精霊って全員こんなんなの……?
「いヤー、クるシかったー。ほンと神様もひっドいコとスルよねー。モう体細切れはウんザリ! 二度と御免だヨ!」
などと、ペラペラと俺の前で封印への愚痴を吐き綴るのは、まさしく今回の目標物アンリヨール。
永劫不変の完成品を謳うだけあって、その目鼻立ちはすっきりと美しく、中性的な表情からは下卑たものを一つとして感じない。褐色の肌も、真っ黒の髪色も、蜂蜜色の瞳も、百人に聞いたら九十九人は綺麗だと答えそうな艶やかさだ。尚、残り一人は神官である。
あ、一応言っておくが、コイツには尻尾も翼も生えていない。というか、そもそも大精霊といわれる奴らは己の姿形に拘泥しない。
元々、低位精霊は姿形がなく、単なる意思力としてのみこの世に存在している。故に、彼らは一定程度育つとアイデンティティの確立をすべくその見た目に拘るようになりがちだ。例えば自分の体を水で構成してみたりとかムキムキにしてみたりとか……まあそんなやつ。
だが高位の連中はその逆で、自らのアイデンティティをその権能に絞るようになる。強いこと、あるいは弱いこと、或いは呪い、祝福、エトセトラエトセトラ……まあ、その有り様が力の誇示になってくるわけだ。
そんなわけで、見た目は最低限侮られないものであれば良いという風な価値観に移行して行くのである。
で、当然アンリヨールはその口な訳で。
こうして今でこそ人の姿を取っているが、確かゲームではほぼ黒い水晶玉として登場していた。正体を明かして初めて人間の姿を見せてくれるのである。
勿論、その人間姿も、こちらに合わせてくれているだけであれの本来の姿などではないんだが。
「ふー! 娑婆ノ空気はうマイなァー!! ア、こコはあノ女の作ッた聖域内だカラ獄内だっタね、ウッカリ!!」
────うん、こんなだけどとてもすごい大精霊様なのだ。……なんだよね?
俺はいまだに拭いきれない疑心を一旦懐へしまうと、ルンルンハッスル中のアンリヨールに話しかける。
「あー、どうも。取り込み中失礼。今はお話聞いてくれる感じか?」
すると、その声を耳にした瞬間アンリヨールはぴたりと動きを止める。
俺が、初手をミスったか、と少し焦りかけたところで、しかしアンリヨールは大変にこやかな笑顔をこちらに向けてきた。
「やア。お話なラ、他デもナイ恩人の頼ミさ。聞カないっテノも大悪魔の名ガ廃るシ、今日ハ無礼講ってコとで良イヨ。好きに話シナ!」
そして、いっそ清々しいほどの会話許可を出されてしまった。
うーん、ゲームだとこんなに人間に優しいキャラじゃなかったんだけど。封印が破られて相当テンション上がってるんだな、コイツ。
鬼畜ゲーのボスをクリアするとゴキブリにも慈愛の心が持てる、的な? 俺も経験あるからわかる、なんか価値観逆転するんだよなーああ言う時って。
既に十二年も昔となった現世に思いを馳せながら、俺は会話を続ける。
まずは、なんといってもアレからだ。
「そうか、ありがとう。じゃあ、とりあえずその喋り方を変えてくれ。発音が古すぎて所々聞き取れない」
うん、そう。発音。
アンリヨールが封印されたのは遥か昔だから、当然コイツも上代の言語を操るのだが、現代といくらなんでも違いすぎて違和感がある。
アンリヨールは、指摘されて初めてそのことに気がついたのか「あ、ソッか」と手を叩くと一度だけ喉を鳴らした。
「ヴ、ヴン! アー、アー………コンナカンジ?」
「……逆だな」
「あ、こっちか。えへへ、ごめんごめん」
………やっぱり精霊って全員ポンコツなのか?
