月夜の談合
正直あんまり意味はない、サブみたいな話です。でも書きたかったから仕方ないね?
その夜、ライアンはいつもの様にセラリアと食卓を囲んでいた。
すでに子供は寝かせて、二人だけの時間を過ごしているのだ。
食卓周りだけを照らす小さな照明が、月の光とともに彼らを照らしていた。
ライアンは片手にコーヒーカップを握っていて、ちびちびと刻んでそれを飲んでいる。
それもいつもと同じで、彼がコーヒーを飲む癖の様なものだった。
ただ、今日の彼はいつもと比べてかなり元気がない様である。
「ふふ、随分とお疲れだね、ライアン?」
セラリアはそこでグッと一気にコーヒーを飲む。
飲み切って口からカップを離すと、そこから優しい吐息が漏れ出る。
ライアンはそんなセラリアを見て苦笑した。
「ああ、今日はちょっとグリムと遊んだからな」
セラリアはその返答を可笑しそうに笑うと、さらにライアンに聞いた。
「やっぱり、魔法のレッスンは嫌なの?」
「……そんなことはない。だけどなぁ……………」
そこでライアンは深くため息をついた。
俯き、物憂げにものを見つめる様子は、普段の彼の明るさからは想像もできない。
ここで少しの間の静寂が生まれ、部屋にはセラリアが二杯めのコーヒーを注ぐ音だけがする様になる。
それから丁度コーヒーを注ぎ終わると同時、ライアンは再び喋り始めた。
「やっぱり、やめたほうがいいかなぁ」
つい、口から迷いの言葉が零れてしまう。
グリムに魔法をやらせるのか、やらせないのか。それすら決められないなんて、優柔不断でなんとも恥ずかしい、そうは思っているのだが、やはりライアンには、はっきりと決めることができない。
そんなライアンを見かねた様子でセラリアは言う。
「グリムが興味を持ったんだから、なんでもやらせてあげたほうがいいんじゃない? 別に必ずしもライアンと同じ道を辿るとは限らないし、辿ったとしても、それを止めるのは親のエゴだもの」
言い終わると、セラリアはまた一口コーヒーを飲んだ。
「それはわかってるけど……やっぱり、グリムが大変だと思うから簡単には決められないんだよ」
そして、彼も同様にコーヒーを一口飲む。
そして、わずかに残されたコーヒーを飲み干してしまった。
ライアンがチラと妻の方を見ると、スッとコーヒーの入ったケトルが差し出される。
夫がしょんぼりとした顔で自らコーヒーを注ぐのを見て、セラリアは耐えきれずに軽く吹き出してしまった。
それを見たライアンの顔を見て、セラリアは更に笑ってしまう。
「おい、結構大事な話なんだけど?」
拗ねた様にライアンが言えば、
「ああ、ごめんごめん」
と、セラリアは全く反省の色が伺えない謝罪を返した。
「まあでも、私はやっぱりそこまで考え込むことはないと思うな」
暫くして、漸く笑いがおさまった彼女は、ライアンに優しく意見を述べる。
そして、こう続けた。
「だって、ライアンとは全部が違うでしょ?」
いつも通り、結論が先で何を言っているのかわからない妻の言葉にライアンは首を傾げてしまう。
「違うって、何か違うんだ?」
こう言う時は聞き役に徹するのがいいと言うことを長年の付き合いで知っていた彼は、特に突っ込むこともせずに普通に聞き返す。
そうすると、セラリアはそのまま話し始めた。
「えーと、まず第一に時期、かな。ライアンが魔法使いを志願したのは確か学園の……六年だっけ? 兎に角、卒業まであまり時間がなかったし、しかもいきなり出てきた無名の少年なんて、まあ、恨まれて当然だった。でも逆に言えば、しっかり堅実にやればライアンが魔法使いになるまでの色々なゴタゴタは正直グリムが受けるとは考えにくいってわけ」
俗に言う深夜テンションというやつか、セラリアは聞かれたことの答えをとても饒舌に語り始めた。
こうなった時の彼女は止められない。それに、大抵正しい。だからライアンは、その言葉にしっかり耳を傾ける。
「そして第二にだけど、やっぱり交友関係かな。言い方悪いけど、あの頃のライアンはちょっと浮いてたっていうか、まあ友達がいなかったでしょ。だから魔法学園で助けてくれる仲間も、そこから抜けだす機会をくれる大人もいなかった」
痛いところを突かれて、ライアン周りの空気がより一層重くなる。
だが、セラリアはそれを気にかけることもなく話し続けた。
「でも、グリムは違う。あの子には私たちがいるし、レインちゃんとも仲良くやれてる。それに、それこそライアンが築いてくれたコネクションを使うことだってできるでしょ。少なくとも、孤立ってことはないと思うな」
そこでセラリアは一拍おいて、飲みかけのコーヒーを全て飲み干した。
これで今日の分のコーヒーは全て使い切ったことになる。
それを知ってか知らずか、彼女の話もクライマックスに入ろうとしていた。
「それで最後に、ライアン、あなたの存在。ライアン、いや、『彗星』の登場は間違いなくあの世界を変えたと思う。血筋、家柄、利益……そんなものばかり考えて、まるで機能してなかったハリボテだった魔法科は今やすっかり国のメイン事業になった。まあ、表向きは何も変わっていないから変化はわかりにくいけれど、謳い文句と同じ待遇が実際に用意されてるってことは、結構すごいことなんだよ?」
その言葉には、今までの話よりも圧倒的に熱のこもった主張だった。
自分の夫のことが心底誇らしいと言いたげな荒々しい口調に、ライアンは照れを隠せず顔を真っ赤にしてしまっている。
「つまり、平民だからってもう差別されないし、待遇に差が出ることもない。国としては、誰でもいいから強い人間が欲しいわけで、そこに差を設ける必要がないのだから」
そこまで話終わると、漸く彼女は落ち着いた様で、ふぅと一息つくと、前のめりになっていたその背を再び椅子にもたれさせた。
それを見て、話が終わったことを悟ったライアンは、話のまとめをする。
「あー、その、つまり、俺の時の様なことはないってことか」
「そう」
「だから、大丈夫だと」
「そう」
「……ほんとにか?」
「ほんとうに!」
「……………………わかった、セラリアに賛成するよ」
遂に、ライアンがその決断を下した。
「グリムなら、なんとかするだろう」そう、信じたから。
彼の妻の主張を、息子の彼譲りの強靭さを。
その顔を見て、ライアンの『答え』を察したセラリアが、ライアンに声をかける。
「それじゃあ、授業頑張ってね。稀代の天才魔法使い『彗星』直伝なんだから、私たちの息子を、とびっきりの子に育てなよ?」
その言葉に苦笑いしながらも、ライアンは肯定の言葉を口にした。
「ああ、勿論だ。まだまだ新参の安月給魔法使いだが、実力だけなら自信がある」
その言葉に、セラリアはまたしても吹き出してしまう。
ライアンもそれに釣られて、口元を歪ませる。
月夜に、二人の夫婦の声のない笑いが響いていた。
実際この世界で魔法を学びたがるという意味は主人公が思っているよりも重い。
日常で学ぶ魔法以上に魔法を使いたい平民は、魔法学園に通うという選択肢しかなく、それは実質的な将来の決定になる。だからこんな時期からこの二人はグリムの進路を話し合ってるんですね。




