粘着質なお巡り
ちょっとした小話または伏線。
『アデュー、面白かったよ』
人の形をした靄が、そう言って後ろ手に手を振る。
私は、まるで自分が逃げられると思っているその口ぶりに腹が立った。
ここまで追いかけさせておいて、逃したなどと報告できるものか。
決して逃がすまい、そう思って相手を注意深く観察する。
右か左か、前か後ろか、それとも目眩しか。
相手がどんな行動を取ろうとも必ず対処できるよう、警戒を固めた。
考えうる全ての場合を想像して考える。そして、
(よし、行ける──────)
私はそう確信した。
相手は魔法使いとは言え、ああやって姿を隠しながら戦うのは困難だ。
本来魔法は同時に使うのは難しいものなのだ。少なくとも一般人では。
それを、すでに二つも重ねている。相当無理をしているはずだ。
(流石に魔法無しのやつに負けるほど、私は弱くないぞ、泥棒!)
私は不敵に微笑むと、一気に距離を詰める。
この追いかけっこで既につきかけた体力に火をつけて。
さあ、いざ尋常にお縄に─────
ゴオッ!
突如として、突風が吹いた。
あまりの風力に、私は顔を手で遮ってしまう。
しかし、その刹那、私が目を閉じる瞬間、私はとんでもないものを目にした。
「と、飛んでいる!?」
顔を覆うのを一瞬で中断し、私は空を見上げた。
そこには、この夜の空よりもさらに暗い、闇そのものであるかのような靄が、まるでそこだけ切り取ったかのようにぽつんと浮かんでいる。
しかし、それも一瞬のことで、すぐに彼方へと飛び去ってしまった。
その光景に、そしてその状況に、私は息を呑む。
それと同時に、私はこうも思った。
まさか、ここまでのやつだったとは……、と。
魔法の三重発動。それも、浮遊という高度な魔法を。
これでは、それが本業のものと変わらないではないか。
まさか、そこまでの人材が素人に……いや、裏稼業としてやってる連中か?
それか、もしかすると宮廷の奴らやもしれん。
それならば浮遊という高度な魔法が使えるのも納得だ。
しかし、だとすると面倒なことになるしな……上と相談しなくては。
……ん? でも、浮遊の魔法はもっとふわっとしたような感じだったはずでは?
まさか、新術だろうか? それとも神術?
少し気になったが、自分は一介の捜査官にすぎない。
餅は餅屋なので、考えるのはやめることにした。後で魔法科に伝えとこう。
まあ、いずれにせよ実力者だったのは違いない、か。
もし戦っていたら、ここに斃れていたのはどっちだったのやら。
そんな自虐的な思考とともに、私はただ、星空を見上げていた。
◇◇◇
「つまり、取り戻せなかったのですね。お金は」
獣の皮に植物の糸で作った布を合わせるという前衛的ファッションに身を包んだ貴婦人が、ため息をついた。
その彼女の前で、私は先ほどまで着て汚れた服を着替えた状態で立っている。
彼女は、私が今仕えている貴族の第一夫人。今回の被害者だ。
つまり、今私はことの顛末を報告しにきているのである。
貴族────それも彼女ほどの高位な位の─────と直接話すことなど、私も長くこの仕事をしていて初めて故に、どうしても緊張してしまう。
「申し訳ありません、凄腕の魔法使いでして、取り逃しました」
私は一歩前に出ると、そう言って深くお辞儀をする。
ひとつ一つの所作を、何時ぞや見たマナー本を思い出しながら丁寧にこなす。
万が一にも夫人の機嫌を損ねれば、立場の弱い使用人など即解雇だからだ。
……正直謝る必要もないと思うが、まあ今は仕事中だし仕方がない。
「顔をあげなさい。構いません。端金ですから」
夫人は扇子で顔を隠しながら、ぶっきらぼうにそう答えた。
普段は常に礼儀正しくいる夫人にしては珍しく、心穏やかではないようである。
それにしても、確かに決して高いわけではないとは言え、あれほどの『札束』を端金とは、一体どれ程溜め込んでいるのやら。
一瞬心の中に昏い感情がよぎったが、それはそっと中にしまっておいた。
「しかし、私は一応ここの守りを仰せつかった身です。今回の不祥事、深くお詫びいたします」
私は夫人の言った通り顔をあげると、そのままもう一度謝った。
