……誰ですかこれ(目逸らし)
その男は、パトレア。
知らぬ名ではなく、いや、それどころかよく知る名前ですらあり……そしてそれゆえに、今ここにいるのは間違いなく異常なキャラクターの名だ。
『………へぇ、なるほど。あんた最初からそっち側だったわけか。通りで幹部の皆様がおめおめ敗北するはずだ』
「いやはや、内通というのはなかなか疲れる仕事でして。あなたが思うほど簡単ではないですよ─────裏切りというものは」
彼の自己紹介にゆれた心を押さえつつ、俺はことの顛末を一瞬で察し演技を続ける。
……まったく、彼がここにいるはずがないなどと、我ながらどうも面倒臭い誤算をしていたものだ。
俺の前で怪しく笑う元幹部の裏切り者。
彼のことを見て、実際はひどく喜ばしいはずなのに苛立たしく思う自分がいる。
──────何故、喜ばしいかって?
そりゃ簡単だ。
彼は…………言うなれば、攻略対象の一人、なのである。
◇◇◇
パトレアは、ある種特殊なキャラクターだ。
彼は一周目においては、まず敵として初登場を飾る。
宵闇の忠臣の中でも頭がキレる人間として、影が薄いながらも幹部として立ち振る舞う様子がよく見てとれたキャラだ。
多分結構活躍すんだろうなーと、初見で思った記憶がある。
そして、実際彼はシナリオ終盤で大立ち回りを見せるのだ。
ただ──────それは味方サイドで、ではあるのだが。
彼は警察から宵闇へと送られた百の顔を持つ諜報員であり、内通者として複数の作戦を未然に処理していたことが発覚。さらに、ストーリーでも何度か主人公たちの救命をしていたことも分かる。
そして、最終決戦において遂に華麗な裏切りを果たし、こちらを必勝へと導くアンリヨールの情報を手渡すのだ────。
と、そんな感じで、彼はストーリーに大きく関わり、またそのデザインも程々に力が入っている。
多分逆張りなオタッキーたちは普通に推しにするレベルである。
そんな彼は、実際攻略対象の一人として二周目以降にフラグが立てられるようになる。
まああんまりCGは多くない、所謂おまけキャラだが……一応対象だ。
(尚、一つ注意すべきは隠し攻略キャラではないこと。彼は二周目以降普通にフラグ管理表に名前が載る。グリムとは違うのだ)
ちなみに、幼少期の遭遇難度ランキング上位である。
グリム遭遇のための周回、お前の所為で何人のレインがデータの海に消えたか…………!
とまあそんな複雑なキャラ設定を持つ彼だが………しかし、今ここにいるのはおかしい理由がある。
彼は先ほど「元幹部だ」などとほざいていたが……実は、それはおかしい。
まあ「裏切った」というくらいだから、今回の教会侵入作戦の失敗は彼が情報を横流しして、それを司教たちが叩いたとかなのだろうが、これだと時系列に乱れが生じてしまうのだ。
ゲーム本編の裏切り後において、彼の宵闇の忠臣加入はこの「アンリヨール解放事件」がきっかけであると語られている。なんでも、この件で警戒を強めた警察側が何人かの密偵を宵闇へと送ったのだとか。
まあ、今まで完全に無名、特に目立った悪事もせずにひっそり活動してきた組織が、一躍国内最大の裏組織と成り上がったのだし当然の判断だろう。
で、だ。
じゃあ今回ここにいる理由は?
と、なるのは当然な流れのわけで。
つまり………事件直後の現在に『既に組織を裏切っている』状態なのは、もう言い逃れできない程の矛盾となっているのだ。
一瞬、ゲームでパトレアが嘘をついていた可能性を考慮する。……が、それはないと首を振った。
わざわざそんな嘘は必要がないシーンだったはずだし、そもそも設定資料集みたいなのにも直前まで○×窃盗団に潜入とか書いてた気がするからだ。
うーん、なのに何故……まあ、本人に聞いてみるとするかね?
俺はそう思うと、なるべく宵闇の忠臣側らしく、
『はー……幹部様も人が悪い、裏切り者は教えてくれりゃあいいのにさ。─────あんた、いつからここにいたんだっけ?』
と聞く。
あたかも裏切り者について知りたがる下っ端ロールは崩さない。
するとパトレアは最早隠す必要もないとばかりに話し出す。
「あー、確か五年前か……ほら、覚えてますかね? サクリシアの竜災、アレこそが私を宵闇の忠臣にさせたんです」
『ほう、そりゃまた何故』
「そんなの、大きく勢力を拡大したから、しかないですよ。竜災における行動のスピードはぴかいちだったって現場の人から聞いてました」
『光栄なことだなぁ』
「少しでも人助けに役立ててればそう言えるんですけどね。あんたらの速度といったら最初から竜災が起きるのをわかってたみたいだったそうじゃないですか。警官たちから火事場泥棒の天才とか言われてましたよ」
ドヤ顔をする俺を冷たく見つめるパトレア。
なんとも悪役と正義の味方らしいやり取りである。
そんな遊戯じみたやりとりの中からだったが、少し、今回の原因というものが掴めてきた。
どうやら、あの竜災において何かイレギュラーが起こったらしい。
ゲーム本編にない何か、が。
うーん………そんなの、特に思いつかないんだけどなぁ。
ゲームにないってことは、当然俺が自由に動いた結果か何かなわけだが……何が悪かったのか? 動きか? 時間か?
