『ガチ』になる時が来た
その後、今日のことをぼーっと考えました。
何度も何度も反芻しました。
何度も何度も何度も何度も繰り返して、そしてこう思いました。
めっちゃ悔しいです。すごく悔しいです。
まさか俺が異性に、しかもよりによってレインに負けた、などと。
まさしく青天の霹靂。俺の心は打ち砕かれてしまったのです。
帰り道、それはもうあり得ないくらいキレました。
結構な勢いでキレました。
「いや、レイン強すぎんだろーー!!!!」
日の沈む赤い空に向かって、俺は吠えた。(小声)
今日ばかりは、この演技がとても煩わしいと思った。
あまりにも急なトレーニングは流石に周囲も異変に気がつくだろう。
それは必ず、絶対に避けねばならない。
故に俺は、自主練というものがどうしてもできない環境なのだ。
と言い訳を重ねても、きっとレインはあれを何の苦労もなしにやって見せた。その事実は変わらない。
つまり、単純に才能で俺が負けたのだ。
「クッ、グリムは才能的にはレインより優っているはずなのに!」
俺はそのまま膝から崩れ落ちる。
俺にのしかかるもの、それは屈辱感。
今までの驕り、余裕、その全てを侮辱された俺の魂の叫び。
勿論、詳しく言ってしまえばグリマニアが優っているのはあくまで魔法の面だ。確かに秀でているとはあるが、レインとの身体能力の優劣は特に描かれていない。
それに、魔法には身体強化ができるものもあるため、実際の性能でレインが俺より身体能力が高い、ということもあり得ない。
結局のところ、俺の方が優秀であることに変わりはないのだが……。
しかし、それはあくまでも実践の話。
俺が悔しいのは、単純にレインに負けたことだった。
俺は、間違いなくこの世界で最も恵まれている男だろう。
優しく優秀な父、いつでも見守ってくれる母、そこそこ裕福な家庭、溢れんばかりの才能、平均以上の顔、転生による他を圧倒する知識量。
おそらく、俺は全てを持つものだと言えるだろう。
そこまで恵まれているのに、負けた。
その事実は、俺にとって本当にショックなことだった。
確かに、世界は才能ではない。だが、俺は才能「だけ」ではないはずだ!
努力もしていたし、自信も、やる気もあった。
それが、今回のことで全て消え去ってしまったのだ。
それは、お前はただ才能があっただけのバカだと、そうやって言われるのと殆ど変わらない。
これが悔しくないことがあるだろうか? いや、ない!
俺は、必ず頂点にいなければならん!
そして、全てを観通すこの世界の支配者となるのだ!
もはや手段を選んではいられない。
今まで健康に害がありそうなので、大きくなるまで自己封印していたあの魔法を使う時が来た。
新たな決意を胸にして、俺は家へと走った。
◇◇◇
夜、誰もが眠る時間。
寂しげな月が黒い空に唯一の灯りを灯している。
夜に動く獣達は、その光のみを頼りに地面を歩くのだ。
そんな草木も眠る丑三つ時に、小さな影が一つ、ある民家の上に浮かんでいた。
「ふう、ひとまずは成功かな」
その正体は、一人の少年────つまりは、俺だった。
「身代わりに眠気飛ばしに消音に……やることが多すぎるんだよなぁ」
……っと、いかん。折角の初夜だというのに早速口から愚痴がこぼれている。
これから毎日やるのだから慣れなくては、と俺は自分に言い聞かせる。
さて、ここで今回したことの説明をしよう。
これは、ある日この世界でもカフェイン的な眠気飛ばしを開発できないだろうか、という発想のもと生み出された魔法だ。
その効果は単純明快。数分眠るだけで、まるで何時間も眠ったように気分がすっきりするというもの。
つまり、超ショートスリーパーになれる魔法だ。(後で調べたらコレには少し劣るが似た様な呪文があった。せっかく作ったのに……)
尚、ここであくまで気分がスッキリすると言ったのは、本当に睡眠をとった状態になる魔法なのかがはっきりしないからである。
一応理論上はなっているはずなんですけどね。
ん? 皆さん私がそんな魔法が使えることが驚きのようですね。
ははは、私、もうかれこれ魔法歴三年ですよ。コレくらい容易いことです。伊達に一日五時間魔法練習してないですよ!
……まあ、実際のところ結構才能頼りなんですけどね。
しかーし! 一番すごいのはこの魔法じゃないのです!
今回、グリマニアの魔法の才能をフルで使ったとんでも魔法、それがコレ!
『身代わり魔法』です!
チラと俺の部屋の窓を覗くと、何とそこには可愛らしい『俺』がぐっすり眠っているではありませんか!
ん〜、スバラシイ。コレ程のものはプロでも難しいですよ。多分。
これは父が練習の時よく人形を生成して説明してくれるところから着想を得た魔法で、完全に俺そっくりの人形が作れる。
つまり、親が時々俺を見に来たりしても俺がいないことに気づかないのだ!
苦節三年。魔法が使える様になってからとにかくコレばかり練習していた。いや、もうコレ専門の人と同じくらい時間かけたと思う。
『彗星』である父にも通用するか、一度練習で試してみたのだが、完全にごまかせているようだったのでおそらく問題ないだろう。
それに、彼が多少の疑問を抱く程度なら問題ないし。
そんなわけで、俺は少し寝た後こっそり身代わりと入れ替わって今ここにいるというわけだ。
そこまでして何をするつもりかって?
おいおい、今更だな。そりゃ当然修行だよ。
俺が最強に至るためには、夜の時間すら惜しい。
それに、そろそろ俺も動く時だ。
もう既に、ストーリーは動き始めているのだから。
今日のことを受け、俺は本格的に『グリマニア』を完成させていくことにした。
もう、魔法の副作用がわからないからなどという言い訳はやめる。
俺は、今日から変わるんだ。
俺が自分に言い聞かせるように言ったその言葉は、気配を消すために展開した消音の魔法によって、夜の闇へと吸い込まれていった。
悪は、いつの世も闇の中で微笑うが故に




