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9、クーリングオフ




 自分の感情がコントロール出来ない。

 心の声を聞かれたくないのに、ルイス様が手を離してくれない。

 後から、デスペルの魔法使えば良かったんだと気付いたけど、この時の私はプチと言うか、ガチでパニックに陥っていた。


『聖女様』


 優しいルイス様の声が脳内に響く。


『っ! ごっ、ごめんなさい。手を、離して下さいっ』

『聖女様――――』

『聞かないで! お願いだから、聞かないで下さい』

『マリカ様、失礼します――――』


 名前を呼ばれた。

 そして、ルイス様の胸に抱き寄せられた。

 掴まれていた右手は、いつの間にか指を絡めて、恋人のように繋がれていた。

 背中を撫でられ、ガチガチに固まっていた体から力が抜けた。それと同時に、涙が溢れて来た。

 一日に二回も泣くなんて、と思うけど、涙も嗚咽も止まらなかった。


『マリカ様、聞かせて下さい、全て。私を恨んで、憎んでいいです。私が貴女を呼び出しました。私が貴女から奪いました。私が貴女を選んでしまいました。だから、私を責めていいんです』


 ルイス様が背中を撫でながら、ゆっくりと話して下さった。

 そんな事、駄目だって解ってる。

 でも…………愚痴を溢すくらいは許してもらえるだろうか。


『ドゥイズざばっ…………』


 …………取り敢えず、鼻をかませてもらった。

 一度離れたのに、なぜか元の抱き締め姿に戻った。右手の指もしっかりと絡められて。


『ルイス様、暗闇が、無音が怖いです』

『はい』

『ルイス様、何で私だったの?』

『……私にも解りません』

『ルイス様、本当に二度と帰れないの?』

『…………はい』

『ルイス様、私の事……嫌いになっても…………ご飯だけは与えるって約束してくれませんか?』


 我ながら、可愛くないお願いだなとは思ってる。でも、私の生殺与奪はルイス様が握っているから。もう、あんな飢餓感は嫌だから。…………死にたく……無いから。

 そう思った瞬間、ギュッと力強く抱き締められた。


『……マリカ様…………私の一生を貴女に捧げます』

『え!?』


 ご飯を約束して欲しかっただけなのに。何でか一生を捧げられた。いらない。ご飯が欲しい。一生とか、ルイス様が重たい。


『もう捧げたので、返品不可です。大丈夫です、ご飯は付属して来ます』

 

 クーリングオフ! クーリングオフという素晴らしきシステムを!

 クーリングオフとは何かと聞かれたので、ザクッと説明する。不意打ち性の高い契約などは、締結後も無条件で解約出来るという素晴らしい制度なのだと。今回のは確実に不意打ちだ。


『申し訳御座いません、こちらの世界にはそのような制度は存在しておりません』


 物凄く爽やかに、明るい声で言われた。絶対に笑顔だ。この人、腹黒だ。悪魔だ。魔王だ。


『はい。自覚しておりますので、気にしてませんよ?』


 ってか、また丸聞こえなんだ? どうやったら聞こえないように出来るのかな。一回出来てたっぽいのにな。


『私はこのままが良いのですが? 聖女様の全てを知りたいので』


 …………私に一生を捧げるとか言った人が、私の意を全く汲んでくれないんですがぁ!




 抱き締められたまま、暫く馬鹿みたいなやり取りをしてはクスクスと二人で笑った。

 ちゃんと笑えた。

 そして…………トイレに行きたくなって、抱き締めタイムは終了となった。締まらないのは私クオリティだから仕方無い。しかも、トイレまではルイス様に誘導された。今日は何度恥ずか死ねばいいんだろうか。

 トイレから戻ったら、ベッドに誘導され、少し眠るようにと言われた。

 ギャーギャーやって忘れていた事を聞いてみた。クリスタルの板は、粉々に砕けたそうな。


『マジですか』

『マジです』

『弁償出来ないんですが。聖女活動で相殺してもらえそうですか!?』


 またクスクスと笑われた。気にしなくて良いと言われても気になるチキンハート。聖女活動でお返ししよう。


『おやすみなさい、マリカ様』


 にゅ、と握られていた手の甲に柔らかい感触。

 一瞬、何か分からなかった。腕に軽く触れたサラサラな物が髪の毛だと思い至って、柔らかい感触は唇なんだと気付いた。気付いた瞬間『にぎゃぁぁ!』と叫んでいた。

 ルイス様は、クスクスと笑いながら消えてった。

 結局、クーリングオフはしてもらえなかった。




 次の日、と言うか、数時間後? リーゼに起こされて、昨日あった事を話した。

 

『は? 手の甲にキスされただけでしょ』

『なっ!? リーゼはもっと先の――――まで、あっ、あるの!?』

『モゴモゴとしか聞こえなかったんだけど? この魔法でソレが出来るって、逆に器用ね。その先も、もっと先もなにも、結婚してるし』

『はぁぁぁ!? う、裏切者ー! 旦那さんいるのにイケメンパラダイスでウハウハとか言うなー!』


 手酷い裏切りに合った。

 まさか既に、あれやこれや、もしょもしょ……など、えちえちな事を経験しているとは!


『ところで、寝間着でルイス様の前に出てた事は気にしてないの? まぁ、そもそもルイス様も寝室に堂々と入っているとは思わなかったけど』

『私には見えないし。普通のワンピースっぽいし。気にしないよ?』


 寝間着と言っても、割とシンプルなワンピースなだけだし。私の中の寝間着はノーブラ、Tシャツ、ショーパン姿だ。キャミでも可。

 リーゼにそれは下着じゃないの? と不思議がられたけど、あんなに楽な姿は無いと思う。あれでこそフリーダムに睡眠が取れるってもんだ。寝返りでワンピースのスカートが全部捲れ上がってお腹丸出しになんてならないんだからねっ!

