嬰逆鱗 その5
右、左、右、もう一度右………
なるべく竜のブレスをこちらへ向けぬよう、俺は各方向から的確に竜を狙い魔法を放っていく。
しかし、竜も流石の強さだ。その全てを難なく撃墜し、そして即座に俺へとブレスを吐いていく。
激しい衝突音がそこかしこで鳴り響き、そして眩い閃光が目を焼いていく。
つつ、と一筋の汗が頬をつたった。
『クソッ、埒があかんな』
つい、口から愚痴がこぼれてしまう。
だが、こんなに魔法を使い続けたのは初めてなのだ。多少のボロは勘弁してほしい。
とその時、いくつかの閃光が俺の足元スレスレを射抜いた。
これで、三度目の突破だ。
防御がままなっていないことを示すその攻撃に、俺の焦りはさらに加速する。
「フハハ、先程までの威勢はどうした! すっかり攻撃が届かなくなったぞ!」
俺の焦りを勘づかれたのか、竜が俺を挑発してくる。
随分と安っぽいが、しかし今の俺の精神ではそれすらも受け流せない。
その言葉を聞くと心が乱れて、ただでさえ不安定な魔法構築がどんどんブレていく。
だが俺はそれを表に出すまいと、竜へと憎まれ口を叩いた。
『ハッ、 お前に花を持たせてやろうという心遣いだ! 今だけは何も考えずに享受をしておくがいい!』
これを聞いた竜は、今まで以上に顔を顰める。そして、ブレスをより雑に打ってくるようになった。
ふぅ、あっちはデフォで挑発が効いてくれて助かった。
ひとまず安心するが、しかし限界が来ているというのも事実。そして、竜の言った通り、撃ち落とされる攻撃もどんどん増えている。
このままではジリ貧で、いつかはあのブレスに身を焼かれてしまうだろう。
それを回避するためには、この状況を変化させる一手が必要だ。
そう、全てを変える大きな一手が。
────────────やる、か?
ふと、そう思う。
正直、まだイケるという確信はない。
これが通用するという証拠も、確かなのかわからない過去の文献だけ。
事を急いては仕損じる、と、ここまで慎重に温存してきた最後の作戦。
その実行の時が、迫っているのかもしれない。
「ん? どうした、急に威力が弱まったようだぞぉ?」
竜の煽り声が聞こえてくる。
だが、今はそれに構う余裕がない。ここで出た結論が、勝敗を左右するのだ。
──────少し、時間が足りない……いや、ここであの魔法を打てば………いける、か?
頭の中で、作戦のことを思考する。
どうすればいいのか、本当にできるのか、いつやるべきか。
グリマニアの優秀な頭脳で、ミスをする事なく試行する。
……だが、これで失敗すればもう打つ手はなくなる。
失敗すれば、本当の意味で「敗北」だ。逃げ帰る以外できることはない。
それでも、本当に俺はこの作戦に今賭けるのか?
「今が好機! 貴様を此処で叩き潰してくれようぞ!」
竜が叫ぶ。
そして、全ての魔法を体に受けながら、まっすぐこっちに突進をしてきた。
──────さあ、どうする……! やるのか、やらないのか!
今、ここで決めるんだ!
…………………………………………そんなの、答えは一つだろう。
「さあ、地にひれ伏せ!」
竜の鉤爪が、俺の脳天に振り下ろされる。
『────透き通った天蓋』
「……………んなっ!?」
驚くのも無理はない。今にも爪が届かんとしたその瞬間、突如として俺の周りを透明な膜が覆ったのだから。
その膜は俺を傷つけようとしたその爪を決して通すことはなく、そして……。
「グォっ!」
竜を弾き飛ばした。
それを見届けた瞬間、俺は大声で宣言する。
『さあ、決着の時だ! 今見せよう、我が奥義を!』
『──────跳躍・縮地型』
俺の体が跳ねる。
◇◇◇
挑戦者が魔法を発動した頃、竜はゆっくりとその体を起き上がらせていた。
二十もの、文字通り人「影」がそこらじゅうを飛び回るのをしっかりとその目に収めながら、竜は立ち上がった。
その心には、再び同じ事をする挑戦者への呆れや失望があった。
「グゥ……ふん、またそれか。そんなもの、落ち着いてみればどうということはないと、『させると思うのか?』
目の前に、挑戦者の姿が見えた。
焦って落とそうとして尾を振るうが、それは空を切る。
その人影は、その尾があたる前に後ろへ下がっていた。
「クッ、速度が上がっているのか?」
『その通り! そして、それだけじゃあない』
どこからともなく聞こえてくる声が竜の心を不安にさせる。
何をするのかわからない相手へ、十分な警戒を怠る事なく前を向く。
そして、声が聞こえた。
『凍てつく槍』
パキパキパキパキ……
透き通った音を立てながら、そこら中で氷の結晶が形作られていく。それは、少しずつ少しずつ、鋭利に研ぎ澄まされていた。
それは、勿論自然のものではなく魔法の精製物だ。
そしてそれが、一斉に竜へと射出される。
「ぐ………舐めるなぁ!!!」
いくつかの槍が体に突き刺さる。鱗のおかげで深くまでは刺さっていないが、それでも痛いものは痛い。
だが、竜はそれに怯む事なくブレスを放った。
竜のブレスは、光を放てど熱は持たない。
それは単純な魔力の塊であり、ただ衝撃を与えるのみである。
しかし、それでも流石に竜の魔力。
その威力は凄まじく、ただの氷にすぎない魔法の氷は次々と粉砕されていく。
砕かれた粒子は宙を舞い、ブレスの光が反射をして幻想的な風景を作り出していた。
惜しむべきは、その光景を見るものは2人しかおらず、そしてどちらもそんなことに注目していられない、ということだ。
詩人や写真家がいれば、さぞ美しい作品が語られていくであろうに。
しかし、そんなことは今この瞬間大切なことではない。
そんな表情をして笑う人間が一人。
(ああ、楽しい! 今、この世界に来てから俺は一番イキイキしている!)
