嬰逆鱗 その2
『ガアッ!』
俺は呻き声を漏らして、地面に転がった。
そして、倒れる俺のギリギリのところを竜の爪が掠める。無防備になることなくきちんと受け身をとっていたからいいものを、もしそのまま転がっていたら、そこで試練は終了だっただろう。
「フ、フフフ、その程度がお主の全力か。どうやら速度の面では、我には敵わないらしいな?」
先ほどのまでの狼狽を必死に隠して、竜は高圧的にそう言い放った。
くっそ、さっきまで完全にビビりまくってたくせに………ギリ対応されたか。
今回、というよりいつも用いているこの魔法の特徴として、浮遊の魔法とは違い、空気を蹴って空を飛ぶという点が挙げられる。
といっても実際は蹴っているのは魔素らしいが、まあそんなことはどうでもいい。
大切なのは、単純に横方向に応用もできる、という点だ。
魔素を出す方向を上ではなく横にし、かつ身体強化をしっかりとかけることで、力のベクトルを90度回転させることができるのである。
まあ、実際のところやっていることは、ただの身体強化からの超力キックによるジャンプに過ぎないので、当然と言えば当然だが。
兎に角、この魔法を使えば圧倒的スピードで相手を圧倒することができるのだ。
欠点として、広いところでなければ使えないというものがあるが、幸いここはその条件を十分に満たしている。壁にぶち当たって血の染みと化すこともない。
そんなわけで、結構練習をしてからここに挑んだわけだが──────
まあ、若干腹が立つ結果だが、どうやらこの魔法は通用しないらしい。
俺がその頸めがけて真っ直ぐ飛んできた瞬間、奴は俺に尻尾をぶち当てて弾き飛ばしたのだ。
どうやら、じっとしていたのは攻撃のタイミングを見極めていたかららしい。翻弄されてお手上げだった、というわけではなかったのだ。
初回でこれでは、意表のつけない二回目以降はもっと無駄に終わるだろう。より速度を上げることもできるが、やはり初回以上の効果は認められないと思う。
まったく、俺の一ヶ月を返してほしい。
俺が殺気をこめて睨みつけていることに気付いたのか、竜は得意げにこちらを笑っている。
なんとか体裁を保てて、ホッとしているらしい。クソが。
俺がチッ、と舌打ちしてやれば、フン、と竜も鼻を鳴らす。
見栄の張り合いというか、小学生レベルの煽りをしていると、竜がふと不思議そうに聞いてきた。
「そういえば貴様、今のはなんなのだ? 御主、何故……あー…………そう、『詠唱』などしたのだ。まさか貴様、その見た目で神術使いだとでも──────」
『いや? 俺は全く神への信仰心などないさ。使えないしな』
「む。……だが、先ほど貴様が行使した魔法は、確かにその前に『詠唱』があったではないか。あれは神術の特徴であろうが」
『────お前が知ってもしょうがないことだが……まあいいだろう、教えてやる。これは、最近になって人間が発明した技術、「神術式魔力固定変換」だよ。言葉に魔力が乗る神術の特徴を、魔法に応用した、まさに時代を切り裂く新機軸さ』
そう、これが秘策、新技術の使用である。
『新術式魔力固定変換』──────数十年前、一人のおしゃべりな研究者が、魔法発動の際に口にしていた言葉次第で効果の効きが、少しだけ違うことに気づいたことが始まりとされる研究。
当初はその音の波長、または言語化によりイメージの具体化が容易になることが原因だとされていたが、しかし実験を重ねるうちに、言語に魔力が乗るから、ということが判明する。
それは、魔力を身体能力のように考えていた当時の世界に激震を伝えるものであった。
その発見はつまり、魔法とは『化学反応』に近いものであるということを示す。
何かの条件に魔力が呼応することで起こる『反応』、それが魔法。
この発見から、いわゆる近代魔学というものが発展していくのだ。
そして、この技術は今日でも魔法運用の主要な研究課題となっていくと言う訳で有る。
まあ、発見後は結構な年数を神術の権威の低下を恐れた教会との争いによって浪費してしまうのだが、それはまた別のお話。
あ、因みに魔素というものが研究され出したのもこの頃からである。
「………成る程。取り込んだ魔素を体外へ放出する際の媒体として言語を使うのか。実に面白いことを考えるな、人間というものは」
