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俺たちは天使じゃないかもしれない

「お!ヒューッ!マブいオンナはっけーん!ヒューッ!」


「ヨオネーチャン!コレカラボクタチトオチャシナイ??」


「フッ…貴様に花をそえてやろう。恋という名の赤い花を…。」


「はぁ?なんですか?あなた達。」


繁華街。人通りの少ない路地でとあるカップルの前に白昼堂々、三人の暴漢たちが立ち塞がった。


「…まったく、せっかくのデートが台無しだぜ。ミサキさん、危ないから下がっていて。」


「は、はぁ…。」


よれたシャッポを被った男の方が女を下がらせ、暴漢と睨み合う。


「ヒューッ!何だお前!俺たちとやんのか?こっちは三人だぜヒューッ!」


「カエリウチニシテヤンヨー!!」


「貴様にも花をそえてやろう。敗北という名の青い花を。」


「ふん……。」


__あっれ、これ人選ミスじゃね?


この三人の暴漢はシャッポの男と事前に示し合わせていた。いわば仕込みであった。

カップルはマッチングアプリで知り合い、男の方が根強くアタックしていった末にようやくデートに漕ぎ着けた。

念願の彼女を得るために三人の腐れ縁に泣きついて、こうして一芝居打っている次第である。


「ヒューッ!一応聞くけどヒューッ!お前、格闘技の経験は?」


__え、今聞くの?早くない?もっと一通り捌いてから聞かれる手筈じゃなかった?


「…プロレス、ボクシング、空手に柔術。剣術も少々。どうぞ、お好きなもんで。」


「…もう一声!」


__もう一声!?って何!?


「……カ、カポエラとか。」


「何っ!?カポエラ…だと…!?」


「アノ“カポエラ”カ…!?」


「ヒューッ!ブラジルの舞踊を源流とした武術であるあのカポエイラかヒューッ!!」


__なんでカポエラだけそんな食いつくんだよ!俺もあんま知らねえよ!


「ヒューッ!こうなったら先手必勝だぜヒューッ!覚悟しろヒューッ!!!」


「へっ、どうやら一度ぶちのめさないと分からないみてえd……。」


「グボァ!ボルテガ!!!」


シャッポの男が拳を構えようとした瞬間、暴漢が遥か後方にふっ飛んでいった。


__だから早えよ!


「ニーチャン!!」


__コイツ兄ちゃんなの!?何その設定!?


「ガハッ…!なんてパワーだぜヒューッ…!これがカポ…エラ……。」


「馬鹿な…!まさか逆にそえられたというのか…!?カポエラという名の武術の花を…!?」


「チクショウカポエラツカイメェ…!」


__もういいんだよ!カポエラは!そんな擦る話題じゃねえだろ!!


「あの…。」


「…どうしたミサキさん。」


「もう、戦わなくていいです。っていうか戦うのやめてください。」


「何言ってるんだミサキさん、俺は君のためなら傷つくのだって怖くない。」


「すみません。言い方間違えました。やめてくれませんか?この茶番。」


「…えっ?」


「「「…えっ?」」」


その言葉の前に四人は時間差で全く同じ反応を示した。


「私、本当に無理なんで。こういうの。じゃ、帰りますね。」


「あ、待って…。」


「はぁーっ、あーあ。何だったんだろうなこの時間。____ぺっ!!」


唾を地面に吐き捨てて、女は去っていった。



 ここは異世界。数多(あまた)の転生者を受け入れ、知識や技術を授かることで急速に文明を発展させてきた反面、こういった箸にも棒にもかからないような転生者もわんさか存在する。そんな感じの世界。