彼は、最高にこの戦いを楽しんでいた。
どんな風景や財宝を見るよりも興奮していた。
そして…………そして、もうすぐ終わるこの戦いを残念に思っていた。
◇◇◇
クソッ、クソッ!
竜は苛立っていた。
それは、決して負けているからではない。
実際のところ、今に至るまで光の球には相手を近づけさせていないし、攻撃を浴びているとは言っても対処できないほどのことでもなかった。
今、竜の心を煽るのは、この状況そのものである。
人間如きから一度使った手を使われ、しかも一度対応したはずなのに、今はそれに翻弄され未だ攻略できていない、という屈辱的事実。
それが、竜の心の平穏を邪魔していた。
(たかだか人間風情に、この我が手玉に取られているだと!? そんなことはあってはならない、あってはならないのだ!)
冷静に状況を分析しようとすればするほど、冷静さを欠いていく。
そんな状況では、当然相手を攻略できるはずもなく、今まで以上に動きに踊らされてしまう。
そして、それがさらに竜の怒りを逆撫でする。
そんな負のループが、既に形成されていた。
しかし、ふとここで竜は我に帰る。
怒りが一周回って落ち着いてきたのだ。
そして、竜は自らの異様なまでの単調思考や、それらがあの挑戦者によって誘導されているものだということに気づいた。
それから今までの自分のことを改めて見つめ直すと、自然にこの状況を客観視できるようになっていた。
(ふむ、よく考えてみれば、奴には決定打がないではないか。いくら攻撃をされようと、我は全て撃ち落とせる。そうなれば先に倒れるのは脆弱な人間の方だ。つまり、我が勝利は決して揺らいでなどおらなんだ)
冷静に考えればわかるような事なのになぜあれほどまで焦っていたのか、と竜は過去の自分を笑う。
そして、竜は勝利への方法を完全に確立した。
(今ここで脅威たり得るのは、一度目と同じ超高速での突進のみ。なれば如何に速度が上がろうと、氷の礫が我を襲おうと、一度目のように対処可能だ。つまり、我が勝利は火を見るより明らかである!)
そう考えると、竜は一気に自信がついてきた。
体からは一気に疲れが吹っ飛び、そして勝利への興奮が湧き上がる。
竜は注意深く挑戦者を観察した。
相変わらず速い。だが、しっかりと見れば捉えることはできる。
一瞬でも、相手を見逃すことは許されない。手加減をしながらできる最大の全力で、相手を迎え撃つのだ。
その為にも、あちらの突進の予兆を必ず見逃さないようにしなければならない。
ドン!! ドン!! ドン!!!
岩から爆音が響く。挑戦者が岩を踏みしめているのだ。
そして、その音はだんだんと上がっている。
さらに大きく、さらに激しく──────
音のする方向が変わる。
その方向は──────竜の足元!
「来たな!」
竜は叫んだ。
相手が向かっているのは直下、露出している光の球。
二十の虚像もいるが、しかしずっと観察していた故に本体は既に補足している。
自身が守っている為に光の球を触るには軌道は直線しかない。何より、例え軌道を変えてくることがあっても自分の反応速度を超えるほどの速さではない。
そして、自分は既にブレスの用意をしている!
(勝った!)
竜は、勝ちを確信した。
ゴォッッッ!!!!
凄まじい音を立て、ブレスが挑戦者を貫い──────ていない!
「!?!?」
軌道が変わっている!? いや、それでも完全にあの靄には当たっていたはずだ。
そもそも一体なぜそんな事をした、球はどうした……触られていない! 単純に逃げたのか!?
これが最後の作戦ではないのか、奥義というのは嘘か?
いや、そんなことはどうでもいい。重要なのは攻撃が外れたということ!
やはりブラフだった、だが対処不可能ではない! 愚かにも、奴が向かってきているのは自分の首の方向。これならば楽に打ち落とせる!
貴様は我の反応速度を甘く見た。最後の油断が、貴様を敗北へと導くのだ!
さあ首を捻れ、口を相手に向けろ、ブレスを放て─────!
今、全てを破壊する最大火力の閃光が、その地を穿った。
The winner is………




