巫女の語る伝承、或いは真実 その2
前回の続き
竜が帰ってきてから、数十年が経ちました。
竜がいる日常が当然のように享受され、竜を排斥すべし、という猛々しい者達も、もういません。
既に世代は入れかわり、一部の長寿達のみが前時代を知るようになりました。
生活はほとんど変わってはいませんでしたが、竜がいることによって幾つか新しい儀式が増え、また新しい信仰が生まれました。
それは、竜のお膝元の、当時の矮小にして無知な人間なりに、忠誠を誓う為の物でした。
といっても、これらは今の竜喜祭のように、すっかり形骸化したものだった様ですけれど。
そんな彼らを、竜は全ての世界を見渡せる場所から見つめていました。
自らの為に、無意味とは言え動いてくれることは、竜としても嬉しい物です。
竜は超越者であるが故に干渉こそしませんでしたが、ごく稀に、天に色彩の橋がかかるよりも稀に、儀式に応え吠えたと言われています。
その獰猛にして獣性的な、それでいて心を震わせる響きは、まさに、彼らにとって祝福であったことでしょう。
しかし、これまた世に永遠はございません。
昔、彼方からの飛来者が閉塞的な世界に変化をもたらした様に、いつ如何なる時であれ、変革者は現れるのです。
今回は、その変革者は前回よりも偶発的な物でしたけれど。
────────────
──────────
────────
その年は、とても悪い年でした。
運が、という意味でも、実りが、という意味でも。
いつまでも暖かくなることがないかと思えば、急に暑くなり台風が来て、かと思えばからりとした空気が続き、長い間太陽が輝り続ける。
そんな天災が続くので、当然ながら作物は実らず、狩りも上手くいかない。
人々は飢え、苦しみました。
彼らは竜に助けを求めましたが、しかし、過去に竜が話した通り、決して竜はこちらに干渉することはありませんでした。
人間のみを特別扱いするというわけにもいきませんし、なにより、すべての超越者たる竜にとって、生き物達の危機も苦しみも、どうでもいいことでした。
そういう意味で、どこまでも竜は観察者なのでした。
しかし、そのどうでもいい存在と我らが王の間には、実に面倒な柵が存在していました。
住む者の礼儀として、竜に捧げることを約束した物、即ち貢ぎ物です。
『年に一度、食物を捧げる』それは、この地に住まわせてもらう対価であり、同時に竜への感謝を示す贈り物でもありました。
それ故に、そのことについて、人々は今まで一度だって文句を言うことも、それどころか、それが負担であると考えることすらなかったのです。
しかし、今年は少し事情が違いました。
飢饉により、既に集落は限界でした。毎日毎日、どこどこで誰かが飢えて死んだ……そんな知らせばかりが聞こえてくるのです。
竜に捧げるだけの食物など、最早どこにもありませんでした。
できることならば、今年の貢物は無くしてもらいたい。誰もがそう願いました。
ですが、契約は契約。結んだ以上、それは双方の合意なく破ることは許されません。
そして、当然、竜がそれを許容する道理などありませんでした。
「問題は量ではない、貴様らが何も貢物を持ってこないことが問題なのだ。なんでもいい、気持ちさえあれば他に望むものはない。食物を─────貢物を捧げよ」
それが、必死に頼み込む巫女と人々に提示された、竜の要求だったのです。
さて、当然、人々はほとほと困り果ててしまいました。
竜へ感謝している気持ちは本物です。何かしらを捧げてあげたい、そう思うのも、全く嘘偽りのない本心でした。
しかし、だからと言って無い袖は触れません。すでに食料などどこを探してもなく、そこらの草花や日ごとに取れる僅かな肉を、分け合っているのが現状でした。
既に、最も生きるべきお方ですら、常に空腹に苛まれています。
一市民など、数日に一度の食料を希望に、気力で日々を凌いでいました。
その様な中、捧げ物など!
そんなことをすれば、今はなんとか命を繋いでいる人たちすらも危うくなり、今死の危機に瀕している人たちは全員餓死するでしょう。
集落のために、大切な仲間全員の危険に目を瞑るか、大切な仲間のために、我らが王を裏切るか。
まさしく、究極の選択を集落は迫られていたのです。
いや、たったの数人が危険になるだけならば、もしかすれば決断もできたのやもしれません。しかし今回の場合、犠牲の範囲が全く想像できませんでした。
今ほど知識が多くあったわけではない時代ですから、人が何日なら何も食べないで生きられるのか、どれほどの影響が集落に出るのか。
経済学も、医学も、生物学も発展していない当時において、貢物をするという決断は、ともすれば数百の人間が死に至るかもしれない恐怖と隣り合わせでした。
そのことが、なによりも決断をする腕を鈍らせていたのです。
そんなある日のこと、選択に悩む長寿達へ、今まで口を閉し続けていた原初の契約者が、ふと口を開いたのです。
そのお声は、まるで透き通った水が流れているかの様に、美しく、流麗であったと言います。
年は長寿達以上、当時の基準で言えばとてつもない高齢であったにもかかわらず、彼女はあらゆる若者よりも力強く、鮮明に言の葉を紡ぎました。
「今代の巫女様、老いて交信すらまともにできなくなったこの役立たずめが発言することをお許しください。ただ、一つだけ、確認したいことがあるのです。そう……………人間は、食物たりえないのでしょうか?」
それは、原初の契約者にしてこの集落の頂点に君臨していた巫女の、人生をかけた覚悟が乗った『問い』でした。
第二幕「飢饉に喘ぐ」 完
以下同
────────────
──────────
────────
と、その質問の後に何があったのかは、あまり詳しく記されていません。
文献には、その後竜へ巫女がその問いを投げかけ、そして竜がそれを肯定した、ということのみが記されています。
そこから竜への貢物の日に至るまでの記録は、現存していません。
このことから推測できるのは、記録が全て消えねばならないほどの隠蔽、または情報操作があった、ということだけです。
それが、この後のことにどの様な関係があったのかは、もう知る術はないのです。
しかし、それが意地汚い人間達による生き残りをかけた謀略劇であろうと、はたまた儚くも美しい、人間達の「大切な人」を守る為の群像劇であろうと、我々には関係ありません。結果も、結論も、変わらないのですから。
いずれにせよ、ただ一つ間違いようのない事実は─────その結果として、初代竜の巫女その人が貢物となった、ということだけです。
それでは、お語りいたしましょう………初代竜の巫女、一世一代の大博打!
さあ、今こそ音に聞け! はるか後世にまで語り継がれる巫女の勇姿を! そして、人智を超えた神の、いや『竜』の技を!!
To be continued……
次回、最終幕です。




