とある魔法使いの昼休み
前回の間章と違って普通に日常の話を入れます。
前回のやつは本当に章と章の間。これは幕間。
これは時間軸的には二章の始めの方なので、結構昔です。
ガヤガヤとした人間の喧騒の中、一際大きな鳥の鳴き声が響いた。
人間の押し込まれた小さな部室に、その音はよく通る。
木でできた偽物だが、本物と見間違うほどに精巧に作られた時鳥。
それが、ちょうど二針が一本に重なった時計の上で鳴いていた。
それはこの慌ただしい宮殿の中で唯一秩序を保つ音であり、職員の張り詰めた心を緩ませる音でもある。
要は、今日の仕事が半分になったという号令なのだ。
「あい、早朝組は食事で〜す。食べて元気になったら戻ってくるよーに」
その音を聞くと、随分深いクマがある男が気だるそうに号令をした。
彼は、この部屋の室長である。言うなればプロジェクトリーダーだ。
そして、その号令がかかった瞬間『早朝組』────朝早くから職場に出勤する人のこと────は勢いよく立ち上がり、食堂へと駆けていく。
あるものは財布を、あるものは愛する妻の弁当をその手に握って。
「ったく、昼だぞ、もういくんだよ」
そんな中一人だけ、早朝組であるにも関わらずその席をたたずにいる者がいた。
それを見た同僚が、またかと言った様子で彼に声をかける。
しかし、その男は「もう少しだけ」といってなかなか椅子から動かない。
彼を待ちきれなくなり、同僚は先に行くとだけ告げて走っていってしまった。
彼の名は、ライアン。
歴史を変えたと言われる稀代の天才魔法使いにして、王より二つ名、『彗星』を賜った者。
その才能はまさしく鬼気迫るものであるという。
しかし、いくら天才とは言っても結局は魔法使いであることに変わりはなく。
今日もいつも通り、宮廷魔導士として研究漬けの日々である。
「おーい、休めるときは休めよぉ〜、働いたって休み時間は減るんだからなぁ」
いつまで経っても休まない彼に対して、上司から軽くお咎めの言葉が送られた。
彼は予定通りに動かない人間のことが嫌いなのである。
すると、漸くライアンは弁当を手に持った。
そしてそのまま扉を開け、部屋を出る。
「それでは、失礼します」
上司に対して僅かに会釈をすると、ライアンは部屋の扉を音もなく閉めた。
◇◇◇
「お、やっときたか。俺もう我慢できずに食べちゃったぞ」
食堂へ出てきたライアンを、先程の同僚がテーブルに座って出迎える。
まあ、その顔は若干の怒りを滲ませたものではあったが。
テーブルの上には焼きたてのパンとサラダがあるが、既にサラダは半分なくなっているようだ。
その顔を認めると、ライアンは彼の方へと向かっていく。
そして彼の隣までくると、乱雑に椅子をひいて席についた。
それから、ライアンは同僚からの非難に対して少し拗ねたようにして反論する。
「仕方ないだろ、もう少しで今回の研究が終わりそうだったんだよ」
その言葉を聞いた途端、同僚は大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
「え!? おいおい、もうすぐ終わるって、神術式魔力固定変換のことか!? あれ任されたの確か数ヶ月前だよな。いくらなんでも早すぎ────」
「早くはないさ。今回のやつは研究方法が俺の得意分野だ。他の研究に比べて進行が早いのは当然だろ」
ライアンは言葉に被せて彼の言うことを素早く否定する。
勿論、彼は相手のことを見下したりはしていない。他の魔法使いと自分に差はないと思っている。
だが、いや、だからこそ、過去そのせいで見下された彼としては、その声色がどこか皮肉めいたものになってしまうのは仕方のないことだろう。
その言葉にのった感情を察したのか、同僚は「う、」と言葉に詰まってしまう。
そして少しの間固まっていたかと思うと、おもむろに昼食を口の中へと突っ込み始めた。
「んぐっ、んぐっ、ぐぅっぷ…………はぁ。あー、相変わらず凄えなお前は。俺たちキャリア組とはやることが違うぜ」
「……別に、褒めることでもないだろ。キャリア組にはキャリア組の、昇格組には昇格組の良さがあるだけだ」
