竜の巫女モノトの観戦と激走
前回の続き
スカロウと話をしてから少しした頃のことだった。
「────ん、来たか」
私は突如として頭に浮かんできた『映像』を見て、そう呟いた。
「え、来たって……何がですか?」
なんの前触れもなく急に変なことを口走ったので、スカロウがそれを怪訝に思って尋ねてきた。
本当なら、秘術なのであまり教えることではないが……まあスカロウだし、別にいいだろう。
私は伏せるべきことは伏せて、スカロウにその概要だけを教える。
「今、挑戦者が竜に接触したっぽい。竜がこっちと視界を共有してきた」
そう、今私には二つの視界が同時に見えている。
一つは、今自分が見ているこの視点。そしてもう一つは、竜が見ている山の頂上の視点だった。
そこには、魔法の靄を被った不審者が変な声を出しながら竜と雑談している様子が映されている。
「視界を共有、ですか……?」
スカロウはあまり言っている意味を理解できないようで、顔に疑問符を浮かべて小首を傾げている。
だが、これは魔法や神術と比べてもとんでもない超技術だ。スカロウもまだ小さいし、理解できなくても仕方がないだろう。
「別にちゃんと理解しなくていい。今は、上の様子が見れるってことだけ覚えろ」
スカロウが知恵熱を出さんばかりに頭を悩ませているので、私は、あまり気にする必要はないと伝えておいた。
実際、少し悩んだくらいで仕組みが暴かれたら「秘術」の名も形なしである。いくら考えても無駄なら、考えない方がいい。
「ただ……どうも雲行きが怪しいな?」
私はスカロウが落ち着いたのを見届けると、改めて竜の視界の方に意識を集中させた。巫女に話も通さず試練を受けると言う蛮行に加え、超高速で山を登る技術に、正体を一切明かさないというその挑戦者のことを、少しでも知るためだ。
だが、どうも竜と挑戦者の話が拗れていっている。竜を全く畏れないのもそうだが、この挑戦者は、過去の挑戦者とは様子が違うようだった。
『どうやら自分は見下されないとたかを括っているようだが……どちらが真の強者か、教えてやろうではないか』
脳内に、幻の音声が響く。
そしてその時、先ほどまで拗れに拗れていた会話が、ついに崩壊したと言うことを理解した。
『人の分際で、よくぞ─────よくぞそこまで言ったものだ! ならばよかろう、我も貴様に教えてやる! 貴様が思うより、超人の壁は高く険しいと言うことを!』
そしてその瞬間、竜の視界が大きく揺れる。怒りで視点を保つことすらできていないらしい。
「は〜〜、くっそめんどくせぇ〜」
最早雰囲気は一触即発、と言うより既に完全崩壊だ。互いに臨戦体制で、今まさに試練が始まろうとしている。
挑戦者の方は、実に傲慢な立ち振る舞いでそこに立っている。どうやら自身の勝ちを確信しているようだ。
竜はそれが気に入らないのか、逆に全く余裕を感じさせず相手を威嚇している。だいぶ理性がやられているらしい。
「おいおい、これ試練だからな? くれぐれもルールは違反すんなよ? ………くそっ、こっちからの音はきってんのかよ……」
見張りもいないのに最悪の雰囲気で試練が始まろうとしている。
試練で死者が出ることは容認されているものの、こっちの落ち度で人が死ぬのは流石に寝覚が悪い。
「おい、スカロウ! 多分試練終了には間に合わんが、なるべく走るぞ! 到着は早い方が後処理が楽だ!」
例えば死にかけの人間の救命とかな!