 ところで、私いつの間に寝間着になんて着替えたんだろね?


『三人がかりで着替えさせたわよ』

『あざっす』




 起きて少ししたらルイス様が朝ごはんを持って来てくれた。

 昨日の事を思い出してドギマギしながらも朝ごはんを食べさせてもらった。


『マリカ様、本日からは城下町に出向き、重篤の者から癒やして回ります』


 感染しているものの、生命の危機に無い人は後回しにするとの事だった。救護所に纏まっているのなら、一括で癒やして行った方が良いのではと思ったら、私の魔力に限界があるから、重篤な人を優先するのだそうな。


『魔力の数値が解らない以上、昨日のデータと本日同行させる鑑定が出来る医師の判断に頼り切りにはなりますが。昨日のように、倒れられる前に必ず終了させます。どのような状況であっても、です』

『どのような状況であっても…………?』


 赤ちゃんが、明日をも知れぬ命でも? 帰りの道中に事故があって、助けを求められても?


『ええ』

『……嫌、って言ったら?』

『そうですね………………私の魔力を分け与えましょうか?』


 えっ、そんな事出来るの!? ならソレすればいいんじゃん。ルイス様には申し訳ないけど、緊急の時は少し借りて、倒れない程度にすればいいんじゃないの? なんて、甘い考えをしていた事は否定しない。


『ふふっ。魔力を分け与えるなんて、まるで夫婦のようですね』

『え?』

『他人の魔力が体に入ると、拒否反応を起こします。そして…………発情してしまうのですよ?』


 ルイス様が私の胸の間にトンと手を置き『こちらと』と囁くように言い、次におへその下辺りにトンと手を置き『こちらが、ね?』と更に囁いた。しかもさすさすって軽く撫でられた!


『疼いたら、私に言って下さいね? 必ず満足させますよ』

『にぎゃぁぁぁぁ!』


 おぱっ、おぱ、おぱーい、軽く、さささ…さわさわされたよ! したっぱらもさわられたよ! ささささすさすてささされたよ、おおおおおおよめにいけにゃいよ! うっ、うずいたら? なに、されるのぉぉぉぉう!? まっ、まんじょくってなぬぃぃぃ!?

 完全なるパニックを起こしていたら、アハハハと笑い声が聞こえて来た。ルイス様がめっちゃ笑ってる! 何か、何か……からかわれたぁ!


『悪戯が過ぎましたね。申し訳ありません』


 絶対に申し訳無いなんて思って無さそうな声で言われた。昨日から何なんだ。魔王がいる! ルイス様……いや、もう、ルイスって呼び捨てにしたい! 様って、敬う人に付けるんだよ? 魔王ルイス、全然敬えないっ!

 魔王ルイスは心の声も全部聞こえてるくせに、更にくすくすと笑いだして、一人で楽しそうだった。


 ――――クーリングオフしたいっ!




******




 マリカ様。そう呼んでしまった。

 陛下に注意されたのに、この気持ちを抑えられない。

 マリカ様に一生を捧げた。

 マリカ様は自分の生殺与奪は私が握っていると考えられていた。ならば、私も私の全てを捧げて同じ位置に立たなければと思った。

 いらない、とか考えていらっしゃったので、先んじて返品不可だと伝えた。

 マリカ様は押しに弱い。

 腹黒だ。悪魔だ。魔王だ。なんて言いながらも、『私に一生を捧げるとか言った人が、私の意を全く汲んでくれないんですがぁ』と盛大に叫んでいらっしゃった。

 怖がっていたのに、嫌がっていたのに、苦しんでいたのに、それでも私を受け入れて下さっているのだ。

 なんて愛しい方なんだろうか。




 魔力の受け渡しについて、何も知らないようだったので、ついつい…………欲が出てしまった。

 マリカ様の胸とお腹を撫で、疼いたら私に言うように、と。


『悪戯が過ぎましたね。申し訳ありません』


 本当は、九割本気だが。まぁ、冗談にしておいた方がいいだろう。

 魔力の受け渡しは『魔力流し』と呼ばれ、夫婦間、恋人間では良く行われる。

 他人の魔力が体を巡ると、生命活動に多少の不具合が生じるのだろう。体が火照り、性欲が増すのだ。たぶん、不具合のせいで『子孫を残さなければ』と脳が勘違いを起こすのだろうと言われている。

 昔は、初夜に夫が妻の体に魔力を流し、破瓜の痛みを和らげさせ、円滑に遂行させる為のものだったが、現代『魔力流し』は夫婦間、恋人間の夜の営みのスパイスのような扱いだ。

 そして、私の場合は魔力が強過ぎ、多過ぎで、流すと相手を本当に生命の危険に陥らせてしまうだろうと言われている。…………試した事はないので解らないが。

 私と同等もしくはそれ以上の魔力の持ち主の女性など現れないと思っていた。魔力渡しなど一生試す事は無いのだろうと思っていた。

 マリカ様は、確実に私以上の魔力量だ。でなければクリスタル板が砕けはしないだろう。

 マリカ様になら、『魔力流し』が出来る。

 マリカ様との性的な関係を想像してしまった。

 マリカ様は……………………処女でなければならないのに。




 むっつりスケベ第二弾。

 では、また明日。

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