「しかしなんだかんだでカッコいい人だったなぁ、ミサキさん。」


「フッ…どうやら女を見る目だけはあるようだな。その女がお前を見てくれるかどうかは別として。」


「…てか、話が違うだろうがよ。焼肉奢るって言ったから手伝ってやったのになんで蕎麦なんだよ。」


「………。」


シャッポの男は蕎麦屋の一席で腕を組みながらしばらく黙り込んでいた。


「なんだよ、なんとか言えよ。」


「はぁん!!せぇい!!かぁぁい!!」


「うわっ、何?」


「反省会だ!馬鹿野郎!誰が!焼肉なんて奢るか!!」


他に客の居ない寂れた蕎麦屋の一角にシャッポの男の熱の篭った叫びがこだまする。


「まずお前だ、海野!」


「えへへ。俺なにかやっちゃいました?」


「お前が一番やっちゃってるんだよ!何一つ台本通りに動かねえし!その前から怪しいとこあったけどお前が勝手に吹っ飛んだのが一番の致命傷だっただろうが!!」


「いや、でもあそこだけは迫真の演技だったでヒューッ?他はまあそんなに自信なかったでヒューッけど。」


「そのヒューッってやつもやめろ!何で途中から語尾みたいになってんだよ!」


ヒューヒューうるさかった暴漢の名は“海野物郎(うんのものろう)”。見るから軽薄そうな男である。


「次に、源ちゃん!」


「うっす!」


「なんでずっとカタコトなんだよ!普通に何言ってんのか分かんねえよ!あと何だよニーチャンって!?急に変な設定付け足すんじゃねえよ!」


ずっとカタコトだった暴漢…というか金髪碧眼の美少女の名は“根鎌源治(ねかまげんじ)”。見た目はともかく中身は普通におっさんである。


「最後にロン毛!」


「ロン毛って呼ぶな。」


「うるせえよ!花をそえるってなんだよ!そんなゴリ押すほどしっくりこねえよその言い回し!」


花をそえ続けていた暴漢の名は“佐渡一(さどはじめ)”。暗黒騎士っぽい男である。


「監督!俺たちだけ文句言われるのもなんか腑に落ちないんでこっちからも一言いいっすか?」


「え、監督…?俺今、監督なの…?」


監督の怒声を制して海野がスマホを取り出し何やらいじり始める。

海野が開いたのはマッチングアプリのとあるプロフィール画面だった。


「見てくださいよ!監督のプロフィール!」


「うわっ何これ。うわぁ…。」


「諸々見てられんところはあるが、特になんだこの年収は。」


十文小吉(ともんしょうきち)”。このシャッポの男の名前の下に書かれている年収の欄には堂々と1320万の文字が聳え立っていた。


「年収1320万ってなんだよ!普通に嘘ついてんじゃねえよ!」


「バカお前、これは132(ひみつ)って読めるだろ?俺なりの相手方への配慮だよ。」


「じゃ、132でいいだろ!何見栄はってゼロを一つ足してんだよ!」



「ちきしょう…!チキショウ…!俺だって夢見たっていいじゃねえかよぅ。なんだって異世界来てまでこんな惨めな思いしなきゃならねえんだよぅ。」


十文が涙を流しながらたぬき蕎麦を啜っている。


「甲斐性がないからでは?」


「もうちょっとさ。あるじゃん?身とか…蓋とか…。」


彼ら四人は転生者である。カスみたいな能力しか与えられなかったうえ本人たちもカスみたいなものなのでこうして街の隅で夜な夜なくだを巻いていたのだ。


__パップル!スッチャスッチャ♪


蕎麦屋のテレビからマッチングアプリのCMが流れてくる。


__マッチングアプリ、業界最大手“パップル”!なんとカップルの成就率はサービス開始から100%!あなたの運命の人待ってるかも?婚活するならパップル!!


__※R-18です


「成就率100%ぉ?何?カップルになれなかったら消されんの?この世から。」


「100%って文字の見方だいぶ歪んでない?源ちゃん。」


「ふむ。最近やたらと街が色めき合ってるのはまさかこいつのせいか?貴様もやったらどうだ?」


「へっ!やらねーよ。こんなどこぞの転生者の作ったもん。どうせろくなカラクリじゃねえよ。」


この世界では100年ほど前から異世界からやってくる多くの転生者によって雑多な文明が築き上げられてきた。


__えー速報が入りました。本日13:20ごろ帝国都ヒヨコ区において移送中の護送車より同区に潜伏していた魔族…えー種族名“サイクロプス”が脱走したとのことです。近隣住民の皆様はくれぐれもお気をつけください。また警察では情報提供を呼びかけるとともに有力な情報には最大300万円の褒賞をかける方針です。続いてはお天気!ムラジロー!『おっすオラ、ムラジロー。なんか今日はムラムラすっ……』


