彼らにだって日常はある
ちょっと離れた土地のお話。
「モノトさまー、いますかー……?」
まだ太陽が出てすぐの、漸く空が青くなってきた様な時間帯。
そこに少女、「モノト=ヒムロス」を呼ぶ声がした。
声をかけたのは、まだ年端もいかない少年であるようだ。
「ん、んー……朝からなんですか、騒々しい。私は日頃疲れているのですから、朝は起こさない様に言ってあったでしょう」
モノトはその声への不快感をあらわにしながらも、直ぐにベッドから立ち上がり声の主へと体を向けた。
「ご、ごめんなさい。なるべく早く起きて欲しかったので……」
少年は、モノトの最もな主張に対して、ただ謝ることしかできない。
ここは、少女の自宅。
一週間の間働き詰めだった彼女は、昨日から、二日間の久しい休日を謳歌していたのである。
それが朝一番に邪魔されたのだから、たまったモノではない。
それをわかっていながら主人を起こすことがとても申し訳なかったが、しかし、少年にもちゃんと理由があるのだ。
モノトもそれを知っているからこそ、ただ愚痴を言うだけにとどめている。本気で怒っていたら、今頃少年は室内から蹴り出されていただろう。
「それで、なんの様ですか、スカロウ。まさか、唯話したかったなどというわけではないのでしょう?」
目覚めてすぐ故に、普段より一層鋭くなった目をして、彼女は問う。
問われた相手、即ち少年スカロウは、その目に一瞬ビクッと怯えたが、しかし今回は自分は悪くないと知っているので、迷わず彼女に返答した。
「え、えと、DIMAの皆様が、『今日もあのクソトカゲが動きやがった、早く来い』とおっしゃられているのですが……」
その言葉を聞いて、モノトは舌打ちして数秒顔を顰める。
不遜というか傲慢というか……モノトの本性が垣間見える顔である。
スカロウは、こんな顔をDIMAの人たちに見せたら、こんどこそ本当に首になるだろうと考え恐ろしくなってしまった。
しかしそんな心配も束の間、モノトは大きくため息をついたかと思うと、こういった。
「準備します。出勤です」
「はい!」
その返事を聞くや否や、スカロウは大きな声で返事をした。
なんとか機嫌を損ねずに要件を言えたので、ご機嫌なスカロウなのだった。
尚、着替えのために部屋はすぐに追い出された。
◇◇◇
「チッ、少し動いたくらいで騒ぐんじゃねえっての、ボンボンどもが」
スカロウを部屋から追い出し、いざ着替えを始めてはみるものの、モノトの苛立ちは無くなったわけではない。
寧ろ、仕事が近づいていることを実感するからこそ、余計に腹が立ってしょうがないのだった。
Dragon Information Measuring Agency────略してDIMA。
一般に竜情報測定機関と呼ばれるそこが、モノトの勤めている機関である。
いや、正確に言えば彼女はそこと協力関係にあるだけなのだが、実情としてはそこの人間と考えても遜色はないだろう。
職務内容はその名の通り、この街に存在する『竜』の管理を行う機関である。
地形や、魔力の流れ、時には直接竜を観測するなどして、現在の竜の情報をまとめ、そこから収容維持が可能か、不可能ならばどの様な脅威が予想されるかを調べるということをしている。
しかし今の実態は、竜の強大さから殆ど定期観測のみが仕事であり、また大した能もない貴族たちが私腹を肥やすだけの機関に成り下がっていた。
今日の呼び出しも、そう言った貴族たちが少しの異常にびびっているだけで、実際はなんの問題もないことをモノトは知っている。
知っているが、上からの呼び出し故逆らうことができないのが、社会人の辛いところである。
「っと、コレで服はいいんかね? 普段は気にかける余裕もねぇからわからんな」
うら若き十六歳の少女とは思えない言葉を吐きながら、モノトはさっさと制服を着ていく。
最近上に言われてやっとつけ始めた職員バッジに、コレまた押し付けられてやっと着始めた青い中世仕様のスーツ。
正しい着方の知識もないため、所々がぐちゃぐちゃになってしまっているが、緊急時だからできっと許してくれるだろうと思い、直すことはしなかった。
そして、最後に雑にロープを羽織ると、モノトは自室のドアを開ける。