コイツは見た目からガキじみてるし、アポカリプスとかもこんな感じで天然だった────いや、これ以上はやめておこう。モノトに殺されそうだ。
気を取り直すと、俺は改めてアンリヨールの方へと向き直る。
そして、なるべく相手を刺激しないように言った。
「よし、じゃあめでたくご復活なさったアンリヨールさんにゃ、ひとーつだけ、頼まれて欲しいことがある」
「ふーん? まあ人間の頼みなんて普通は聞いてあげないけどー、恩人のお願いだからね。命乞いとかじゃなければ、叶えてしんぜよう!」
どうもアンリヨールは本当に機嫌がいいようで、さっきからウッキウキで応対してくれている。
命乞いじゃなければ聞く、だなんて破格すぎるだろう。(命は取るんかい、というツッコミは見当違いだ。コイツの最終目標は人類滅亡である)
まあ、優しい分には結構。
対して難しいお願いじゃないので、さっと済ませることとしよう。
「それじゃあ──────俺のことについてを、今後ずっと黙っといてください」
「ふーん」
「……………」
「……………」
「え、そんだけ?」
「あ、はい。そんだけです」
「「……………」」
「ええ!?!? いやなんかあるでしょ、力が欲しい、とか! これこれこんなふうに暴れてくれ、みたいな!」
「いや別に………好きに暴れたら良いでしょ。俺があんたを制限したら、なんのために封印といたのかわからないし」
「えー、ひくわー。キミ自殺願望持ちなの? 馬鹿なの? 世界混沌に陥れたい系男子なの? 数千年経ってもいるんだねこういうの……」
目を白黒させて驚くアンリヨール。俺の願いがあんまりにもあっさりしているから本人は納得がいかないらしい。
というか、昔にもいたのか世界混沌に陥れたい系男子。そんな古い概念だったんだそれ、地味に驚きだわ。そしてアンリヨールと知り合いなのもびっくりだわ。
「そんな驚かなくていいだろ。俺は俺が好きなように生きるだけだ。そう考えた時に、障害になることっつったら俺の正体がバレるくらいなんだよ。………まあ、なんで復活できたとかきかれたら、宵闇の忠臣のせいだっていっといてくれや」
「うへー、こりゃ全然予想できなかった。いや全然いいんだけど。……こんな壊滅的なアホは、数千年間の封印の間に密かに開催されていた、封印を解くのは誰だ選手権でも最低オッズなキャラだったのに……」
どんな選手権だよ、というツッコミは抑え、俺はにこやかに笑う。
「ま、さらに人類の脅威を実感してくれて何より。是非ともその思いを忘れずにな」
「うん。キミは絶対早めに殺すね……だって、君が大人になったらもっともっと強くなるんでしょ? こりゃ末恐ろしいね!」
君の名前を秘密にするってのも案外危険かもねー、ヒェー! などと間抜けな声を上げながら、アンリヨールはズブズブとその肉体を地面へ潜らせて行く。
そして、そのまま広がる闇は徐々に気配を消していき、数分もしないうちに奴の魔力は完全に聖域から消失してしまった。
どうやら、この聖域から離脱したようである。
そして、俺はそのことを確かめると大きくため息をついた。
「──────はあー、つっかれたぁ…………」
腹の奥から響く長重量の呼気とともに、俺の膝はガクリと崩れ落ちた。
予想外の敵、長引いた戦闘、よくわからん精霊との交渉……正直、心身ともに俺は限界である。
アンリヨールの前では余裕そうに振る舞っていたが、少しでも油断すれば恐怖で足が震えていたかもしれない。そうなれば、対等な交渉など不可能だっただろう。
アレは、実際のところ大悪魔などと言われているが、敵が強者と見ればすぐに媚を売るようなタイプの手合いである。現状、アイツは封印から出たてで弱っていて、かつ俺が強いという状況だったから襲わなかっただけ。もし俺が弱った姿でも見せれば、脅威排除の絶好の機会と嬉々として首を掻っ切りにきただろう。
「まあでも、結果は大成功。あとはアイツが思うままに暴れていれば、勝手に宵闇どもと邂逅してくれんだろ。原作でもそんな流れだったはずだし」
俺は脱力したまま力無くそう呟くと、んしょ、といって立ち上がる。
そして戦闘によってついた皺を手で伸ばして、身嗜みを整えた。
さて、では俺も帰らねばなるまい。更なる追手はないと思うが、遠足は帰るまでが、と言うからな。最後まで警戒していこう。これで見つかって逮捕、とかなったら洒落にならん。
俺は思いっきり伸びをして、ゆっくりとこの聖域の出口(入り口?)へと向かう。
きた時には随分威圧されたこの白も、もう慣れた。最早もぬけの殻と化したここに、俺が怯える要素など一つもない。
『はあ、早くレインの顔見てメンタル回復しよーっと』
再び黒靄を纏ったそれは、変声魔法のせいでどこか調子外れに聞こえる鼻歌を歌いながら、その白い世界を後にした。
Q.好きに暴れさせて良いの?
A.質問を質問で返すようで恐縮だが、コイツが人の言うこと聞くと思うか?
コイツはゲームにおいて、復活させてくれた宵闇のお願いは一切聞かずにさっさと教会を脱出しています。(グリムは強いけどアイツらは弱いので願いを聞く意味なくね? と言う考え。しかもなんか恩着せがましかったしね!)まあ結局その後、世界を滅ぼすのに宵闇を使うのが一番都合いいよね、ということで同盟を結ぶことになるんですけど。
どう言うことかと言うと、「この世界で宵闇ほどアンリヨールに都合のいい組織はないので、放置してても結局ゲーム通りになる」と言うことです。これが真の都合のいい集団………!