すると、夫人はどこか焦った様子で頷くと、私に話しかけてくる。
「そう思うのは自由だけれどね。……それより────」
「はい、今回のことは、必ず内密にいたします」
私がそう答えると、夫人は少し驚いたようだったが、すぐに表情を戻して小さく頷いた。
「ええ、我が家は物を盗みやすいなどと思われたら一家の恥。このような不祥事は、誰にも知られてはならないのです。……お若いのに、勉強熱心なのね」
夫人のその言葉は、どこか私を試すようなものが感じられた。
いったいそれが何を表しているのかは、大方予想はつくが……もう手遅れだ。
「それでは、夫人。失礼いたします」
「ええ、ごきげんよう」
私は静かに振り向くと、其の儘もう夫人を見ることなく部屋を出た。
◇◇◇
エドワード所長へ
○月○日の報告。
ホシの家に泥棒が入る。標的は金品と思われる。
泥棒はホシの部屋に侵入後、隠し扉を発見。例の証拠を盗る。
本官も気付き、対応したが取り逃した。
逃亡の際、変声して黒い靄を纏っていたため容姿、年齢、性別不明。
ただ、空を飛ぶような魔法を使った。後日魔法課と要調査。
手がかりがなく、捜索は困難を極めると思われる。
今回の事件により明日予定の家宅捜査計画頓挫。ホシの不正金は残っていない。
魔法使いの実力の高さからホシの差金の可能性がある。要調査。
また、念の為宮魔達の方にも探りを求める。
備考欄
潜入捜査の終了を申請。
捜査は一からとなった。ここにいる必要はないと思われる。
不祥事直後なので、責任を取ることが可能。
以上
パトレア
◇
パトレア殿へ
申請を許可。
報告ご苦労。『身支度』を整えたのち、署へ向かえ。
以上
エドワード
◇◇◇
「失礼します、所長」
黒い木製のドアが、ゆっくりと開かれる。
中へ入れば、そこには一人の男が座っている。
「潜入捜査官パトレア、ただいま帰りました」
部屋へと入ってきた男、パトレアは姿勢を正し、敬礼をする。
そこには、先ほどまでの緩さなどカケラも残っていない。
「ああ、ご苦労。楽にしたまえ」
大きく『所長 エドワード=ヴィジールム』と掘られたプレートが置かれる机。
その奥に鎮座する男、エドワードは先ほどより少し声のトーンを下げてそう指示した。
パトレアは一瞬躊躇ったが、命令なので素直に従う。
こういう時無視すると、かえって怒ることを知っているからだ。
「有難うございます。……すいません、しくりました。まさか泥棒があんな簡単にアレを見つけるとは思ってなかったです」
パトレアは、とても申し訳なさそうに頭を下げる。
夫人に対しての、形だけのものとは大違いである。
それを見て、エドワードは大笑いをした。
「いいさ! 俺も全く予想してなかった。予定を決めた俺のミスだ」
こちらも、先程の威厳ある様子とは打って変わって明るい感じである。
「いや、そんな……普通に侵入を許したのは私ですから……」
パトレアは遠慮げにそのことばを否定する。
それからしばらく談笑した後、エドワードは急に雰囲気を戻し、話し始めた。
「お前、最近動き始めてる裏組織のこと、どれくらい調べてる?」
急に元に戻られて驚いていたが、しかしすぐに調子を戻すと、パトレアは返事をする。
「夫人のところに三年はいましたから、少し情報が浅いでしょうが、できるだけのことは。一応今話題なのは……○×窃盗団とかいうところですよね?」
「ああそうだ。貴族からでかく物を盗んでは、それをコレクションしたり売り付けたり、よく目的の分からん変人どもだ」
「……それが、どうかしましたか?」
沈黙。
「……わかるだろ?」
エドワードはとても大きな笑みを浮かべた。
「………私、休暇っていつ頃に……?」
「潜入先でとらせてもらえんだろ、多分」
パトレアの顔は引き攣った。
( ^ o ^) / ←パトレアの顔
かわいそうだなぁ。
ちなみにグリムが金を見つけたのはマジの偶然。ラッキー!
あとこいつらは今考えた。
多分次の章から絡んでくる。今回はない。
追記
貴族『パトリック=パトレア』の予定でしたが、庶民に変更することにしました。
それに伴って、名前を「パトレア」にします。ご迷惑をおかけしました。




