ボスを倒しました
あれだけ多彩な武器の金属音がしたのにもかかわらず、出てきたのはたった一人だった。
「あれ?待っている人いる?ごめんなさい!ここのボス、30分置きにしか出てこないんですよ。
今、倒しちゃったから、ちょっと待っててくれませんか?」
若い男性は、頭を下げると、近くにあった岩場に座り込む。
どうやら、まだここに用事があるらしい。
男性が、「よいしょ!」と言うと、テントがその場で出現した。
男性は、テントに入ろうとしたが、思い出したように私たちに近づいてくる。
「あの、すみません。ちょっと仮眠を取ろうと思うのですが、できれば、あなた方がここの管理人を倒して部屋を出た後に起こしてもらえませんか?もちろん今、倒してしまったお詫びと一緒にお礼もしますので!」
そう言って男性が、空間に手を突っ込むと、魔法でもないのに、男性の手にはいくつかの保存食が握られていた。
私は、慌ててそれを断る。
「いやいや!管理人がちょうど討伐されたのは偶然の事ですし、わざわざそんなものを出さなくても、きちんと起こしますから!」
「でも、あなた方、もう食料はカツカツではないんですか?ここってもう最前線に近いですし」
「それは!……」
確かに男性の言うとおりだ。
荷物はもう帰りの分だけで、食料がギリギリである。
もう、撤退も視野に入れていたが、男性は、しばらく寝てないのだろう。
今にも、倒れそうな様子である。
「……わかりました。お言葉に甘えさせていただきます。ちゃんと起こしますから!」
「ありがとうございます。それでは、私はこれで」
そう言って、男性は戻って、テントに入った。
「あの人、大丈夫かな?」
ムーファが心配そうにしている。
「手慣れているし、ずっとここで寝泊まりしているのかも……」
私たちは、起こすのも忍びないので、小声で作戦を立てることにした。
「えっと、情報によると、ここの管理人は、『シルバーゴーレム』。めちゃくちゃに物理に強い管理人だって。でも動きはそんなに早くないみたい。ムーファだったら楽勝だよ」
「動きが遅いので、一撃の威力を高めて打ち抜く方針でいいでしょうか?」
「それがいいと思うよ」
「はい!じゃあ、そうすることにします」
「じゃあ、ちょっと休憩にして、腹ごしらえでもしようか」
私たちは、さっきの男性からもらった食料を食べる。
これが意外においしい。どうやら、魚を何かしらの方法で調理した物みたいだが、すごくいい匂いで、あっという間にもらった分を食べきった。
「ナニコレ、すごいおいしい!」
「そうですね!これ、保存もききそうですし、何より味がいいですね!」
私たちは、二人で料理を絶賛する。
特に料理のできない私はなおさら。
料理のやり方は、当主教育でも受けていないうえ、これまで外食で済ませることがほとんどだったので、自分で作ることを一切したことがないのだ。
……そういえば、ムーファは料理、できるのだろうか?
「ムーファ、料理ってできる?」
ムーファに話を振ると、ムーファは、少し悲しそうな顔をして、言う。
「すみません。私はおいしいと思うのですが、両親に禁止されてまして……」
「へぇ……」
私が思うに、それはおいしくないからじゃないのかと思ったが、黙っておく。
「私が料理を作ると、なぜか家族はみんな悲しい顔をするんです。なんででしょうか?」
——多分、おいしくないんだと思う!
その言葉を私はそっと飲み込んだ。
「それはおいしく……ふがほが」
ダーミラが余計なことを話そうとしていたので、口を覆う。
話しているうちに、管理人の扉がバタンと閉まる。
どうやら、向こうの準備が整ったようだ。
「じゃあ、行こうか!ムーファ」
「はい!いきますよ!ルエ!バター!」
「ねぇ、僕はー?」
「ダーミラも行くよ!」
私たちは意気揚々と扉に入っていく。中央までくるも、そこには誰も……。
「上だ!」
私は、とっさに皆を抱えて後ろに飛び去る。
おかしい、こんなこと、載ってなかった!躱せなかったら即死だぞ、コレ!
さらに、どう見てもシルバーゴーレムなんかではない。絵と違ってもっとシュッとしている!
「何!?こいつ!」
緊急事態に焦りを隠せないが、それでもムーファは、「それじゃあ、作戦通り、行きます!」
と叫び、後ろの方に下がって、魔法の呪文を唱え始めた。
鈍足なゴーレムなら、きっと大丈夫なはず……。
そう思えたのは、一瞬だった。
「!!危ない!」
そう、ゴーレムは目にもとまらぬ速さでムーファの元に迫り、腕を鋭く剣のようにして、切りつけようとしていたのだ。
「!っ!?」
ムーファは、瞬時に迫ったゴーレムにギリギリでありながらも弱い魔法をぶつけ、バターと協力しながらゴーレムをいったん引かせることに成功する。
「よし!このままいきます!」
ムーファは再び魔法を唱える。今度は、威力が低いが、発動が早い魔法だ。
「やぁっ!」
しかし、その魔法は見切られ、ゴーレムはあっという間にムーファに肉薄する。
私はムーファとゴーレムの間に割り込み、ゴーレムを剣を合わせる。
ゴーレムは、再び後ろに引き、次の攻撃の準備をしている。
「まだまだ!」
意気揚々とするムーファ。
「いや。ここは私がやる」
しかし、私はそれを止める。
「でも!」
「ごめん。でも、あまりにもイレギュラーすぎる。さっきの攻撃も間一髪だったし、なにより後衛アタッカーのムーファにこいつは相性が悪すぎるよ」
そう言って私は剣を抜く。
「それでも、私は……」
「もちろん、ムーファが頑張っているのはわかる。でも、これ以上は危ないよ」
ムーファは目を閉じ、顔をしかめる。しかし、すぐに目を開いて、無理やり笑顔を浮かべる。
「……わかりました。でも、いつか、絶対にリベンジして見せます!」
私は、強く意気込むムーファに笑いかける。
「うん。ありがとう。いつかまた、再挑戦しようね」
そして、私は一つ息を吸い込む。
『時間加速』
その瞬間、何もかもが遅くなる。
私は、つかつかとゴーレムの目の前まで歩いていく。
ゴーレムは未だ剣を振り下ろそうとしている。
「はぁっ!!」
そのまま私は持っている剣でゴーレムの核を打ち抜く。
「ふぅ……『解除』」
私が剣を振って振り向き様にそう言うと、世界は元通りになり、ゴーレムは一瞬の硬直のあと倒れ込んだ。
ムーファは、悔しさのあまり泣き出して膝をついた。
「次は、もっと頑張ります……ルエの足手纏いになんて絶対にならないように……」
管理人の部屋には、ムーファの悲痛な涙声が響き渡っていた。
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