その言葉に、同僚は完全に沈黙してしまった。
しかし、ライアンはそれを気にすることなく弁当を食べ始める。
今日のご飯も、想いのこもった愛妻弁当だ。
おかずは日替わりで、なんと本日は希しくも同僚の食べているサラダと同じ品である。
微妙に損した気分になったが、味は格別なのは間違いないので特に悲しむことなくそれを受けいれた。
「あ、今日も愛しの奥さんからのお弁当か〜? いいねぇ、既婚者は毎日毎日心のこもったご飯があって!」
先ほどまであった気まずい空気がすっかり抜けた───またはそう取り繕っている────同僚がライアンの弁当を見て口を挟んできた。
随分と言葉に気持ちが乗っているように聞こえるのは、気のせいではないだろう。
「ふっ、羨ましければお前も結婚するんだな。まあ、ずっと研究所にいるお前には出会いもないだろうけどな!」
ライアンはその言葉にすかさずマウントを取っていく。
それに対して同僚はキーっと声を上げ悔しがった。
「ははっ、何だよその反応、っくアハハハ!」
ライアンはそれを見てつい笑ってしまう。
二人の雰囲気は、この部屋に来る前のそれにすっかり戻っていた。
◇◇◇
「あ、愛妻弁当で思い出したんだが」
そんなこんなで食事を終え、余った時間を二人がゆっくりしていると、ふと、同僚がその口を開いた。
そして、続けて同僚は質問をする。
「あの、一応伺いたいんですがぁ………奥さんはどな「秘密だ」
すぐに回答を拒否され、同僚は「ですよねー」と言いながら肩を落とす。
そして、大きくため息をつくと背もたれに寄りかかってぐいとのびをした。
「か〜〜! 水臭いなぁ、友人だろぉ、少しくらい情報落としてくれよぉ〜」
急に弱々しい声色になると、同僚は猫撫で声でライアンに頼み込む。
だが、ライアンは教えないの一点張りで、取り付く島もない。
それから少しの間静かになると、同僚は僅かに真剣な、しかし全体は優しくふざけたようなトーンで話しかけた。
「なあライアン、そんなに嫌か? プライベートを晒すのは」
同僚が悲しそうな表情でライアンを見る。
「ああ。少なくとも自分からは嫌だ。でなきゃこんなことはしてない」
ライアンはそれに何の躊躇いもなくNOを叩きつけた。
「だとしても、一切プライベートの詮索を禁止ってのは無理あるぜ。そりゃ確かに全力で調べようと思ったらいくらでも方法はあるけどさ、やっぱり相手から話してもらいたいもんだよ。」
脱力し、完全に体重を背もたれに預けて、殆ど寝転がったような体勢で同僚は言う。
「ただの好奇心程度の気持ちで知れる程、俺の個人情報は安くないんだよ」
やれやれ、と言った様子でライアンは首を振った。
相変わらず背筋は伸びたままであり、どうやら意地でも情報を落とすつもりはないらしい。
そこまで話して、やはり今日もただの押し問答に終わるであろうことを悟り、同僚は大人しく引き下がった。
ここにライアンが来てからずっとの付き合いなので、ライアンとはどういう人間かを知っているからである。
「まったく、最初は結婚したことすら秘密にされてたからなぁ。お前の表情がもう少し硬かったら気付けないところだったし。俺たち、どんだけお前に信用されてないんだ?」
若干抗議の気持ちも込めて、ライアンへ問いを投げかける。
ライアンはそれを聞くと、バツが悪そうに横へと目を逸らした。
「あー、その、別にみんなを信用してないわけじゃないんだが………どうしても学園の時のことが、な」
自分の知る友人像と少し離れた答えに、同僚は少し驚く。
そして、こいつにもそういうところがあるんだな、と少し感心してしまった。
「あーあ、そうやって言われたら俺ら何の反論もできないじゃん。いじめてたツケ回ってきちゃったか〜」
まるで神の死を悟ったかのように大仰にリアクションをする同僚を見て、ライアンはため息をつく。
「お前は別に関係ないだろ。別にお前はそう言うことしなかったし」
「いぃやぁ、これは俺の責任だぜぇ! 仲間を止められなくてすまんかった!」
「おいやめろって………さてはお前、本当は全く反省してないな?」
「あ、バレた?」