……いや、それはない、と即座に自分を否定する。
俺の動きは完璧だった。ほとんど誤差なく仕事を終え、実際災害の被害もちょっとゲームより多いくらいで済んだし。
てか今思えばそれがこいつらの被害分だったんだろう。そう考えると、ますます俺にミスなどなかったように思える。
(宵闇の忠臣……竜の山………圧倒的早さ……)
………? なんだ、なんか今引っかかったな。
一瞬ではあったが、今の複数のキーワードが俺の直感を震わせる。
もしかして、この中にヒントがあるというのか……?
山、山で宵闇関連のことといえば、あの密偵だろう。竜と俺の戦いを目撃してさらに組織にその情報を持って帰ったという超有能だ。
彼について、何か忘れていることがあるというのか。
おれは必死にない頭を絞って考える。
うーん、しかしあそこで情報を持ち帰ってもらわないと宵闇が竜災にて勢力拡大できた、という設定に当てはまらないし……多分あいつらの行動が早かったのってこいつのおかげだよな? だからそれはおかしくないはずなんだが。
と、ここまで考えるとまた俺の直感がそうではないと告げた。
なんだ、何か誤謬があるっていうのか、俺の勘の癖に文句の多い奴め。
密偵、グリム、設定……………………………
あ。
グリムが密偵とか見逃すわけなくね????
『しまったー!!!!!!!!』
それを思いついた瞬間、俺は大絶叫した。
流石に今回は心の中に抑えることはできなかった。やっべパトレアこっち見てるって。
どうやら俺は、設定に囚われるあまりにロールプレイという基礎を忘れていたらしい。
「え、えと、どうしたんですか急に」
俺の豹変ぶりがあまりにイカれているので、パトレアは不安になったのか心配そうに声をかけてくる。
敵に対してそんな対応すんなよとか色々言いたくなるが、それはただの八つ当たりとわかっているのでここではグッと我慢。
『ハハハキニスルナよ、今絶賛我が人生最大の後悔に襲われているだけでゲス』
「口調と声色が先ほどにも増しておかしく……!」
うっせキャラ変だよキャラ変。
さーて、大体今回の原因はわかった。
俺があの山で見逃した一人の密偵、あれが俺の計画を狂わせてしまったわけだ。
事前情報が入った分ゲーム以上に規模を急拡大させた宵闇の忠臣は見事警察のお眼鏡にかない、諜報員としてパトレアが派遣されてしまったわけだな。
うん、もはやこれは取り返しのつかないガバだろう。すでにパトレアというキャラはこのゲームにおける役割を終えてしまったのだ。ならば再登場などもってのほか。
というか、今思えばゲバルトが異様にアタッカーっぽくなってたのもこれのせいか。あいつ仲間に裏切られてイライラしてるところだったんだな………くそ、もっとちゃんと理由を考えるべきだった。
こうなれば、ゲームからの多少の改変は覚悟するしかない。諜報員が別の人間になるし、その彼とはいくらレインとはいえフラグは立てられまいから、パトレア関連のスチルはもう回収不可能と見るべきだ。
く、くそう。何故にこんなことに……俺はただ真面目に宵闇たちのことを思って見逃してやろうと……
と、いくら後悔しても遅い。既にことは取り返しのつかない段階まで進んでいる。
俺がいくら嘆いたところでパトレアはもう宵闇に戻ることはないのである。
『フ、フフフ』
つい、笑みが漏れる。
─────許せん。
心の奥から、怒りが湧き上がってきた。
─────俺の計画を狂わせやがって。
相手からすれば傍迷惑な、理不尽な怒りが、俺の身を焦がす。
─────こいつ、ブッ飛ばしててやる!!!!
色んな意味で酷い理由でテンションをぶち上げた俺は、改めてかの悪魔復活への決意を改める。
『オラァ! もうなんでもいいからシナリオ強行突破じゃあ!!』
いいもーん! どうせお前端役だしー! 以前レインは主人公のままだ!!
『食らえ、聖核の簒奪!!!』
「うわ、急に!? お、お助けー!」
そして、俺から放たれた大量の光線とそれを遮った光の球が開戦の合図となるのだった。
ってか、光の球? 今の神術だよね? もしかしてまだ人いるの?
「そりゃいくらなんでも聖域内で部外者一人というわけにはいきませんよ」




