嬰逆鱗 その1
試練が開始された瞬間、竜は、目を瞑り大きく羽を広げて何やら思念を飛ばし始めた。間違いなく魔法の準備だろう。とはいっても、竜の使うような魔法のことなど俺は全く知らないのだが。
一体何をするつもりなのかはわからんが、とりあえずこちらに隙を晒してくれているのは幸運だと言えるだろう。その間俺も準備をさせてもらう。
この試練、勿論俺は勝ちに行く。そうしなければ俺の行動の因果がメチャクチャになってしまうからだ。
何故ここにきたのか、その理由づけのためにも、あの球から力を奪ることは必須事項だ。
──────まあ、『勝ち方』は本来のものとは違うがな。
そう、俺の今回の目的は竜の暴走なのだ。
竜は俺を通さなければいいと思って前に立ち塞がってくるが、しかしそれは俺の手の届く範囲にとどまってくれると言うこと。唯隙を晒すだけだ。
あいつの意識を球へ誘導し、油断したところを襲う。それが今回の作戦である。
そんなこんなして数秒の静寂─────まあ嵐の前の静けさだが─────が続いたところで、竜がようやく目を開きその口から言葉を紡いだ。
「ふん、あれほど啖呵を切っておいて、まさか自分からは何もしてこないとはな。臆したか? それとも………まあ良い。今動かなかったこと、後悔するぞ」
ケッ、どうせ動いてもすぐに殺しに来たくせに………などと俺が考えていると、地面が急に揺れだした。
それは、先ほどまで竜の怒りによって起こされたものとは違う、明らかな振動。何かが動いていることを示すものだった。
『これは……貴様、何を──────』
その瞬間、ドゴーン! と言った感じの効果音とともに………山が生えた。
その山は球の下からそれを取り囲むかのように生えてくると、一気に球を土の牢獄へと収監した。いや、庫の中に保護した、と言った方が正しいか。
いずれにせよ、視界から球が消滅したのは事実だった。
……まあ、うん、そりゃルールには何も違反してないし、ガチで勝つならそれが最適解なのかも知んないけどさ。なんつーか────
『随分と卑怯な手を使うんだな? 竜のくせに』
そう、セコイのである。みみっちいと言うか、どこか小学生が考えつきそうな『必勝法(笑)』的なものを感じる。
しかも、俺の目標である逆鱗対策には全く効果がないので、空回りしていると言う意味でもとても哀れである。
「何が悪い。この程度掘り出せぬようならそれまでのことであろう。ほれ、人間お得意の魔法で掘り出してみよ。まあ、我がさせるわけがないがな」
うーわ、しかも言い訳まで餓鬼くせぇ。こりゃ相当竜くんおこっぽいな。たかだか人間に煽りまでかましてら。しかも俺が子供だからより一層キツい。
はーあ、流石にこれを指摘するのはやめてあげるかぁ、可哀想だし。うん。
『ふん、全くこれだから脳筋は。この程度で勝ったつもりなのか? まだ球が埋まっただけだ。障害たりえないんだよ』
「ほう、そうかそうか。ではどうするつもりだ、見せてみろ!」
竜は少し前足を折って前傾姿勢になると、薄く翼をたたみ、俺の方へグッと体を向けた。
きっとあれが竜の臨戦態勢なのだろう。どこから突っ込もうとしてもすぐに対応できるように、なるべく体を小さくして空気抵抗を減らしているのだ。
おそらくこの状態の竜をすり抜けるのは至難の技だろう。もし俺が通常の挑戦者だったら、ここでだいぶ苦戦したはずだ。
ま、今回は意識が外に向いた分やりやすいんだがな!
竜を見据えると、俺もまた竜同様前傾姿勢を取る。
その姿勢はまるで極限まで傾いた徒競走のスタート姿勢のようだ。
──────さて、よく観察しろ。竜と、このステージを。
ステージは山の窪み、直径数十メートルで、地面は岩で凸凹、所々小さな壁のようにでかい岩が転がっている。
その中央には球、というより先ほど作られた山があり、ここの中で最も高いところになっている。
そして竜は、その山上でこちらを見下ろしているようだ。
……………オーケー、大体地形は把握した。
えー………よし、よし、よし。このルートで行こう。
よっしゃ、これならイケるぜ! 結構壁があって助かった。
俺は、どんどんと魔力を体に貯めていく。
身体強化に感覚強化などを重ねて、肉体の耐久性を上げていく。
そして魔力を完全に貯め切ったら、俺は本来必要のないそれを唱えた。
『跳躍、縮地型』
その瞬間、俺は超高速で横に跳ぶ。
「──────なっ!?」
竜が驚いたのはそのスピードか、行動の意外性か。いずれにせよ、自らの想定を超えた行動に、竜は対応策を即興で作らざるをえなくなった。
そこで生まれる焦りや危機感から、常人ならば判断を誤ってしまうだろう。
しかし、竜はその点戦い慣れていた分冷静だった。
いくら横に高速で跳ぼうとその延長線上に球はなく、そして自身が対応できないスピードでもないと判断した竜は体勢を崩さず落ち着いて──────
ダンっ!!!!
急な衝撃音が、竜の感覚器官を刺激した。
音がした方向は、右手の岩。先ほどまで挑戦者が向かっていた方向から。
ダンダンっ!!!!
今度は左から、その後には後ろの岩から音がする。
もはや、相手の姿を目で追うことはできなくなっていた。
右へ、前へ、後ろへ、左へ、そこかしこから音が鳴り響き、そして音の方向にある岩にはそこに彼がいたことを示す足跡のみが残っている。
超高速移動により、竜はすっかり翻弄されていた。
と、ここで、竜は相手の狙いに気づく。
それ即ち、自身の撹乱。相手の意識を四方八方に散らすことで、満足な守備を行わせないようにしているのだ、と。
そして、きっと何かの策を用いて球を掠めるつもりなのだ、と。
だが、気づいたところでどうしようもない。
実際スピードでは相手が完全に優っているのは事実。
全力を出せば全てを焼き払うこともできようが、そんなことをすれば自分が人間如きに敗北を認めたこととなる。何より、最初に自分で言った「全力は出さない」という発言を嘘にしてしまう。それだけは竜はしたくなかった。
「くっ、ちょこまかと……。これでは人ではなく羽虫だぞ!」
竜は叫ぶが、しかし相手は返事をしない。
そうこうしている間に、相手のスピードはどんどん加速していく。
なる音の間隔もどんどんと狭まっていく。
もう、竜はじっと待っているだけだ。
一際大きな音が響いて、竜の頸に手が伸びた──────




