イベント「ルーナとの出会い」
オーケー、息を殺せ、心を鎮めろ。
俺は心の中で必死にそう唱える。
しかし、その努力を嗤うかのようにユキの声がここまで届いてきた。
「どーこー! みんなー!」
まったく、なんて騒がしい奴だ。もう少し静かにできないのか?
俺はユキに対して悪態をついた。
お前こそ子供に向かってなんて理不尽な奴だと言われそうなことを思いながら、俺とレインは木のさらに奥の方へと寄っていく。
体勢が若干キツくなったが、この位しないと不安が残るんだ。ごめんなレイン。
一応レインにも謝っておいた。首だけで。
奥の方に行ったことで、少しだけ見える景色が変わったようだ。
そこで、葉の影からそっと外を覗くと、すでに何人かはユキに見つかっているようで、一緒になって鬼をやっている。
俺の名前の違和感に気付いたりと注意力のある奴だと思っていたが、どうやらその予想は間違いではなかったようだ。
子供なのにすごいと、俺は素直に感心する。
そうして周りを見ていると、後ろからふと声がした。
「ねえ……」
「しーっ!」
声の主はレインだった。
俺に話しかけようとしたのだろうが、声を出したら俺たちのことがバレるかもしれない。俺はすぐにその声を遮った。
ちょっと可哀想だが、ここはゲーマーとして負けられないのだ。
と、ここで少しだけこの体勢の問題に気づく。
……少しくっつきすぎだなこれ。すみませんレインのパパ。
取り敢えず脳内レイン'sお父さんに謝罪する。
などと巫山戯ていると、何処かからこちらに歩いてくる足音が聞こえきた。
「ねー、いたー?」
これまた大きな声でユキが叫んだ相手は———
「う、うん………ひ、とりだけど」
ルーナだった。
ここからは見えなかったが、確かルーナは最初に捕まっていた。
鈍臭い方だとは思っていたが、まさか開始10秒で見つかるとは思っておらず、とても驚いたので、よく覚えている。
まあつまり、平たく言えば彼女は「敵」になる。
「おれいないー」
「……がん、ばっ……つて」
どうやらユキとルーナで今は成果報告らしい。
ユキは一人見つけたルーナが羨ましいようで、口の先を尖らせた。
いやいや、別にお前もう十分見つけただろ、とは思うが。
それに対してルーナの方は、それにどう反応するべきか困ってしまっている。
ルーナは昔とはいえ、俺が知るよりもさらに人見知りのようだ。
言葉に詰まっているし、顔を見て話せてすらいない。
一方俺たちは、鬼がさらに増えたことでより一層息を殺して隠れていた。
もう緊張感がやばい。ハイドゲーではこれこそが醍醐味だというが、正直なところ現実だとあまり好きな感覚ではない。
早く行ってくれ。そう願い続けていると、やっと二人に動きがあった。
「いたーー!!!」
突然ユキが叫ぶ。すると、彼はさらに奥の方へと走って行ってしまった。
その後、後ろから誰かの声がしたので、隠れているのを見つけたのだろう。
あの距離で、ですかぁ……。こわいっすね。
まあひとまず鬼の一人が消えて、俺は安心する。
ユキの才能が思ったより高くてビビったが、今回は何とか誤魔化せたらしい。
これで格段に見つかるリスクが下がった。
それに、別にルーナを馬鹿にしているわけではないが、恐らくはユキよりも鈍い。
危機は脱した、と言っても問題ないだろう。
どうやら、俺たちの勝ち、ということらしい。
そう思って、俺は跨いでいる枝に倒れ込む。もちろん無音で。
今までの緊張が一気に弛緩し、全身から力を奪われてしまったのだ。
取り敢えず一安心だな、と心の中でつぶやく。
そして、ゆったりとリラックスしようとして……
……ああ、そういえば、レインには悪いことしたなぁ。謝らなくちゃ。
さっき無視したことを謝らないと、もしかしたら拗ねられるかもしれない。
いや、もう拗ねてるかも。
こんなことで俺の計画に狂われては堪らない。しっかりと罪を精算しなくては。
そう思い、俺はもう一度倒れた体に力を入れる。
その時、弾みのせいか少し枝が揺れた。
それに振られぬように俺はしっかりと枝に捕まり、そして、姿勢を整えて後ろへ振り返る。すると———
「あ」
そこには、今にも木から落ちそうなレインの姿があった。
!!!!!!!!!!!!!