そう言われると、スカロウはすぐに威勢よく返事を返してくれた。
あまりこいつに無理をさせたくはないが、今回は緊急っぽい。ちょっときついだろうが、少しとばそう。
「よし、行くぞ!」
私は両方に肉体強化の魔法を重ねがけ、そして頂上へ向けて一気に走り出した。
◇◇◇
既に山を登り始めてから数時間が経ち、もうすぐ日付が変わるころだ。
竜喜祭当日にまでこんなことを続けられるのは迷惑甚だしいが、どうやらそれも、もう終わるみたいだ。
「うーん、これ、もしかして挑戦者が勝つのか……?」
どんぱち魔法を打ち合っている様子を見ながら、私はぽつりとそう呟いた。
いや、本来ならそんなことはあり得ない。
竜はやっぱり初っ端からフルスロットルで相手をしてたし、相手の力量もその状態の竜と戦えるほどじゃない。いいとこ私と互角だろう。
もちろん道具や戦略によってそれ以上の実力をひき出しているものの、竜を倒せるほどじゃない。
だが、これは人の視点を借りているからこその違和感というか、なんというか……
「なんか、動き遅くなってんなぁ……」
そう、竜が弱くなっているのである。
何をどうやったのかは知らんが、竜の動きが明らかに鈍っている。最初の頃の動きのキレが、今の竜には全く見えん。むしろトロい。
これは、多分次接近して来られたら竜は躱せないだろう。
「んー、これは監督官の役目はもうなさそうかなぁ〜」
現状どこにもルール違反もないし、挑戦者もなんだかんだ無事っぽい。
流石に私たちが辿り着くまでに竜はやられるだろうし、私たちは玉の魔力の補給をしたらさっさと帰ることになりそうだ。
「ちぇっ、無駄足だったか……」
もう山の三分の一を登っておいてなんだが、とても帰りたい気分である。
だが玉の魔力補填は必要なので、結局私たちは上に向かうしかない。
まあとりあえず、スカロウに慌てる必要がないこと伝えて、適当に山登ってくか。帰りは竜に頼めばいいし。
などと適当に頭の中でこれからの予定を組み立てていく。
多分今頃DIMAとかは大騒ぎになってるし、私が不在なんで相当焦ってるんだろうな〜。もう少し置き手紙とか残しとくべきだったかも。
ああでも、それこそあの室長がなんとかするかな? なんだかんだアレ優秀だし。
などと思いながら山を走っていると、遂に挑戦者が動いたのが見えた。
最初の高速移動の強化版だ。この様子を見るに、ここまでの動きは全部計算だったんだろう。竜としては、完全敗北というわけである。
そしてそこからは、自分の読み通りに事が動いていった。
予想通り相手の撹乱に竜はついていけておらず、思考スピードでは追いついているようだが、明らかに目線が追いついていない。そして、各所から撃たれる魔法や攻撃にさらに撹乱されてしまう。
その状態がしばらく続いてから、一気に挑戦者が距離を詰める。
ああ、これでやっと試練も終わり───────
「…………………………………は?」
最初、何が起こったのかわからなかった。
ただわかるのは、挑戦者が急に軌道を変えたということだけ。
そして私の読み通り、竜はそれに対応しきれず、ついにソレに触れられてしまう。
ただ、一つ予想外だったのは………
『ソレ』が、光の球ではなかったことだった。
「あ、あの、どうかされましたかモノト様?」
スカロウの声が横から響いてくる。
どうやら、急に動きを止めた自分のことを心配してくれているらしい。
だが、今の私にはそんなことを構っている余裕などなかった。
なぜなら……竜が、逆鱗を触れられていたからである。
何故? 何のために? 馬鹿なのかこいつは?
頭の中を疑問の渦が掻き回した。
理解不能の行動、これから起こることへの焦燥、それら全てが私の胸に去来していく。
『おい! どうせ見ているのだろう!返事をしろ巫女!」
私が焦りによって平常心を失いかけたその時、脳内に竜の声が響いた。
竜が普段人間に言葉をかけるのに使う通信だ。
最後の理性と魔力をフル動員して、こちらに相談をしてきたのらしい。
その声によって私は俄に我を取り戻す。
それから、少し気持ちを整えてから竜へと応答した。
『当たり前です! それより、状況は!?』
『ふん、悔しいが、最早一刻の猶予もない。恐らく暴走は防げんな。まだここにくるのに時間がかかるのだろう?』
『……っ、はい。恐らく、朝までかかるかと』
私はその事実に歯噛みする。
私がもっと早く行動していれば、あるいは今その場にいれたのかもしれない。そうすれば、竜に処置を施し、暴走を防げたかもしれないのに。
『申し訳ありません。従者を連れてきたのは失敗でした』
私が後悔の念からそう謝ると、竜はそれを気にしないと言ったような大雑把な口調で返答をした。
『良い。このような事、我も読めなんだ。人の身では致し方あるまい』
『……申し訳ありません』
『いいと言っているだろう。……それより、今はこれからのことだ。暴走の件はお前に任せるつもりだが、現状我にできることはあるか?』
竜の問いかけに、私は改めて思考を切り替える。
もう、暴走は止められない。ならば、無駄なことにくよくよ悩んでいたって仕方がないだろう。
とにかく今は、できることをしなくては。
『……取り敢えず、今はその者から情報を得てください。とにかく、相手のことが謎すぎる』
『承知した。では、暴走前に一芝居、打つとしようか!』
それきり、竜の声は聞こえなくなった。
普段なら話しながらの念話も容易くやってのけているというのに、どうやら今はそんな余裕すら無くなっているらしい。
最早、竜とのこれ以上の交信は望めないだろう。
そう判断した私は、竜同様、自分のできることをやることにした。
私は体を急いでスカロウの方に向け、なるべく非常時であることを示すような顔で語りかけた。
少しの言葉すら惜しい。スカロウには申し訳ないが、なるべく手短に伝えさせてもらおう。
「スカロウ、マジでやばいことが起こってる。詳しい説明も今は後回しだ。兎に角……山頂に急ぐぞ!!」
理由も何もない、単純な言葉。
だが、私は知っている。スカロウはそのことに文句を言わないということを。
私はいつも、こいつに頼りっぱなしだ。どこか利用しているようで、負い目を感じないこともない。
だが、今はそんなことを考える時じゃない。
このことの精算は、きっといつか必ずしよう。だから今は、なるべく早く山頂に!