「ヒヨコ区って…この辺じゃん。」


「300万かぁ、そんだけ有れば女の子にも振り向いてもらえるのかなぁ…。」


「いっそのこと賞金稼ぎ(バウンティハンター)にでもジョブチェンジするか?」


「…あ、脱走したサイクロプスもう顔割れてる。」


いつのまにかスマホを取り出していた海野がつぶやく。


「あ?どんな顔なの?サイクロプスって。」


「ほら、こんなの。」


スクリーンに映し出されたその容姿は単眼であることを差し引いても美青年と言える顔立ちだった。


「うわっ、イケメンじゃん。」


「畜生、サイクロプスでさえこれなのに俺と来たら…畜生。」


「海野、貴様やけに食いつくな。まさかとは思うが…。」


「「今からコイツ探しに行こうぜ。」」


「…とでも言うつもりか?言ったな、今。」


「オラっ十文、お会計だ!」


「うう…ミサキちゃん…!」


「しっかりしろ!女は何もしなけりゃ去っていくけどお金ちゃんは使わない限りずっとお金ちゃんだ。必然的にどっちを追うべきか分かるだろ?」


「うう…!お金ちゃーん!!」


「うわっ復活させやがった。」


「くっ…コイツ金が絡むと無駄に行動力を発揮するからな。」


お勘定を済ませた四人は店を後にする。


「して、目星はついているのか?」


「んなもんないけど、作戦ならある。」


「作戦?」


「全力疾走だ!うおおおお!!」


海野が冬の夜の街を駆け出す。


「どうする…あれ。」


「畜生…!サイクロプスがなんだ…!イケメンがなんだチクショオオオ!!」


十文もそれに続くように走り出した。

仕方がないので残る二人も渋々後に続いた。


「おい!飲んでないのに酔ってんのか!?お前ら!」


「作戦だって言ったろ?こうして街を全力疾走して回れば隠れてるホシは見つかってると勘違いして逃げ始めるという寸法よ。」


「何そのクソ作戦?」


「ひっ!」


__ガタッ!!バタバタバタバタ…!


「えっ。」


疾走する四人が人通りの少ない路地に差し掛かったところ突然、物陰から青年が転びそうになりながらも駆けていった。

その後ろ姿は蕎麦屋で見たサイクロプスの面影とまさしく一致していた。


「いたぞお!アイツだあ!!」


「すげえ!こんなクソみたいな作戦なのにうまくいった!」


目標を見つけた四人はさらにそこからスパートをかけ始める。


「うおお!!逃さねえぞ300万!!」


「ぜっ…!この先は川になっている!この速度では減速するしかあるまい!ここが仕掛けどきだぞ!!」


「あっ…あぁっ!」


水路の欄干に手を付いたサイクロプスの顔に絶望が浮かび上がる。


「…ちなみに賞金は全額捕まえたやつのもんな(ボソッ)。」


「あ!?今小声でなんか聞こえたぞ!?」


「うおおお!貴様らなんぞに一円でも分けてやるものか!!」


その言葉を皮切りに四人は横一列でさらに加速した。


「ひいぃぃっ!!」


__バキッ!!


「「「「あ。」」」」


飛びかかる暴漢四人をサイクロプスは間一髪で避けた。それと同時に勢い余った四人は壊れた欄干ごと冬の川へ落ちようとしていた。


すんでの所で川の縁に両手でしがみついた十文の足に他三人が速やかに直列になる形でそれぞれしがみつく。


「いだだだだ!!まって、お前ら何で人の足引っ張る時だけそんな手際いいの!?昼間あんなんだったでしょ!?」


夜の寒さと三人分の体重が速やかに十文の指の力を奪い取っていく。


「ちょ、もう無理!限界だから!このままだと全員死ぬって!ねぇ!何でみんな真顔なの?足引っ張ってる自覚ある!?」


三人に自分だけ助かろうという意志はなかった。ただ、「コイツだけ助かるのは許せない。」そんな強い意志を示すような真顔だった。


「あ゛あ゛っ゛!!」


とうとう十文の指が縁から離れた。


しかし、その瞬間十文の両腕が何者かによって支えられる。


「なっ!?お前…!?どうして……?」


「うぅ…!うぅ…!」


そのサイクロプスは涙目になりながら震える両手で四人を吊り上げていた。



とある廃雀荘のストーブに火が入れられる。

ここは四人がとりあえず雨風だけでも防ぐために共同出資で購入した物件である。


そして、小刻みに震えるサイクロプスの前に山盛りの炒飯とわかめスープがお出しされた。


「こんなもんしかないけど。」


「あっ!ありがとうございます!!」


感謝の言葉とともにサイクロプスは食事をかきこむ。彼は帝国警察に捕まってから丸一日、何も口にしていなかった。


「へっ、礼を言いたいのはこっちの方だぜ。ただでさえイケメンなのに中身までイケメンときたら完敗だよ。」


ボロボロのソファに足をかけながら十文が口を挟む。


「そんなことねえっス…オデも咄嗟のことで身体が勝手に動いちまっただけっス。」


「オデくんはさ、なんで魔界からこっち来たの?別に悪さしようとしてるようには見えないんだけど…。」


「オデくん……?あぁ、オデはただ兵役から逃れるために故郷から離れていったらいつのまにかこっちに来ちまってただけっス。オデ…他のサイクロプスと比べて体も小さいし力もないから。」