「では行きますよ、スカロウ」
自室の前で綺麗にスーツを着こなし待っていた従者を一瞥すると、その後は振り返らずに玄関へと歩き出したのだった。
◇◇◇
「ですから、ただの生理現象ですよ。何度言ったらわかるんです?」
「しかしね、だからと言って軽んじる訳にはいかんだろう!」
DIMA本部、観測所内。
大量の魔道具がそこらじゅうで音を立てて動いている。
魔法陣が放つ青白い光が床や壁に反射して、締め切った部屋をまるで水族館かの様な色合いにしている。
そんな大人しい色合いに似合わず、ここでは今日も喧嘩が繰り広げられていた。
「私は軽んじてなどいません。先程資料を拝見いたしましたが、やはり危険性は低いと考えられたのです。きちんと精査した上での回答なんですよ」
口喧嘩をする片方は、此処の実質職員、モノト。
彼女は相手の言い分に対してはっきりと事実を述べると、渡された観測情報を相手に叩き返した。
「だが、こんな行動は極めて稀だ! それなら何か裏にあるかも知れんだろう!」
声が響いた直後、ドン! とデスクを叩いた音がした。
モノトの喧嘩相手は、一人の中年の男。
この部屋では最も権力のある男であり、彼女の上司でもある。
男は返された資料を邪魔そうに退けると、彼女に対して怒鳴り返す。
苛立ちからか、その足は忙しなく動き続けていた。
そして、そんな二人の喧嘩を少し奥で不安げに見つめる少年が一人、片方が口を開くたびにそちらへ首を向けては驚いて目を瞑るということを繰り返している。
「室長のおっしゃることもわかりますが、それはウチの管轄ではなく上の学者連中の管轄でしょう。ウチはあくまでデータ収集、または緊急時の即席の分析担当です。いちいちこんなことをしていては、本当に万が一の時対応できません」
「だから、今がその時かも知れんだろう!」
「少し魔力放出があっただけですし、十数年ぶりとおっしゃられましても、それは竜にとって頻繁にする必要がないからです。人と竜の寿命差を考慮しておっしゃってください」
「だが! その現象によって何か起こるかも知れないだろう!」
「ですから、それはウチの管轄ではないと申し上げております。態々私の休日を返上してまで対応することとは思えませんが?」
「キサマ、口の聞き方に気をつけろよ小娘!」
「ふん、此処につくために私が叙爵したことはご存知でしょうに。私はもう苗字持ち、貴方と爵位は同じなんです。寧ろ敬語を使っている私に感謝すべきでは?」
そして、二人の目の間に火花がはっきりと見える程に睨み合う。
貴族と貴族の睨み合いは、その力をありありと感じる迫力のあるものだった。
と、一触即発の空気が部屋に流れたところで、やっと横からストップがかかる。
「ま、まあまあ! もういいじゃありませんか! 何にせよ情報は渡さなきゃいけませんし、それが手紙か言葉かの違いですって!」
横からスカロウに止められ、互いになんとか矛を収めた。
そして室長の男の方は「ふん!」と鼻を鳴らしながら自身の椅子へと戻っていったのだった。
尚、まだ十の子供に喧嘩を仲裁されるという醜態を晒すトップ二人を、今も後ろで作業を続ける職員達はとても恥ずかしく思っている。
「スカロウ、邪魔をしないでください。コレは尊厳と尊厳の戦いなんです」
そんなこともつゆ知らず、モノトは未だに戦意剥き出しで食ってかかる。
十歳に精神年齢で負けている気がするのは気のせいだろうか。
だが、主人から不満げな目を向けられた従者の少年は今回も堂々と主人に物申した。
「モノト様は少し短気すぎます! もう少し穏便にことを済ますということができないのですか!」
室長に聞こえない様潜めた声を持ち前の聴力で聞き取ると、同様に声量を落としてモノトもスカロウへ答える。
「別に私は此処の職員ではありません。私がいなくなって困るのは彼方なんですから、穏便に済ませる必要もないでしょう」
「でも、些か度がすぎています! それに、モノト様だって、お金がもらえなくなるでしょう? やめさせられた後、ツテはあるんですか!」
十歳にがっつり正論を叩きつけられ言葉に詰まるモノト(16)
モノトはそれからため息を吐くと、渋々と言った様子で、苦虫を潰した様な顔で、全く反省してない声色でスカロウに謝った。
