巫女の語る伝承、或いは真実 その3
「それでは、行ってまいります」
そう言って、今年の生贄は運ばれていきました。たった一人、カゴに入れられて。
その様子は、例年よりも実に物寂しいものだったそうです。
皆、豪華絢爛な飾りも、勇壮な楽曲すらなく、ただ悲しい面持ちで彼女をお送りし、これから先の運命を、ただ胸の内に想像することしかできませんでした。
そして、その後運び手どもは全てを見渡す場所においてその貢物を奉納し、そのままに帰っていきました。
原初の契約者であった者は、その顔にうっすらと笑みを浮かべて、ただ見守ってきた人々を送りました。
さて、これより先はもはや観察者のいない記録。
この世のあらゆる人が、想像することしかできない部分となります。
──────そう、「人は」ですが。
これより先、語り手は人より竜へと移ります。
果たして、巫女は何をしたのか、何をしなかったのか。その全ては、最期の時、彼女の前に立っていた竜が後に語ったことなのです。
ゆえに、これより先は言い伝えでございます。全てを見た竜から当時の巫女へ、当時の巫女から書物へ、そして、書物から当代の巫女たる私へ。
嘘か真か、全ては竜のみぞ知る………。
────────────
──────────
────────
初めて、竜の住処に人が立ち入りました。
それ以上先へ進めば竜に貢物と認識され、容易く飲み込まれてしまう為に、何者も、そこには近付きませんでした。
そして、その日は貢物としてではあるものの、人の頃には遂に成しえなかったことを、巫女はやり遂げたのです。
きっと恐ろしかったでしょう。怯えていたでしょう。
しかし、贄たる彼女には、その感情を示す権利などありません。
彼女はただ、自らの目的を果たすべく先へと歩き続けました。
そして暫くその歩を進めていると、火口の手前、普段竜が眠り、そして生き物を見ると言われる、大きな窪みへと出ました。
その日、捧げ物を待っていた竜は、漸く到着したそれに声をかけてやります。
「まさか本当に人を寄越すとは、奴らめ、よほど困窮していると見える。のう、巫女よ?」
先日の質問の真意に気がついていたはいましたが、しかしそれでも、まさか仲間をそのまま贄とするなど、人の心では耐えられまいと考えていた竜は、目の前に見えている捧げ物に驚いてしまいました。
巫女は、その言葉に多少眉を動かしたものの、しかし感情を昂らせることなく返答しました。
『もはや、こうするより他ありませんでした。私たちの生活を鑑みれば、限界などとうに超えている。なれば、ただでさえ余分な口を取る、老いた役立たずを一人、減らした方が幾分かマシでしたから』
その声が、念話越しとはいえ全くどこまで行っても冷静で、そして正しいのを聞いて、竜はついつい笑い声を上げてしまいました。
あの日契約をした彼女の精神が、あまりに変わっていなかった為です。
強く、気高く、美しく、それでいて冷静で賢い。
人にしておくには、あまりにも勿体無くありました。
しかし、捧げ物は捧げ物ですから、それは食べてやらねば民が哀れというもの。
それがたとえ、民にとっては食す方が残酷な選択であろうと、竜にとっては自らの契約を曲げるほどのことではありませんでした。
そうして、大人しくゐるその巫女を一のみにして、この物語はお終い。
──────そう、なるはずでした。
竜がその口を大きく開いたその瞬間、ふと、巫女は声を上げました。
「要求があります」と。
贄が急に話し出したという状況を面白いと感じたので、すこし、竜は彼女の話を聞いてやろうと思いました。
いや、もしかすれば、そこには不遜にも『提案』ではなく、『要求』という言葉を使った彼女への、若干の怒りもあったのかもしれません。
「なんだ、申してみよ。言うておくが、命乞いは聴かんぞ」
いずれにせよ、竜は再び口を閉じると、巫女に続きを促しました。
巫女は、その言葉に薄く頷くと、竜に対してこう伝えたのです。今までのような念話でなく、その自らの声で、はっきりと。
「直接口を交わすこと、お詫びいたします。しかしどうかお聞きください。貴方がこの土地にいらしてからもう数十年経ちました。最早、貴方のいない世界を知るものは数少なく、そしてその一人である私も、今こうしてその生涯に幕を下ろそうとしている。そして、それは単に貴方のせいでございます」
ここで、巫女は一度口を閉じました。
竜にはそれが恐れ故か、言葉を練る故かはわかりませんでした。
「今まで、貴方と良好な関係が築けたこと、それは感謝いたします。我々のような塵芥、貴方にとってはまさしく風の前の塵に同じであったでしょうに。ゆえに、これは失礼を承知で申し上げます。もう、この捧げ物の文化は……やめていただきたい」