私たちは先程迄よりもさらに速く、その山を駆けて行った。
◇◇◇
「おーおー、これはひどくやられちゃって……」
私たちが山頂に着いた時、そこには既にただの殻となった竜の肉体が斃れていた。
その見た目からは、威厳に満ちた竜の姿を想像することは全くできない。何の生気も感じない、ただの『物』だ。
見れば、見事に頸の鱗が一枚破られている。だが、そこから漏れ出る魔力は僅かであり、その肉体が完全に機能を停止していることを示していた。
既に時間は日の出を過ぎ、最後の通信からは、もう六時間経つ。
空には、春の朝の太陽が浮かんでいる。
その光は暖かく、そして今日という日を祝福しているかのように眩しく輝いていた。
きっと、街にいる何も知らない市民たちは、その朝日を清々しいものとして崇めているのだろう。
だが、私は知っている。それが、嵐の前の静けさだということを。
これから六時間もすれば、竜が全てを灰燼に帰してしまうことを。
「……でも、それを防ぐのが、私の仕事なんだよ」
私は、抜け殻となった竜に、小さく言葉をかける。
それは、私なりの決意表明であり、そして、聴こえるはずもないけれど、竜を少しでも安心させようとこぼした言葉でもあった。
「モノト様ー! 簡易拠点の用意できましたよー!!」
遠くから、スカロウの声が聞こえてくる。
どうやら、先程命じて置いた拠点の設置が終わったらしい。
「これから、私は少しの間眠りにつく。多分、五時間くらい。お前とやるのは結構手間だから、少しでも体力を回復したいんだ」
「だから……おやすみ、また、昼に会おう」
そう言って私は優しく竜の肉体を撫でた。
それから一気に振り返ると、もうそちらの方に一瞥もくれることなく、スカロウの元へと走る。
次起きたら、久しぶりに本気で巫女の力を使うことになる。
だから、今だけは、あの子と一緒に、いつものように眠らせてもらおうじゃないか。
嵐の前の静けさは、誰にだって、あるんだ。
私は胸にかすかな決意を秘めながら、スカロウへと手を振った。
はい、次回にまた続いちゃいます。
前回は中途半端だったので、こっちと併せて後書きします。
というわけで、グリムに振り回された二人のお話でした。
色々あってこいつらも大変ですよね。まあ全部私のせいなんですけど。
なんと、実はあの竜との問答は全て演技だったわけですね。
最初竜が驚いている台詞以降は、殆どが情報を引き出すためにとられています。まあ普通あんなに会話しないよなっていう。
そこらへん、少しはグリムも感じ取っていたらしいですね。(読み直してみよう!)
ま、全てが演技だったとは、言いませんけどね!
それから竜の巫女の術ですが、基本的には魔法です。スカロウに施したやつとかもそうですね。
ただ、視界共有や竜通信は、仕組みは魔法なんですが、由来が普通のものとは異なります。
つまり、あれらの魔法は人の技ではなく竜の技です。(伝承回で巫女の奇蹟を竜の技、と言ったのはそのためです)
何が言いたいかというと、竜の巫女とはすなわち、竜を魔法の師に持っているという事です。
だからといって強いわけではないですが、本来の魔法ではできないことが色々できます。(できることができないこともある)
要はOSが違うようなもんで、適合する魔法も違うわけですね。
尚、竜の魔法は竜から加護もらわないと使えないので、コピーしたりは不可能です。(加護=竜の巫女化)
そもそも人には使えないから、「竜の技」な訳ですし。