「はいはい、私が悪うございました〜」
「しっかり謝ってください! 僕の生活もかかってるんですよ!」
スカロウ以外に聞き取れない音量で、部屋に舌打ちの音が響いた。
◇◇◇
夜、自宅にて。
今日の出勤の分、上に陳情してなんとか明日の午前まで休日を延ばしてもらったため、取り敢えず休みは取れそうだとモノトは安心した。
そしてそれ以上に、主人の機嫌が直って良かったとスカロウは安心した。
「はー、まったく、困ったもんだよなぁ、馬鹿ってのはさ」
リビングのソファの上でだらしなく寝転がりながら、モノトはそう呟いた。
仕事も終わり、更に絶対安心の夜とあってすっかりリラックスモードになり、もう敬語も抜けてしまっている。
「そんな発言、お貴族様に聞かれでもしたら本当に吊るされますよ」
不注意な主人の、いや、家主の発言をスカロウは軽く窘める。
一応防音の結界は張っているとモノトは言うが、どこで誰が聞いているかわからない。殆ど化けの皮は剥がれているとは言え、品行方正なキャラでやっているのだから、それくらいは注意しなければならないだろう。
それにムッとして、寝巻き姿のお前が言えることじゃないだろうとモノトは反論しようとしたが、よく考えれば自分がいるからまだ寝ていないだけで、今はもう良い子は寝る時間であることに気がつく。
なので、この言葉は心に留めておくことにした。尚、可哀想だが入眠時間を早くする気は毛頭ない。
「はい、コレお茶です。コレ飲んで英気でも養ってください」
ソファの前の小さなテーブルにコトリと置かれたそれからは、ふわりと花の匂いがして、実に美味しそうである。
貴族の力で取り寄せた、そこそこいい茶葉を使ったものだ。庶民のころではあり得ない贅沢である。
モノトは早速それに口をつけると、下品にも一口で飲み干した。
「………香りを楽しんでくださいよ」
「早く飲んだほうが美味しいから」
スカロウは冷たい視線をモノトに向けるが、しかし彼女は全く動じずに寝転がっている。
「まったく、竜の巫女が聞いて呆れますねぇ」
スカロウはそれを非難するように軽くヤジを飛ばすが、「実力あるから、いーんだよ」とまたもさらりと受け流されてしまった。
これ以上言っても機嫌を損ねるだけだと判断すると、スカロウはカップを片付けに台所へと戻っていく。
それを見届けると、モノトはスッと目を閉じた。
(取り敢えず、今日はもう眠ろう……)
そんなモノトの隣にある壁の向こうからは、未だ荒々しい製鉄の音が鳴り響いていた。
「あ、寝るなら布団で寝てくださいねー」
「スカロウさぁ、風情を壊すなよ……」
(この物語は異世界クズ転生で間違いありません)
ということで、竜の巫女モノトとその従者スカロウの話でした。
え? 今までの話と全然違うじゃないかって? やだなぁ、これから関係してくるんですよ。
大体、章タイトルの『彼ら』が既出キャラなんて言ってませんよぉ?
で、この子達なんですが、ぶっちゃけ作者の性癖の塊のような人たちなので、少しくらい優遇しても許して………え、ダメ? そんなぁ。
それから、この街は火山がある街です。なので製鉄とかしちゃってます。でも地理はそんなに詳しくないので勝手なイメージです。火山=鉱山というなろう脳です。すまんかった。
あと、結構前なんでみんな忘れちゃってるかも知れませんが、一応この世界には魔物がいます。よくいるなろうモンスターズです。竜は少し違うんですけど。そんな訳で、結構自治体としては魔物の駆除も仕事のうちだったりするんですよね。ただ、DIMAは国の研究機関です。一貴族のものではないんですね。
それからもう一つ、覚えてもらいたい情報が。(重要度は低いけど)
貴族は、絶対に苗字があります。そして、庶民は絶対に苗字がありません。例外はないです。なのでモノトは貴族です。一代なんで「家名」はないんですけど。
……は? おい誰だ家は貧相だなとか言ったやつ! ────私だわ。
そんなわけで、今回の間章はこれで終わりです。
キャラ紹介が終われば、次からはやっと新章です! 久しぶりすぎてどういう雰囲気だったか忘れました! あと章の名前も相変わらず決まってません! なので次章も最初は仮称です。てへ。