呼吸をひとつ。
「今後もまた飢饉は来るでしょう。その時を生きる民に、同じことをさせるのはとても忍びない。私はそのことを、ずっと考えていたのです。だから竜よ、これは巫女としてでも、人としてでも、民としてでもなく、原初の契約者としての言葉です……捧げ物の強制の契約は、無かったことにできませんか?」
ここまで言い終わると、巫女は再び沈黙しました。しかし、今度の沈黙は、強い決意のもと行われた、気高いものであることを感じることができました。
竜はその沈黙で、巫女が話を終えたのだということを悟ります。
そして当然、ここまで言われて黙っている竜ではありません。
「我との契約、よしとしたのはお前ではなかったか、契約者よ。それを今更変更などと、それは無理というものだ。お前は、まさかこの我に『タダで私達を住まわせろ』と言うのか」
そう捲し立てる竜の迫力は、それはそれは恐ろしいものでした。
この世の全てが恐怖で足がすくみ、この世の全てがその圧で失神してしまうほどに、恐ろしいものでした。
しかし、巫女はそんな竜を目の前にして、表情一つ崩さず理路整然と答えました。
「もちろんタダとは申しません。だからこそ、私がここにいるのです。竜よ、私が犠牲になりましょう。私が、数千年に渡って魔力を貴方に捧げ続けましょう。これから先、私の子らが貴方に捧げるであろう全てを、私が補いましょう。きっと私の力がなくなる頃には、貴方はもうこの世に飽いてしまいますよ」
竜は、それをその通りだ、としてしまいました。
いや、そう思わされてしまいました。
なぜなら、そう言った巫女の表情は、竜ですら圧倒するほどに凛々しく、覚悟に満ち溢れた顔だったからです。
「よいのか? もしかすれば、我はいつまでもこの世に飽きぬかもしれぬぞ」
竜は問いました。
「もしそうなら、再び私がこの世に生まれれば良いだけのこと」
巫女は、そう答えました。
そして、竜は契約を再び結びました。
『貢物は、もしも可能ならばすること。ただし、しなかった場合に対する抗議権を竜は保有する』と、少し条文を変更して。
◇
その身を変質させ、今にも魔力の塊と成り果てるたろうその時に、ふと、巫女は微笑みます。
「我儘を聞いてくれてありがとう、我らが懐深き王。私のことは語り継ぐなり、笑うなり、これから好きにしてください。それから、きっと、この力を狙った誰かが今後現れるでしょうが、貴方ならば心配は無用でしょう。それも、貴方に任せます」
竜はその言葉にふっと笑うと、その場に座り込みました。
「折角だ、我が交信者よ。貴様の逝き様、最後まで楽しませてもらおう。我儘を聞いてやったのだから、それくらいはいいだろう?」
巫女は、もう返事をしませんでした。
巫女の体は光に包まれていきます。
その光は徐々に、そして際限なく増していきました。
その明るさは、山の方を眺めていた人々はまるで太陽のようであったと言い、間近で見ていた竜は、この世の全てを包む神の光のようであったと形容しました。
現代に存在するあらゆる魔法を超えた、当時最強と謳われた巫女の伝説の秘術が、そこで発揮されていたのです。
それが果たして何だったのか、それは何もわかりません。
竜ですら、あのような力は見たことがなかったと言います。
それは、今際の際まで修行を積み続けた巫女の力のなせる技だったのか、それとも、民のため命を捨てた巫女に感動した神が、力を与えた結果なのか。
それは、ただ巫女のみが知る秘匿です。
ただ、一つわかるのは──────
今日も竜の背後には、美しく輝く球がある、と言うことだけでございます。
最終幕「巫女の秘術」 完
以下同文。
膨大な魔力は、今日も竜へと注がれる。
それは、ただ未来の民達のために。
ということで、謎に長い三部作、書いちゃいました。
もっと手短なはずだったんだけど……書いてて楽しいのなんのって^ ^;
正直くどいと思った方もいらっしゃると思います。申し訳ありません。
次回からはちゃんといつものに戻るんで、許してください。
あ、そうそう、今日で投稿開始から三ヶ月が経ちますね。
この記念日に、評価とブクマも是非してやってください……。
なんというか、気づけばもうそんなに、ですね。どうも更新も進行も遅い本作ですが、いまだに読んでくださる懐の広い皆様には感謝しかありません。
なんとも拙劣な本作ではありますが、これからも、グリマニアやレイン、そしてやっと登場しそうな攻略対象達の物語を見守ってあげてください。
貴方の人生に彩りを加えられたなら幸いです。
それでは、また次回にお会い致しましょう。