ちなみに、魔界と帝国はただいま絶賛戦争中である。


「そういうことだったのか。だが、こうなってしまった以上ここに居続けるのは危険だろう?海野、貴様の訳のわからんコネでこのオデくんを魔界に送り返してやることはできんのか?」


「え?まぁお安い御用だけど…。」 


「それはダメっス…!」


オデくんが申し訳なさそうな顔で立ち上がる。


「オデ…リョウコのこと助けないと。」


「リョウコ?」


「こっちに来てからオデのこと匿ってくれた人っス。3日くらい前から急に家を出ていってしまって…それで探しに行こうとして警察に見つかってしまったっス。」


「そっか、そんな人が…そのリョウコさんって女の人かな?居なくなる前になにかおかしなところなかった?」


「それが…3日前のあの日、突然必勝祈願のだるまを抱えて『私この人と結婚する』と言って飛び出していってしまったっス。」


「うん。……ん?」


その言葉に四人ともフリーズする。


「必勝祈願…あれ?ゴメン。俺、ちゃんと聞こえなかったかも…リョウコさん誰と結婚するって?」


「…その、だるまの…置物っス。…嘘じゃないっス。」


「オデくん、非常に聞きにくいんだけど…リョウコさん日頃から心の中に大きな闇を抱えてなかった?あるいは庭先で変な匂いのする植物栽培してたり…。」


「ち、違うっス!リョウコは健全なただの会社員っス!オデだってこんなこと信じられないっスけど…。」


「ごめん、ごめんって。でもオデくんを差し置いてだるまと一緒に駆け落ちするってどういうことだと思う?源ちゃん、なまじ女の視点から見て。」


「ええっ…!ちょ、俺に振んなよ!わかる訳ねえだろ!」


「…ま、常識的に考えてもわけわからんよな。」


「そして、常識的に考えて訳のわからんことは大抵、転生者の仕業だ。」


「て、転生者っスか?」


「ああ、厳密に言えば俺たちも転生者なんだけど…それはいいとして。リョウコさんがおかしくなる前、変なやつに会ったりしてなかった?」


「変なやつ…?あっ!そういえばリョウコ、ここ暫く昔マッチングアプリで知り合ったっていう男に付き纏われてたらしいっス!オデ、こんなんだから守ってやることもできなくて…。」


「そうか…問題はそれがどこのどいつかだが…。」


__プチッ!


突然、部屋のテレビに電源がついた。


「っだぁ!?びっくりしたぁ!!なんだこのクソTVオラァ!やんのかコルァ!!?」


「源ちゃん、テレビに喧嘩売るのやめて。」


__本日はあの“パップル”の開発者、“ペペピポパコ太郎”さんに来ていただきました。


__パコパコ〜!みんなのキューピット、パコ太郎パコ〜!!


モニターに全身ピンクのどぎつい男が現れた。


「けっ、こっちが大事な話してるときに胸糞悪い。さっさと消そうぜ。」


「…!待ってくださいっス!この喋り方…リョウコの電話から聞こえてきた声と同じっス…!」


「…!?そいやあのアプリ、転生者が作ったとか言ってたよな?」


「ああ、あの成就率100%の?…まさか。」


「……なるほどね。」



某日、豪華客船にてとある婚活パーティーが執り行われた。

主催者はペペピポパコ太郎。異世界からの転生者にしてマッチングアプリ、“パップル”の開発者である。

総勢二十名前後の男女がフロア内で向き合う。


「それでは男性陣の方からお名前をお願いしますパコ〜。」


真っ先に口を開いたのは”あの四人“だった。


「年収1320万です。」

「年収1320万です。」

「年収1320万です。」

「年収1320万です。」


「…いや、年収じゃなくてお名前をね?」


「「「「年収1320万です。」」」」


「……。」


__これ人選ミスじゃね?

次回、「俺たちは天使だったかもしれない」


完結できたらいいな

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