そのやりとりで、ライアンはさらに深くため息をつく。
「人のトラウマ簡単に茶化すな、馬鹿野郎」
吐きすてるように言うと、ライアンはぷいと顔を逸らした。
その様子がおかしくて、同僚はつい噴き出してしまう。
そのコンマ1秒後、同僚の額が快音を響かせた。
「痛いんだが?」
「俺は悪くない」
額をこすりながらジトー、と睨みつけても、ライアンは無反応だ。
そして、ライアンが顔を逸らして自分が見えないのをいいことに、こっそりあっかんべーをした。
即座に頭から快音が響いた。
「痛いんだが」
「お前が悪い」
一瞬の沈黙。
それから一つ息を吐き出すと、同僚はクルリとテーブルの方へ向き直った。
「ま、いいや。いつか俺たちへの警戒心を解いたときにでも、お前の美人妻のことは聞かせてもらうよ。それまでは楽しみとして取っといてやる」
「……ああ、わかったよ」
ライアンは特に向き直ることはしなかったが、しかし確かに小さな声で返事をした。
その答えに満足したようで、同僚はさっと立ち上がると、椅子を綺麗に机の中へと戻した。
そして、振り向くことなく手をひらひらと揺らし乍ら部屋へと歩いていく。
ちらと時計を見れば、もうそろそろ鳥が鳴きだす時間である。
休憩は終わり、また午後の仕事が始まろうとしているのだ。
「さて、じゃあ終わりかけの研究をちゃっちゃと片付けるか!」
ライアンも椅子から立ち上がるとふわりと笑い、一言大声で気合を入れる。
そして勢いそのままに部屋のドアの前まで向かった。
コンコンコン、とノックをしてから部屋のドアを開ける。休憩から帰ってきた、と言う合図だ。
「ライアン、ただいま帰りました」
扉を開けると、そこは先ほどまでいた食堂とは打って変わっての喧騒が広がっている。
怒号、依頼、機械音に紙の音。様々な音が、この小さな木製の箱に閉じ込められているのだ。
「お〜う、お帰りぃ。じゃさっさと働けよぉ〜」
上司はライアンのことを一瞥すると、いつもの定型文を言って、そのまま仕事へと戻っていった。
ライアンもそれに倣って定型文の返事をすると、自分の席へとまっすぐ進む。
そして席についたちょうどその時、偽物の時鳥の囀りが昼休みの終わりを告げた。
「仲間たち」との仕事が、再び始まる。
というわけで、仕事モードの時のお父さんのお話でした。
え? おまけなのに本編より長いって?
いやぁ、気のせいでしょ。まさか二倍近く違うなんてことあるわけが……
──────ここからどうでもいい妄想裏設定────────
あと、ライアンに妻がいることがバレた理由は雰囲気。
いつもピリピリして、まあ良くも悪くも思春期反抗期的な感じだったのにある日を境にどんどん大人びて(優しくなって)いったから周りが変に思い始めたのが最初。
そこからライアンが変わった理由の様々な憶測が飛び交う。そして、この同僚が「女ができた説」を提唱。しかし本人のイメージが硬すぎたせいで(仕事人間感が強かった)大体の人が最初は支持しなかった。
だが、ライアンの周りでその手の話をすると若干頬を染めたりマジでほんの少しだけだが微笑んだりといった証言が相次いであがり、一気に有力説に。
その結果、ライアンより年上の独身勢がピキった。(ライアンの結婚時の年は本編で書いた通り大学生くらいです。では、コツコツキャリアを積み重ねてきた彼らの年は一体幾つだと思う?)
本文でも言っていた通りライアンは完全に詮索を好んでいないわけではない(自分から開示はできないが、彼なりに相手のことを信じていないわけではないとアピールしている)ので、ガチればある程度の捜査はできる。それで普通に彼のデスクとか漁ったら色々出てきました。決め手は指輪。
それをライアンに問い詰めたら認めた。まあ恋人がいることを悟らせなかったので、よく隠せた方。
なおその日からどんどん惚気話(妻が可愛いだの弁当うまいだの)が出てきて、宮廷魔法使いからのライアンの好感度は一気にアップしたし独身勢はキレた。
尚、既に子供がいることはまだ隠しているが、もう結婚から何年か経つし絶対いるだろうと全員が思ってる。あと独身勢はもっとキレてる。