『まあ、何故その魔法に近い意味を持つ言語に乗るのかは解明されてないがな。…………そこら辺はご都合主義なのかなぁ』
「ん? 何か言ったか?」
『いや、なんでも』
そんなわけで、試練を一時中断してまで話す内容だったか、と言われると疑問が残るが、俺たちはすっかり世間話? に花を咲かせてしまった。
いや、正直すまんかったと思ってる。でも魔法トークは普通におもろいからやりたくなってまうんや……! 許してくれ。
「にしても、あれだな。本当に我には全く意味がない話であったな」
『魔素を取り込んでから排出という動作が必要な人間と違い、貴様らは体が魔素でできている分、排出というより形態変化に近い貴様らにとってはそうだろうな』
その分威力高いんだからいいじゃんとも思うけど。
「しかし、神術式というのは解せんな。それは似ているだけで神術とはまた別のものであろうが?」
竜は可愛らしくこてん、と首を傾げると、そう聞いてきた。
尚、全く見た目は可愛くないし、声も低いからキツいだけだった。
『だからこそ教会とも和解できて、近代魔学が発展してきたんだがな。……名付に関しては、これを発見した当時の人間がつけているから、正しいものではないのも仕方ないだろう。その時は神術のようだという意味で名付けられたのだ』
「随分と適当だな。それでいいのか、人間よ……」
俺もそう思うけど、こういうのって勝手に変えたりできないんだよなぁ。
そこら辺、近代のだるいところだと思うわー。
『何にせよ、これによって俺はより少ない魔力で高い威力の魔法が使えるのさ。常に強者に勝ち続けてきた、人間の「技術」だよ』
俺はそういうと、軽く話を切り上げる。
そろそろお喋りにも飽きてくる時間だし、何より時間制限も一応あるのだから。
……………結構時間経ってきたな。
チラリと空を見上げれば、結構な高さに月が昇っている。
宿を出た時はまだ真東だったから、もうそこそこ経過したことになる。
──────よし、第二の作戦をやってみるか。
あそこに、ここにきて直ぐに岩裏に隠しておいた袋がある。
俺はそれに近寄ると、さっさと中身を取り出して手に持った。
それは、何かが縫われている布だ。
こんな火山に持ってくるものではないが、これしかないのだからしょうがない。
──────じゃあ、やろうか。
俺はふっ、と息を吐いて、こう唱えた。
『合わせ鏡』
布が、光を放ち始める。
謎のおしゃべり会でした。
まあ設定ゲロ回でも伏線回収回でもありますが、一応意味はあります。
どうせ直ぐ明らかになるので待っててください。
↓以下教会との争いがあった理由。(読む必要なし)
これは結構この現実世界でも言えますが、大抵の信仰や教会というものは、教えに背くものを異端として罰します。
有名どころで言えば、ルターやコペルニクス、ガリレオ、ダヴィンチなどです。
しかし、この世界は科学というものはあまりメジャーではなく、また実際魔法も奇跡もあるので、科学革命によるそういうことは当然起こり得ません。
では宗教的騒動は何もなかったかというとそういうわけではなく、結構最近(といっても50年くらい前)まで、魔法と神術の間には大きな確執がありました。
具体的にいうと、神術=魔法ではないか? という疑問が生まれたためです。
これは神術式魔力固定変換によって生まれた新説であり、そして当然、教会の権威を大きく貶めるものでもありました。
まあ、唱えた人は馬鹿だったのであまり深く考えず発言したのですが、その軽い発言を結構名のある学者が学会で取り上げてしまい、大騒ぎになったのです。
文字にするとゲーム理論の騒動を思い出すような感じですが、しかしここは技術は近代、倫理は中世、というアンバランスな世界なのでそれは大きな争いへと発展。
50年近くにも及ぶ宗教界と魔法界の冷戦がスタートしてしまったのです。
結局、本編でも述べた通り、神術と魔法は発動方法が全くの別物であり、≠であるということがわかったので騒動はすっかり解決されてしまいました。
当然歪み合いは続きましたが、理由のない争いを続けられるほど人も暇ではなく、それも十数年後にはすっかり消え去ります。
そして、今では魔法≠神術がすっかり常識として定着したのでした。
めでたしめでたし。
……え? じゃあ神術はどんなものなんだって?
それはまた今度ね!
by 本編でそれくらい語れるようになりたかった作者




