘拐方法の解明である。
あの時、グイっと後ろに引っ張られる感覚のみで、実際に何をされたかはわからなかった。
でも、私の索敵にギリギリまで反応しなかったことからおそらく、二択であると考えられる。
一択目は、長距離を一瞬にして移動できる能力、または道具を持っている。
もう一択は、自分の気配をごまかせる能力、道具持ちの可能性だ。
後者であれば、犯人の拘束、または道具の奪取で済むが、前者で、さらに能力によるものとなると、一気に救出難易度が上がる。
それに、あの魔物の事も気がかりだ。
「う~ん」
どうしようと私はうんうん頭をひねらせ、首を回す。
そうしていると、8歳ぐらいの女の子が、とてとてと私の方にきて隣に座った。
「どうして、そんなに考えごとをしているの?」
突然の質問に私は「ここから逃げるためだよ」と答える。
そうすると、女の子は「大丈夫だよ!」と立ち上がり、両手を広げる。
「だって、お兄ちゃんがたすけに来てくれるもん!」
「お兄ちゃん?」
「そう!お兄ちゃん、すごいの!とうってもつよいの!」
この子がキラキラとした目で話し始めると、周りの子は「はぁ~」とため息をつく。
「いいかげんにしてよ!お兄ちゃんはすごいって言うけど、お兄ちゃん、まだたすけにこないじゃん!」
「くるもん!ぜったいにくるもん!」
女の子は泣き出してしまった。どうしよう……。
私は女の子を励まそうと、女の子のそばに寄る。
「だいじょうぶだよ!きっとお兄ちゃんはきてくれるよ!」
「そう……?」
「そう!きっとそう!おにいちゃんのなまえ、なんていうの?」
私は女の子を泣き止ますために話題を変えようと思って彼女のお兄さんの名前を聞くと……。
「ビンチ」
「え?」
今、結構衝撃的な一言が聞こえた。
「ビンチお兄ちゃん!」
女の子はぱぁぁっと笑顔になる。
——マジか、知り合いなんですけども。
私は、それでもなんでもない顔を取り繕って言う。
「だいじょうぶ!きっとビンチおにいちゃんはたすけにきてくれるよ!」
私がそう言った瞬間。鉄格子の中央に穴が開いて、一人の男が下りてきた。
「名も知らぬ少女やーい?あれ?ここって……?」
もれなくビンチだった。
「お兄ちゃん!」
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