俺はその体を支えようと急いで腕を伸ばす。
しかし、それはわずかばかり遅れて空を切った。
一瞬のうちに先程の様々なことが頭をよぎっていく。
レインが俺に話しかけたこと、俺が何も言わず急に倒れてしまったこと、そして、さっき急に枝が揺れたこと。
それらの所為で、レインがずっと無理な体勢をとり続けることになるのだということに、今、やっと気付いた。
それでもレインは、俺に静かにするよう言われたからずっと黙っていたのだ。
なんてバカな、こんなこと、すぐ気づけたことだというのに!
そう。俺はゲームに集中するあまり、すぐ近くにいる子供のことにさえ気が回らなくなっていたのだ。
しかし、もう後悔しても遅い。
レインの体は完全にバランスを崩し、そして……落下。
俺はなんとか届かないかと腕を伸ばすが、しかしそれも意味はない。
しかも、不幸とは続くもので、なんとその落下点は丁度ルーナがいるところだった。
そのことに気づき、俺はすぐに叫ぶ。
「危ない、上ぇーーー!!!」
その声を聞き、ルーナはふと上を見上げ……その表情は一瞬で驚愕の色に染まった。
当然だ。今まさに人が自分の方に落ちてくるのをみたら、誰だってそうなる。
しかし、それに怯えてしまったのかルーナはその場から逃げることができないようだった。
レインはルーナの方へ、どんどん加速しながら落ちていく。
もう、ぶつかる……!
そう、俺が諦めかけた時だった。
ふわり、と音が聞こえた。
いや、もちろん実際にはそんな音はなっていないのだが、本当にそう聞こえたと錯覚する程に柔らかく、レインが浮いたのである。
まあ、それでも結局レインは地面にべちゃりと倒れ込んだのだが、その衝撃は本来想定されていたものの何倍も弱かっただろう。
その時、俺もレインも今何が起こったのか全くわからず、ただ無言で、一歩も動くことなくフリーズしてしまった。
刹那、ルーナの口から、信じられないような大きさの泣き声が響く。
まるでマイケルジャクソンがステージに出てきたかのようは音量である。
……てか、あの小さな少女からどんな声出てんだよ! マジでうるせぇ!
俺はあまりの音量に思わず耳を塞いでしまう。
いや、まじで一体何dBあるんだよこれ!
その声に気づいたらしく、周りの子供や保母さんが、俺たちの方に集まってきた。
それから、みんなでレインとルーナを囲み、事情聴取をし始める。
やれどうしただの、やれうるさいだのと、たくさんの声が聞こえてきた。
しかし、レインは今起きた出来事がなんだったのか、まだ理解できず止まったまま、ずっとポカンとした顔でそこに立ち尽くすばかりである。
もちろん、ルーナも泣き叫ぶばかりで質問には一切答えない。
それに痺れを切らして、子供たちの質問の声も次第に大きくなっていく。
すると、保母さんも皆んなを落ち着かせようと声を荒げ始める。
そして最終的には、何故か全員で叫びあう謎の集団になってしまった。
尚、その間俺は木の上でそれをじっと見ていた。
まあ動けなかった理由はレインとは違うが。
「まあ、かくれんぼは俺の勝ちかな」
と呟くと、その騒ぎを横目に俺は木を降りる。
それからこっそりその集団に加わって、あたかも何も知らないといった顔をして叫ぶことにした。
◇◇◇
それから色々あって結局俺とレインは保母さんに怒られた。
ちぇっ!




